将軍達の晩餐
耕太が水鳥を喰らい、耕助が宴の準備を眺めているのと同じ頃、また別の夕餉が開かれていた。
魔王軍との戦線、その後方に幕僚の天幕が張られている。中には中年の女、そして若い男が座している。双方とも貴重な鉄の鎧を身につける事を許された軍事エリートである。
女の方は緩い縦パーマのかかかったくすんだ金髪。年齢の割に深く刻まれた皺と眼帯が彼女の艱難辛苦を物語っている。
この女はジュビネ・サヘル将軍。女だてらにアノン家、騎士団長を務める猛者である。そして副領主ヘルサの護衛騎士ジュセリの母親でもある。
元々騎士の家に生まれついた彼女はただ一人の子供だった。そのために女性であっても指揮官としての資質を叩きこまれた。そして家の掟通り家柄を問わず優秀な軍人を婿に迎え入れた。ジュセリという娘も得て、騎士としての職業も、そして妻、母として幸せな日常を送っていた。
だが一年前、状況が変わった。突如現れた魔王軍との戦闘は対人戦闘と戦術が大きく異なった。未経験の戦闘、王国軍は圧倒的不利で始まった。撤退戦のさなか、夫は魔王軍のミノタウロスの突撃により戦死した。
家庭と最愛の人を亡くし、復讐心に燃えた彼女は幕僚を買って出た。彼女は頭脳明晰であり、男達に引けを取らぬ戦果を挙げてきた。
今彼女は娘ジュセリにあてた手紙を書いているところであった。
「遅参、誠に申し訳ない」
青銅の鎧を着た老騎兵が天幕に入る。
「いや、結構。私も娘に書簡を書いていたところだ。なぁ、アビルよ」
「左様、それに貴君には前線の視察を申し付けた。多少の遅れは構いませんよ」
アビルと呼ばれた若い鉄家の男が答える。
鉄より劣る青銅がこの最高幕僚に参加しているのはその戦勲によるものだ。この青銅家領主ダスクはパロヌ塩湖会戦勝利の立役者である。
パロヌ会戦自体そのものは王国軍の勝利に終わった。だが、その後の戦果こそがこの会戦を大勝利たらしめている。
平野を撤退する主力ゴブリン軍団をダスクの騎兵は捕捉、包囲した。更に配下の時間加速魔導師の運用により、圧倒的多数を誇るゴブリン主力軍を少数の兵で殲滅したのである。
さらに撤退するゴブリンの背後からアビネ率いるグンズ家配下の兵によって殲滅戦が行われた。逃亡しか脳になかったゴブリン主力軍団は指揮系統が混乱、撃滅された。
魔王軍の包囲殲滅は史上初の快挙であった。
したがって青銅家のダスクはほぼ鉄家の資質を持つかのような扱いを受けている。
アビルが手を鳴らすと食事が運ばれてくる。チキンの丸焼き、上等なスミナの粥、蜂蜜酒である。
三人はゆっくりとそれを口にする。だがそれは武士は食わねど高楊枝。実際は皆腹が減って仕方がなかった。そしてこの肉の残りを従卒に持って帰ってやる腹積もりである。
指揮職ですら食事に配慮をせねばならないとこまで追い詰められている。
「それで、ダスクよ。前線は如何だった」
チキンを切り分けながらジュビネが問う。
「正直申し上げると、食料は秋までは持ちませんな」
ダスクは見たままを語る。それが彼の役割であった。従卒にやらせると気兼ねして楽観視的な報告が来るやもしれぬ。指揮官自らが出向く必要がある。
「部隊の九割、即ち国王軍と鉄家、一部の青銅家を除けば戦闘は不可能ですな」
「そこまでか」
アビルは驚く。
「ええ、金家の一部は木の皮を食い始めております」
金家の大量徴兵は最大の問題になっていた。階級の低い金家は魔王討伐戦を昇格の機会と考え徴兵を広く行った。あっちがやればこちらもやらねば。
使えぬ遊兵が雪だるま式に増えていった。その結果が農村の生産性低下と前線の飢餓、である。
そして軍事的には広い戦線に無駄に六十万もの兵を貼り付けることとなった。
人類存亡をかけた戦いとあっても遊兵は無駄でしかない。
「そもそも、何故ここまで兵糧が足りんのだ」
アビルは机を叩きつける。彼は軍事に特化したグンズ家の副領主である。理性的だが、教え込まれたドクトリンは『古典派』だった。
「魔王軍からは略奪ができません、奴らの飯を人間は喰えんのです」
