宴の準備
耕太一行は既にキャンプ地を決めたらしい。転移魔導で入電があった、『キャンプ地設立、明日にも目標地点到達の見込み』。
耕助はだいぶ遅れをとっている。いつの間にやら耕助と耕太の間にはレースのような構造が出来上がっていた。いくら農業が手のかかる大変なものであっても息子には負けたくない。
沢村はガソリンスタンドの真上で焚火をしようとした農民を立ち退かせている最中だった。異世界に来て、ガソリンスタンドの爆発に巻き込まれ死亡なんて冗談じゃない。各々、それなりに仕事をしているようだった。
ゴランとダベっている渡を捕まえて、やたらめったらと質問攻めをするぺスタの元に連行した。これから現代技術質問攻めにあうと思うが頑張れよ。
ただ、ペスタとは今夜中に話し合う必要はある、森を開拓する斬撃魔導の情報が必要不欠であるからだ。
渡と話相手を交換し逆に耕助がゴランと話すことにした、こちらの農業について知っておかねば。
『現代の技術から彼らの農法を頭ごなしに否定しない』というのが今回の方針だ。
昨日、荘園を見ている時に感じた技術のチグハグ感がその原因だ。現代の技術から遅れてる様に見えても、魔導が何かの形でそれを補完してるかも知れない。
きっとこの時代ならではの長所はあるはずである。
それにそもそも農業の発展は長い時間をかけて達成されたものだ。おいそれと技術を持ち込んだところで、根付かずに腐ってしまうだろう。だから先ずは聞き取りから始めることにした。
「ゴランさん、こんばんは。今日は一つよろしくお願いします」
「やぁ、スズイシさん、どうもこんばんは」
ゴランは上機嫌である、ほほが緩み切っている。
「どうしたんです、そんなに嬉しそうに」
「そりゃ、肉が食える上にメイドさん方が料理してくれるってのは、貴族様気分だからの」
「成程、肉はあまりお食べにならないんですね」
栄養は労働に必要不可欠、多少踏み込んでみる。
「冷害さえなければ食べれたんだ、去年までは十日に一日は食べれたけども……」
タンパク質が足りないのか、栄養不足は深刻なようである。
「安心してください、ジャガイモは冷害に強いし、生産性は高いから、屁でもないですよ」
「そうかぁ、なら安心だ」
ゴランはほっと胸をなでおろす。やはり饑饉の影響は下々の者に負担が回ってくるようだ。
「ところで、スミナの育成ってどうやっているんですか」
「あぁ、先ずスミナって言ってもね、三つに分かれるの」
「それって、スミナの品種が違うってことですか」
ほう、スミナといっても多様性はあるようだ、完全に統一された品種より安全性は高い。
「品種……まぁ、わからんが、貴族様が食べる、ワシら農民の食べるスミナ、そして家畜用の三つだ」
それは味の問題に過ぎないのか、それとも根本から違う種なのか。
「それって形から違ったりします」
「あぁ、違うよ、色も違う。育ち方も全然ちがうべ」
つまり『スミナ』という名称は『麦目』等の『目』に近しい意味合いなのだろう。
そして身分に分かれた三種のスミナは小麦、大麦、ライ麦というように全く別の属だ。
そして一つ合点がいった事がある。
最初にジュセリが食べさせたスミナと、イムザの館で食べたスミナは全く別の味だった。
別種だから味があんなにも違ったのだ。
単に出汁とかの問題ではない、そもそも別の植物だったのだ。
「それなら……、植え付けの土地は年ごとに変えたりしますか」
「いや、しないよ。そんなに変わってたら税の計算ができんべ」
この世界では輪作が行われていないのか、耕助はため息を漏らす。
作物を代わるがわる植え付ける輪作は土壌のバランスを保ち、連作障害を防ぐ。
輪作は連作障害に弱いジャガイモを育てるうえで知っておかねばならない技術だ。
輪作をもたらせばジャガイモだけでなくスミナの生産性も向上するだろう。
だが、税制が絡むとなると少しばかり荒療治が必要なのかもしれない。
お国と農家というものは複雑な利権構造が絡むのだ。日本でもそれは変わらない、TPP、減反、国家は農業へかなりの影響力を誇る。三種の作物と税制が絡むとなると輪作の際には機微な調整が必要不可欠となる。この場合、どうしたら良いものか。
貨幣を挟まない現物納税となるとより一層物事は複雑になる。貴族、農民どちらかからの反発は必至である。
「どした、イムザ様みたいな顔をして」
「いえ、少し悩み事があったもので、でも大丈夫です」
成程、ここいらじゃ困った顔をイムザ顔と呼ぶのか。
ゴランが気を利かせたのか飲み物をとってくると立ち去った。ハチミツ酒なら当たることはない、と思う。
しかし、輪作の概念が無いのはどう対処すればいい。税制にまで切り込むか、農協と政治は切り離せない関係にある。
悩んでても仕方がない、少し気分転換でもしようと懇親会の準備を眺める。
斉藤が家畜を捌く様を観察し、腰に下げたナイフを貸したのが見えた。
なんて物騒な物を持ち歩いてるんだ、と最初は思った。がそもそも彼は銃を持っている。銃に比べればナイフなんてものはあくまでツールに過ぎないか。
黄金のナイフを使っていた農民が平伏し、鉄のナイフを拒む。どうにも鉄のナイフを使うのは彼らにとって畏れ多いらしい。
とうとう斉藤が肉を捌きだした。ナイフ捌きは傍から見てても鮮やかだと思う。
さっきまで活きていた山羊のような家畜があっという間に部位ごとに別けられる。初見の家畜を捌けるとはなかなかの技量の持ち主である。
あれが今晩の食事か、さてどう調理するのだろう。
農民が黄金の板を持ってきた、それを手ごろな石で囲んだ焚火の上にのせる。
そして女中達が肉を黄金の板で焼き始めた。なんて壮観な眺めだろうか。
金の板で焼肉なんてバブルでもこんな光景なかっただろう。あれは耕助名付けて黄金焼きだ、うんそうしよう。黄金がメインで、肉が副菜だ。
「あら、またイムザ様みたいな顔されとる」
ゴランが耕助の顔を覗き込む。
彼はハチミツ酒が注がれた黄金のマグカップを持っていた。
そう、その物質の価値が今俺を苦しめているんだ。
【追記】
世界観補足のため、追記を書き足しています。
あと一度打ち切ります、ポジティブな理由なのでご安心を。
詳細は近況ノートをご覧ください。
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