収穫

(さて、ジャガイモは出来上がったようだ。先ずは試しに一株掘り出してみよう)

 耕助は農婦から黄金のシャベルを借りる、やはり金の道具を使うのは躊躇われる。なんだか罰当たりなことをしている気になってしまうのである。


 乾いた土のおかげか、サクサクと土が崩れる。中には立派に育ったジャガイモが眠っていた。サイズはMサイズか、これなら日本の市場にも並べられる。


 土壌消毒の有無で成長に影響は見られなかった。良かった、耕助はひとまず胸をなでおろす。

 土壌消毒が必要となれば今後の栽培で手間暇がかかりすぎる。無論、連作障害の可能性は潜んでいることには違いない。

 だが一発目の作付けで土壌消毒が不要なのは大きな利点だ。


「成功、ですか」

 ペスタが真剣な顔で問うてくる。

「ええ、成功です」

 耕助が満面の笑みで返すと、ペスタは短い文をメモ帳に記して転送する


「よし、掘り起し時です。みなさん、ちょっと見ててくださいね」

 耕助はショルダーポーチからハサミを取り出し、茎を切る。この方がイモがどこにあるのかわかり易い。

「少し離れたところから、こう! 」

 シャベルを畝に差し込み、てこの原理でぐいと持ち上げる。

 中からはボロボロとジャガイモが出てきた。きっと一キロぐらいはある。


「ちょっと、半分に切った実からそれだけの実が生るの」

 農婦の一人が驚いた様に尋ねる。

「いや、まぁ調子がよけりゃもうちょっと生るな。これで一キロぐらいだべ」

 藤井が答える、専業農家なら一キロはあまりよろしくないとれ高だ。だが、それも異世界ならば話は別だ。実験で一キロは大豊作と言っても過言ではない。


 予想通り、芽かきをしなかたった株は小さなジャガイモが大量になっていた。

「ほら、こっちのほうが小さいでしょう」

「んだな、ボリューム感がたりねぇな」

ゴランが伸びた顎髭をいじる。その通り、それを理解できたなら十分な成果だ。

耕助はゴランに無言で頷きかえす。 


「あとは表面の水分を飛ばす為にジャガイモを風に当てます」

「そうさな、一時間、二時間もほおっておけばいいべ」

「あのー」

 さっき質問した一人の農婦が恐る恐る手を挙げる。良く見ると土で肌は汚れているが若い。


「この作物には毒があるときいたんですけど、大丈夫ですか」

 ソラニンについてはゴランの村で耕助は話しておいた。

 中毒者が出てから弁明するよりも、最初から説明した方が良いと判断したからだ。

「この状態なら大丈夫ですが、日に当たり青くなったのは危険です」

「あとは芽だな、へっこんだところはくり抜く。それで大丈夫だ」

 耕助の説明を藤井が補足する。


「それで、どんな症状がでるのです」

 この農婦、後で名前を聞いておこう。先ほどから質問を繰り返す彼女はジャガイモに関心があるの印だ。耕助は彼女にジャガイモの育てかたを教え込もうと決心した。

 藤井はそこまで知らないようで耕助に目線で助けを求める。

(確かに、農家じゃソラニン毒に気を付けはしても何を引き起こすまでは知らないか) 