今さらかの様にダスクが具申する。略奪は進軍しながらの補給を可ならしめる。転移魔導のあるこの世とて有効な補給手段であった。
「付け加えるなら、小氷期ゆえ農業生産も滞っておる」
ジュビネが付け加えた。
「転送するにもにも、現物が無ければ補給もできませぬ」
ダスクはジュビネに同調した。
「知っている、それがなぜ今起きているのかわからんのだ」
若きエリート、アビルは頭を抱える。グンズ家は兵法、指揮統制に長けているが内政には無関心である。
更に加えるなら、この魔導が使える世界において補給は軽視されてきた。要請を出せば魔導で即時送られてくるもの、それが補給だった。
だが、その送るべき食料がない現在、補給は並大抵の行為ではない。
「一度、戦線を後退させましょう」
ダスクが今一度具申する。
「この戦争は和睦もない、いわば最終戦争である。後退は如何なものか」
魔王軍への憎悪が浅からぬジュビネは反感をあらわにした。
「重要な拠点はパロヌ塩湖です、ここを抑えていれば王国に問題はありませぬ」
ダスクが蜂蜜酒を飲み干す。
「それに、撤退中の森では虫もいますから『食事』も出来ます、兵の士気も上がるかと」
「だが、撤退で士気が上がろうと意味はなかろうて」
アビルは従卒を呼びつけると、チキンを『下げさせた』。
行き詰まった空気が場を支配する。
「そうだ、農兵といえば……」
ジュビネは思いついたように呟く。
「どうした、何か策でもあるのか」
突然の発言にアビネは食らいついた。
「現在大勅令二号が遂行中であることは貴殿らも存じているだろう」
「無論」
二人が同時に返す。
「あれは新たな作物をこの地にもたらすためのもの、先程のチキンと同じくな」
鶏は経済動物として、耕助の世界からこちらの世界に召喚されたものである。
「ならば一度農兵を下がらせ、パロヌ塩湖までの土地でこの作物を耕させるのはどうだろう」
アビルは自慢げに提案した。
「失礼ですが、恐らく飢えた兵士はその種をも食うでしょう」
ダスクが意見具申する。
「そうだな、我が兵も虫を食うほど飢えている。恐らく無理だ」
ジュビネも加勢する。
「では諸官ならいかが考える」
ここで逆上しないのがアビネの長所である。普通の将官であればここまで否定されたなら多少の皮肉でも言いたくなる所だろう。
だが、アビルは素直に二人の副将に意見を求めた。
「本家から得た情報ではジャガイモは生産性が高いらしい」
ジュビネは蜂蜜酒を煽る。
「早く収穫し早期決戦を謀る、それでいかがか」
「そのジャガイモ、どれほどのものなのか」
ダスクは蜂蜜酒に手をつけない。
「恐らく鉄に勝るとも劣らない影響を持つもの、としか」
「ではそれを信じるとしよう、事実アノン家の魔導は王国を救ってきた」
アビネは顎に手をやる。
再びダスクが具申する。
「徐々に撤退し、後方の森で虫を食らえば多少は兵も持ちます。そのジャガイモの収穫を待ち、総攻撃を仕掛ける。如何か」
「よろしい、その方針で決心する。ジュビネ、ジャガイモに関する情報は逐次報告せよ」
アビルは総司令官として意思決定を下した。
「承知」
「ところで、そのジャガイモ、誰が育てるのだ」
ダスクがジュビネに問う。
「ホッカイドウ、S町、ノウキョウだ」
「異世界人か、私は一度会ってみたい。作戦遂行上の要請を伝えるためにも」
「イムザ様はお許しになるだろう、パロヌ塩湖の英雄ともあれば断れん」
「すまんな。ノウキョウか、不思議な響きだ」
「それで、いつ頃から作付けは始まるのだ」
ダスクはチキンを飲み込むと同時に喋りだす。
「明日かららしい、試験段階だそうだ」
ジュビネは従卒に蜂蜜酒の代わりを持ってこさせる。
「早いな、それはいいことだ」
アビルは従卒に蜂蜜酒を注がせる。
「その試験が終わり次第、小官がノウキョウを伺おう」
ダスクはようやく蜂蜜酒に手を伸ばす。
「それでは我が王国の繁栄とS町ノウキョウの健闘を祈り」
アビルがゴブレットを差し出す、二人は後に続いた。
「乾杯」
黄金の酒盃がかち合った。
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