翻訳するこんにゃく

一行はアノン家で昼食を食べながらイムザの説明を受ける。

「少し待ってください、何故あなた方は我々の世界を知っているのか。異世界の金と鉄の価値の違いなんてわからない筈ではないですか」

 倉田が丁寧ながら尋問じみた気迫でイムザに迫る。

「先ほども言いましたが、当家の魔道は召喚に特化しておる。ほれこのような物も」

イムザは懐から擦り切れた厚い本を取り出す、題名は『河山出版 高校世界史詳説研究』

「似たような本も他にも召喚した、中々面白いもので寝食を忘れ読んでしまいますな」

(彼らは我々の世界から他にも物を召喚し、知識を得ていたのか)

耕助は推察する。


純白のローブを身にまとったヘルサが入室。女中が恭しく礼で迎える。

「そこが兄さまの長所。その好奇心と適応性は弱き魔導の力を補って余りあるのです。正直に申し上げて魔導師としては当家家長にふさわしくないが、家長の資質は十分に」

席に着く前にヘルサは口を開く。

「世事なら辞めよ、照れるではないか」


(中世的なイメージとして、家長は絶対の存在だと思っていた。だがこうもヘルサがずけずけとふさわしくないだとか言ってのける様を見るとこの家はそうではないらしい。これがこの世界の常識か否かは判別しかねるが、この家では少し気楽にいけそうだ)

耕助は僅かな情報をもとに判断した。


「それでも謎が残るんだ、イムザさん。貴方は何故日本語が使える、読みも話もできる。ヘルサさんに至っては北海道弁まで使っている。だが他の人とは異なる言葉を使っている、これは一体どういうことだ。本職にはあなた方が日本人でも道民にも見えないんですが」

倉田はまだ詰め寄る、いや正にその通りだ。

「いや、お巡りさんきっと魔法でしょ、異世界モノだと当然の流れじゃないですか」

「なんてご都合主義的なんだ、言葉の壁というのはそんなにたやすい物ではないぞ、耕太」

 耕助は耕太をいさめる。

「それは魔導です、アノン家が召喚した書物を別の魔導士が意味を抽出、それをまた別の…… つまびらかにするには長くなりますから、この程度の説明でご容赦を」

イムザが喋りつかれたのを察したのかヘルサが割っている。

「おっしゃる通り、この世界の言語は日本語とは異なります。従ってこの世界の人間全てがあなた方の言葉を理解していません」

言語習得に労力を使ったのだろう、ゴブレットを置いたイムザは顔に苦労をにじませる。苦労を思い出したのだろう。只でさえ苦労人の顔をしたイムザは一気に老け込んだように見えた。


「本来、魔導は組み合わせて、術式をね二つ以上掛け合わせて使用することは王法で禁じられているのです。あまりにも力が強すぎるからですな、一種の国体維持政策とお考えください。しかし、この言語習得は勅命による許諾を受けた行為である故に成功した行為。耕太殿の言うような単純な過程ではござらんよ」

イムザは遠回しに、耕太の浅はかな発想を否定した。

「はぁ、いろいろあるんですね」

耕太は気の抜けた返事を返す。

「はぁ、じゃないだろ。失礼しましたと言うんだこういう時は。息子がとんだ失礼を」

「兄さまが勝手に苦労自慢をしただけ、気にすることはありません」

ヘルサは耕太をかばう。


「では最後の品を、これが先ほどまでのお話と少しばかり繋がってくるのです」

 イムザが手を鳴らすと、年老いた女中が慎重にカートを押して入室する。彼女は丁寧に『現世』組のみに皿を配る、中身は薄灰色のゼリーだった。

「そちらの世界ではコレが言葉を解するための品だと読んだ、絵物語でな。この魔導食であなた方はこちらの世界の言葉が理解できましょう、さ、どうぞ。それとこの魔導食の効果を実感していただくため、メイドの御無礼をお許しください」


 イムザは女中に言葉をかける。異界の言葉でイムザに促され、後ろに控えていた女中たちは雑談を始める。やはり言葉は判らないが、かなりくだけた雰囲気になった。

「それではお召し上がりください、これでメイド達が何を話しているかわかる筈です」


(これは魔導によって作られた品だ。食べるのには今までの肉や野菜以上に抵抗感がある。だが、これを食べねば全ては始まらないのだろう)

耕助は意を決して口に放り込む。耕太、倉田、伊藤も耕助の後を追って口に運ぶ。

 

