希望の花
十五日間分の時間加速が終った。大地からは丈夫そうな芽がしっかりと伸びている。
芽かきの段階では昼夜のコントールは必要なさそうだ。
「では次に芽かきをします。これは大きいイモを作るための作業です」
耕助は農民たちを呼び、作業手順を教える。教えると言っても単純、丈夫な芽二、三本を残し折る作業だ。そのあとに肥料を撒いて、厚さ五センチほど土を寄せる。
(芽かきぐらい子供でもできるだろう)
耕助はそう思っていた。だが、農民たちは意外に抵抗感を示した。
「せっかく植えた種をわざわざ折るんべか」
「さっきまでの作業はなんだったんだ、無駄だったんか」
成程、そういう見方もあるのか。
「ですが、これをしないと小さいイモしか実らず作物としては……」
ジャガイモには芽かきが必要不可欠、どうする。
「それなら芽かきしたのと、しないの両方作ればいい」
藤井が耕助に耳打ちする。
「それなら連中もなっとくするべ」
「そうですね。勿体ないですが、そうしますか」
「では、十株は芽かきをしないでやってみましょう」
「ほーん、わかっただ、それならいいけども」
農民達はわずかに留飲を下げたようで、作業に取り掛かる。
「耕ちゃん、この世界案外手ごわいぞ」
藤田がしかめっ面になる。
「ですね。輪作もないし、どうしたものでしょう」
「んだな、農民の意識改革が必要だな」
意識改革、合併を前に散々耕助が口にした言葉だ。
だが、本当に必要なものは意識改革なんてものに留まらないだろう。さっきの輪作だって税制との兼ね合いもある。税となれば貴族との対話も必要となる。
それにこの領地でジャガイモ育成に成功しても他の領地で進むかは不明。
耕助は眉間にしわを寄せながら、農民達の作業を見守った。
芽かきは終わり、次は土寄せまで時間を加速する。だがここからはそう単純に進まない、昼夜を再現しなくてはならない。
一分で一日の時間が経過するなら三十秒で半日になる。従って三十秒ごとに太陽光を遮断しなければならない。
幸い道具は手元にある、土壌消毒に使ったマルチ、黒ビニールだ。これを農民が両端をもって、三十秒ごと畝に被せ夜を作る。
日中を再現するときは畝からは外せばいい。この手法で一応昼夜が再現される訳だ。
が、気温までは再現できないのが弱点だ。
「コルさん、次は二十日分の時間加速をお願いします」
耕助はコルを呼び、次なる仕事の依頼をする。
「承知しました、ただ」
「ただ?」
「魔導の連続使は疲労を招きます」
確かに、幼げな彼女は年齢に見合わずげんなりとしている。
「コル、これを食え」
いつの間にかペスタがそばにきた、差し出したのは干し肉だった。
「でもこれって…… 」
コルは戸惑う。
「何ですか、この肉は」
「これは召喚獣の干し肉だ。今回、イムザ様より直々に授けられた」
召喚獣の干し肉。どんな味がするんだろうか。
「これを食べると体力が回復して、連続して魔導が使えるようになるのです。ですが……」
コルは顔を暗くし、うつむく。
「召喚獣の干し肉を食らうこと、主人の魔導力を頂くのと同義。私の体力のせいで……」
コルは己のふがいなさを恥じているらしい。
「現在は国王陛下の大勅令による任務遂行を優先すべきだ。案ずるな」
ペスタは干し肉を一層コルへと突き出す。
「では頂きます」
コルは意を決したようで干し肉を食らう。きっと干し肉は精神的な支えになっている 見た目だけでは断言できないが、コルは少しばかり元気を取り戻したようだ。
「それではこれより時間加速を始めます、農民は魔導範囲より離れてください」
農民達が畑から出たのを確認し、詠唱がはじまる。
初めは異世界の文化として面白かった詠唱ももう聞きなれてしまった。というか飽きた。
似たような呪文を一日に何度も聞かされる。
耕助は腕時計を確認する、三十秒経過。
「藤井さん」
「おうよ」
藤井が家から持ってきた熊よけのホイッスルを鳴らす。農民達はそれに合わせ、ビニールシートを掛けたり、外したりする。
耕助はじっと時計を見つめ続けた、意外と三十秒は短い。
藤井は光を壁に阻まれたジャガイモの育成状態をじっと見つめている。
「よしいい感じだ。耕太ちゃん大丈夫そうだよ、うん」
ちらりと目をやると、ちょうどつぼみが付きかけたところだった。
つぼみが完全についた所で、時間加速が終った。土寄せは芽かきと同じ要領だ。肥料を加え、根本に土を足す。
「この作業をしないとジャガイモの可食部が減ります」
耕助は鍬を手に土寄せしながら説明する。
「肥料を混ぜた土でやるのが一番ですが、ただ土と肥料を混ぜる時間がないので省略します」
「で、他にすることはなにかあるだ?」
「いえ、これで花が萎むのを待つだけです」
農民がざわつき始める。
「あんまりにも簡単すぎやしないかい」
「これじゃスミナを作るなんてばかばかしいべ」
確かにそういう発想は不思議ではない。
「ジャガイモは同じ土地に連続して植えられません。スミナ栽培も続けます」
連作障害についてはまた後日きちんと説明する必要がある。
後は十五日分時間を加速させてやればジャガイモの収穫だ。
「コルさん、加速を十五日分お願いします」
「承知しました」
やっぱり干し肉が効いているのだろうか、彼女の顔にさっきまでの疲労はない。
やがてコルの魔導によりあたり一面が紫色に光りだす。
収穫量はどれくらいになるだろうか、それが気がかりだ。
理想的な一株一・五キロは望めないだろう、追い土の肥料は万全の装備ではない。
一キロも取れたら御の字だ。二百株植えたから、二百キロにはなる。
あくまで試験農地での収穫高だ。これが七十トンあるイモをすべて種芋にしたら七百トンになる。
上手く軌道に乗ればネズミ算だ。
ふと気が付くと、ジャガイモの花が咲いていた。北海道で目にしたジャガイモ畑は壮観だった。
広い農地を埋め尽くす薄紫の花々。ジャガイモという土臭いイメージと異なり、その花は美しい。
だが、ここでは違う、魔法陣に包まれた小さな陣地。それも紫の光でライトアップされたジャガイモの花に特有の美しさはない。ジャガイモのはかなげな色が美しいのだ。
一方で、この陣地だけは守ってやろう、花々からはそんな意気込みを感じた。
ジャガイモは今、全く見知らぬ土地で根付こうとしている。
かつて南米からもたらされたジャガイモは、世界に波及した。宗教やソラニン毒が絡み幾度となく拒否反応も示された。だが、ジャガイモはめげずに世界中を席巻した。この異世界でもきっとそうなるのなのだろう。
ジャガイモの花、繋いだ生命がここにある。
農民達は正に希望の花であるジャガイモに見入っている。耕助と藤井も同様だ。茎が枯れ始めるのを見逃すまいと目を凝らしている。
が、この紫色の輝きは目にクる。結局、藤井と耕助は交代しながら見守ることにした。
無論、農民達にシートを使った昼夜の再現は続けてもらう。
時を見計らって、ホイッスルを鳴らす。
それに合わせ農民がシートを掛け、外す。
「スズイシさま」
コルが耕助を呼ぶ。
「魔導が終りました、きっちり三十日分です」
「これ、もう収穫時だぞう」
加速過剰でイモが腐っていたらお話にならない。ひとまずの成功に素直によかったと安堵で胸をなでおろした。
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