「えー、頭痛、嘔吐、下痢などですね。最悪死亡するケースもありますが……」

 耕助の次の言葉を農婦たちは息をのんで待っている。

「僕は聞いたことがありませんね」

 皆ほっとしたかの様に胸をなでおろした。


「ただし、このサイズだからいいものの、小ぶりなものでは少し危険です」

 そう、ソラニンは皮にも含まれる。だが、皮には栄養素も多分に含まれる、ビタミン、カリウム、マグネシウム。それらを飢餓の世界で捨てるのはもったいない。

「だから小ぶりなものはしっかりと皮をむいて調理しましょう」

「わかりました、どれくらい小さければ危ないかは今度教えてください」

 うん、結構意欲的だ、この娘をジャガイモ軍幹部にしよう。


 そして作業が始まる、かと耕助は思った。だが、残念ながらそうは問屋が卸さない。

 この世界にまともなハサミが無かったのだ。

 とりあえず現世組の園芸用ばさみと異世界の鎌を送ってもらうことになった。

 メモ帳に走り書きをする、そうだコンテナも送ってもらおう。一株一キロなら二百キロの取れ高は望める。そうなると袋では収まらない。


 それでも耕助がチョキチョキと茎を切っては農婦たちが交代で作業を進める。

 視界の端が光る、転移魔導だ。園芸用ばさみが数本と鎌が人数分、コンテナに入って送られてきた。やけに早い、マダムの未来予知でハサミを準備していたみたいだ。

 コンテナ、なんていってもただのプラスチックのケースだ。これで作業は進められる。


 二時間ほどが経った、半分ほどジャガイモが掘り起こされた。やはり異世界と言っても農家は農家、作業は早い。それに晩飯はジャガイモだと聞いた途端作業が早くなった。やはり倉田の言った通り飢えは響いているのか。


 耕助は堀り残しが無いか探りながら、さっきの若い農婦を探す。

(いた)

 コンテナに詰まったジャガイモを眺めている。


「やぁ、どうも。さっきは良い質問をしてくれましたね」

 耕助自身、ニュースバラエティーの司会じみた挨拶だと思った。

「いえ、自分の口に入れるものがどんなものか知りたかっただけですから」

(ふむ、消費者としての視点も兼ね備えている。なかなかよろしい)

「お名前を伺っても」

「ミリーです」

 いきなりファーストネームは気が引ける。

「よろしければ苗字を伺っても」

「ありませんよ、農奴には。変なことをおっしゃいますね」

 クスクスと笑いながらミリーは答えた。あー、確かに平民の苗字は明治維新以降か。


「失礼、私たちの国じゃ皆家名を持ってるものでしてね」

「あら、全員貴族様なんですか」

「いや、ほとんどが平民ですよ。皆苗字は持ってるんです」

 ま、時代と世界が異なれば名前の事情なんて全然違うのだろう。


「しかし、そのお話は置いておいて」

 ミリーは真剣なまなざしで耕助を見つめる。

「残りの作業もこのままお続けになるおつもりですか」

「そのつもりだけど、どうしてですか」

「皆、そろそろ限界です。夕刻も近いですし、残りは明日でもよろしいかと思いますが」

 確かにその通りかもしれない。


「わかりました、それじゃゴランさんに作業を止めるよう言ってきます」

 耕助はミリーに一礼すると、木陰にいるゴランの元へと立ち寄った。


「今日はこれで作業は中止、残りは明日にしましょう」

 掘り起しも既に半分終ってる、作業中止も問題ではない。

「んだら、飯か。ワシとしちゃこのイモを食べたいのだがの」

(採れたて野菜へのニーズはどこの世界でも一緒か)


(ふむ、どうしたものか)

耕助は調理法を勘案する。本当においしい状態で提供すれば、植え付けの意欲もより増すというものだ。

「いや、どんな料理を作ろうかと思いましてね」


 本当においしい料理か……

 カレー、肉じゃが、トン汁なんかは最高にうまい。

 だが、カレー、肉じゃがみたいな料理を作るには調味料が足りない。召喚されたS町のありものを使うのも惜しい。それにキタアカリは煮崩れしやすい。


 そうだ、イモモチだ。

 片栗粉がないから、もちもちとはしないかもしれない。だがマッシュポテトを作るという作業自体馴れてもらった方がいい。

 ポテトサラダ、コロッケ、イモをつぶす料理は幾らでもある。

 キタアカリ向けの料理でもある。


「あのー、コルさん、こんなものが欲しいんですけど……」

 耕助はコルに必要な道具と食材を伝えた。さぁ、男飯の時間だ。耕助の腕がなる。

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