異世界懇親会とイムザの苦労
懇親会の音頭はゴランがとることになっている。肉が焼けたのを見計らい皆が彼を囲んだ。
「えー、本日はご多忙の中お集まり頂きまして、誠にありがとうございます。先ずこの懇親会を開いてくださったアノン家皆様の慈悲深さに厚く御礼申し上げます」
ゴランは農民訛りをなんとかごまかしている、何か嫌な予感がする。
「今年のスミナの収穫量は残念ながら昨年を大きく下回りまして、えー」
(ゴランは無意味に長いスピーチをする手合だ! 退職した社長が務める町内会長とかそういうタイプ。不味い)
「やっぱり、村長こういう時アガちゃって無駄に話が長いのよね」
「そうそう、せっかくのお肉が焦げちゃうわ」
農婦たちが声を殺して不満を漏らす。
(嗚呼困ったぞ、せっかく農民のやる気を引き出せる食事なのに)
「しかしながらですね、今年はアノン家の皆様により、異世界の方々とその作物をもちまして。といいましてもそのー、この植物には毒があるらしいですな。処理をすれば問題はないそうなのですが、ですからより一層…… 」
ゴランは汗をぬぐうしぐさをする。何処の世界でもこういう手合いはいるのか。
耕助は隣に立っているマダム石屋に脇腹をつつかれた。「どうにかしろ」とサングラス越しに目で訴えかけてくる。
(いかん、俺がどうにかしないとならない)
「ゴランさん、芋については私から後々。お肉焦げちゃいますよ」
「あ、そうですか、そうですね。では詳しい話は後ほど、それじゃひとまず乾杯」
「「かんぱーい」」
ゴラン以外の全員が身振りや視線で耕助に感謝の意を示す、宴が始まりを告げた。
斎藤を筆頭に現代組が肉に群がる。この未知の家畜がどんな味か試してみたいのだ。
アノン家の女中や老いた召使いが食事をしながら給仕をする、皆笑顔だ。彼らにとってもこの懇親会は気楽な様だ。確かに畏まるべき貴族はいない、農民相手に食事を振る舞うのだからしゃちほこばったマナーは必要じゃないのだ。
「これはマトンに近い。ちょっと臭いジンギスカンみたいだな、ロースが柔らかい」
ハンターの斎藤は量は少しずつだが、全ての部位をコンプリートしている。
「このソースなんかはニンニクみたいな味がするな、結構匂いはキツいかもしれない。こっちはベリー系の味だ」
小鍋に入ったタレは何種類かに分けられている、平民が食べる食事としてはきっと豪勢なのだろう。
斎藤に勧められ、ロースをニンニク風味のタレにつけて食べる。確かにこれは羊肉に近い臭みがある、道民にとっては慣れた味だ。
懐かしくホッとする味、これが正しい表現だろう。ジンギスカンのタレを用意できればなお良しだ。
もっとも、これは農民達の士気を高めるための食事だから現代組はあまり箸をつけてはいけない。このことは事前に打ち合わせた。
体力はジャガイモの植え付けに必要となる。飢餓状態の農民を作業に割り当てた場合、最悪種芋を食われてしまう可能性もある。
だから今日の食事は農民のカンフル剤として用意されたものなのである。
だが、困ったことに渡だけが勧められるがままにガバガバと肉を食べてる。斉藤はそこらへんわかっているのか部位ごとにちょっとずつ食べていたのに。
(あのバカめ。明日あたり胃もたれで苦しめ。そういう食い方が辛くなる年頃だ)
さて、誰と話すか。明日から農地の開拓が始まる。
一番のキモは魔導士だ。家畜による耕作が出来ず、またトラクターの燃料も有限な現在、魔導士は貴重な存在だ。
耕助の世界で農業は家畜とトラクターに支えられていた。特に現代ではトラクター抜きで語れない。
つまり今、耕助達が持っているジャガイモ、知識と経験を生かすための存在が欠けている。トラクターの欠如は致命的な弱みである。
だから魔導をもってトラクター、家畜の代用をしなければジャガイモは本来の力を発揮できない。
イムザは時間加速と斬撃を使う魔導士を試験農地開拓に協力させると言っていた。
コルの時間加速は植え付けの試験にかかる時間を節約できる。加えて収穫の回数が増えることも意味する。大量生産も可能になるだろう。
斬撃魔導、こっちはよくはわからないが木を切り倒せるのだろう。もしかしたら土を切り裂くことは耕すことに置き換えれるかもしれない。
そうであれば、人力で耕すよりはるかに効率化できるだろう。やはり、農民よりも魔導士と話をしてみるべきだ。
ゴランや他の農民とも話したかったが、後回し。目的はジャガイモの植え付けであって、スミナの増産ではない。
幸い、こっちの農民と現世組の農家達は良くやっているようだった。あっちとこっちの酒を飲み比べをしている。
(おいおい、いつの間に焼酎なんて持ってきたんだ。貴重品なのに勿体ない)
耕助の方針は固まった。
「伊藤さん、ちょっといいですか」
耕助は農婦と談笑中の伊藤を呼び出した。
「こちらの世界の農業について聞き出してください。私はジャガイモの植え付けで手一杯なので」
耕助は頭を下げた。
「あー、わかったよ耕ちゃん、やっておくよ。どんなところを聞けばいいかな」
「スミナについて、それと肥料ですかね。何を使っているか聞いておいてください」
「肥料は耕ちゃんの専門じゃないの、それに俺は農家としちゃまだまだ素人だよ」
伊藤は困惑し、手を振る。
「いえ、化学肥料は作れそうもないので。有機肥料なら伊藤さんの得意分野じゃないですか」
「確かにね。わかったよ、やってみる」
伊藤はそう言い残すと農婦達の輪へと戻っていった。
(さて、どの魔導士と話してみるか)
視界には時間加速魔導のコルと斬撃魔導のペスタが映っている。ペスタはどうもこちら側の技術に興味があるようた。
給仕で肉を渡をたくさん振る舞い、その代わりに質問攻めにしている。
(彼女を捕まえたところで被害者が入れ替わるだけだ、よしておこう)
耕助は先にコルと話して、彼女の能力について聞きだすことにした。緑髪のどこか幼げな女中を探し出し、話しかける。
「こんばんは、S町農協の営農指導課長鈴石耕助です。コル、さんですよね」
「えぇ、アノン家、魔導召使のコル・スル・ユハラと申します」
コルは恭しく頭を下げる、身長からして中学生位の年齢か。
「あなたの持つ時間加速魔導について聞きたいんだけど、今大丈夫? 」
この位の歳の子ならば、多少砕けた口調の方が親しみをもってくれるだろう。
「勿論でございます、私とペスタは料理より明日の準備を優先せよと申しつけられております故」
「そっか、良かった。長くなるかもしれないからコルちゃんもご飯持ってきなよ」
「いえ、私は結構ですから」
「そう畏まらなくていいから、ほらお肉」
耕助は別の女中に肉を二皿受け取ると、事務所へとコルを誘った。机があるからメモもとれる、それに落ち着いて話もできる。
道すがら周りを見渡す、農民も女中達も皆楽しそうだ。
「結構盛り上がってるようだけど、やっぱりこういうの珍しいの」
「最近は珍しいですね、言うなればプチアヴァ・マルタでしょうか」
(プチか、わかり易い翻訳だ)
「冷害で肉が珍しくなりましたから、その分盛り上がっているのでしょう」
アヴァ・マルタ。領主が召喚獣の肉で農民をもてなす豊作祈願、収穫祭だとヘルサは言っていた。
恐らく本当のアヴァ・マルタはもっと盛大なのだろう。なら今日はちょっとしたな縁日みたいなものか。
事務所へと入る、コルは室内にあるものを一品一品を珍し気に眺める。
「小さくて汚いところだけど、御免ね」
「掃除のおばさんが怠けててごめんなさいね」
中に誰もいないだろうと思っていた。が、マダムがトイレから現れた。
「酔っ払いが水の流れないトイレを使わないようにガムテで蓋してたのよ」
石屋は気だるげにガムテをプラプラと振って見せる。
「それも未来予知ですか」
「長年のカンよ、それよりお嬢ちゃんの魔導について聞く方が先じゃないの」
「それで、加速魔導ってのはどういう効果があるんだい」
耕助はコルに椅子をすすめ、自分も事務椅子に座る。
「簡単に表現するなら物体や空間が流れる時間を早める、ということになります」
「それって例えば三分を一秒にしちゃう、とか。あ、時間の単位は翻訳されないか」
「大丈夫ですよ、魔導食でこちらのピームという単位に変換されています」
(イムザが作り出した
「まぁ、旦那様は魔導食を作るために大変な苦労をされたのですが……」
「へぇ、そうなんだ」
実はこの魔導食の裏には「へぇ、そうなんだ」の一言では済まされぬ努力があった。
イムザはこの翻訳食を作り出すため、初めに国王から多重魔導の許諾を得る必要がある。多重魔導は禁忌である、魔導というものは重ねがけすると予想以上の効果をもたらす場合がある。
例えば水を浴びせ雷撃を落とすと感電し易くなるように多重魔導は効果を大にする。時によっては多重魔導が国家存亡の危機になりかねない。従って、領主という形でかつての敵国をなんとか従属させている王国では多重魔導は禁忌とされていた。
魔導技術、国家の発展を阻害しても、王国の安定の為には必要な措置だった。だから、王国では多重魔導をかける場合、王の勅命を拝して多重魔導の許諾を得た。
そのためにイムザは他の魔導領主に根回しをし、有効性を認めさせねばならなかった。
イムザは必要な人員をかき集め、日本語の本を召喚し、それを魔導で翻訳した。魔導で二つの言語を橋渡しさせたうえで、日本人も馴染めそうな食べ物にエンチャントする。
そしていよいよ耕助たちを召喚させて、何とか信頼させ食わせたのである。
その為にイムザは半年間の時間を費やし、その間文字通り彼は休む暇もなかった。
それを支えたのはサラの医療魔導だ。実際、一番身分の低い奴隷ですらイムザより休みは多かったのである。
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