 ゼリーではなかった、こんにゃくだ。

「コル、この中で誰が好みなのさ」

白髪で豊満な体の女中がどこか幼げな緑が身の女中に話しかける。

「あの紺服の人、渋いしカッコいいとおもうけどな」

緑髪のコルは倉田の方に目配せする。

「あんた兵隊が好きだもんね、そんな感じする。アタイはあの男の子」

白髪の女中は耕太を顎でしゃくる。

(よかったな耕太。少なくとも一人はお前に好意をもってる。それも美巨乳だぞ)

「えー、どこがいいの」

「おっかなびっくりな感じの所、かわいいと思わない?」

「そっかサラは姉御肌だもんね、母性本能みたいな感じ」

白髪のメイドはサラという名前らしい。


 こんにゃくを一口頬張った瞬間から彼女たちの言葉が理解できた。

(物は試しだ、次はこちらから話しかけてみるとしよう)

「サラさん、このガキんちょは本物のアホですよ」

 耕太はサラに指名された為かどこか恥ずかし気だった。

「あら、お客様見事なヘルゴラント語で御座います。ですが私め、そういう殿方が好みで」

 サラは自然と丁寧口調に直した、姉御肌と呼ばれるだけの肝は据わっているらしい。

 耕太はいよいよ赤面した。

(この程度で照れてるとはハーレムへの道のりは険しいぞ)


 耕助達は遂に『普通の』異世界人とコミュニケーションに成功した。耕助は言葉の壁を乗り越えたことに感動を覚えた、何の努力もしてないのにである。

「凄い、これじゃ駅前留学も真っ青だな」

「S町に駅なんてないじゃん、オヤジィ」

 耕太は何とか気を紛らわそうと言葉を紡いでいるようだ。


「翻訳コンニャクか、これは」

 意外な言葉が倉田から出た、未来の青狸秘密道具なんて知らなそうな出で立ちなのだが。

「左様、これで貴殿らもこちらの世界で言葉に不自由することはなくなる」

 イムザが満足げに微笑む。

「正直不安だった、こちらの世界の人間に効力があっても、逆は予測不能であったからな。この魔導食は今回召喚した方全員分を取り揃えている、ご安心なされよ」

「これで、我々をこちらの世界に馴染ませたという訳だね、随分と乱暴なこった」

 心なしか伊藤はイムザに対し辛辣な印象を受ける。

「確かにそうではありますが、こちらがご用意する報酬でご容赦いただきたい」

 イムザは横柄な口調を少し緩ませる、だが伊藤を見る目は鋭い。

「黄金、か。それもこっちではゴロゴロ転がっているんでしょう。随分と安い餌だ」

「我々が心底欲している食物も御国では捨てる程余っているそうで。それもその大半を他国に頼りながら」

 イムザと伊藤の間で視線が火花を散らす。

「ふむ、手段は乱暴だがこれも立派な取引か」

 ここは伊藤が折れた様だ。


 異世界人に食料事情をとやかく言われると耳が痛い、特に農協の耕助には効く。食べられるものでも規格外のならば破棄する、豊作すぎて値崩れが予測されてもだ。それに大量消費社会の裏では賞味期限の名のもとに大量の『商品』が処理される。農家育ちの農協職員としては心が痛む問題であった。


(さて、この話がどう転ぶか)

耕助には少しの冒険心とおののきが混じった気分になった。


【追記】


『ヘルゴラント王国』

ヘルゴラント家による王国、ボロス大陸のおよそ半分を占める巨大国家。

しかし、建国八九年と日が浅い。

ヘルゴラント王国統一戦争で諸侯を打ち破り、彼らを併合した後、領主制を敷いて全国を支配する。しかし表向き恭順を示しながら統一戦争の事を根に持つ領主も少なくない。

一年前、突如現れた魔王軍との戦いが長引いた中で冷害が起こり、国力は大幅に低下。王室に仕えていた魔導領主達の力により国体が保たれている。


『スミナ』

ヒエやアワに似た植物、この世界の主要作物。質量あたりのカロリーは高いが、冷害に弱い。

また、刈り取り、脱穀に人手が掛かる。肉を入れるなどして上手く調理すればそれなりの味にはなる。ヘルゴラント王国の食卓はスミナのモノカルチャー栽培に依存している。


『魔導』

 大気中のエネルギー、魔導波を人を媒介として顕現させる術。

元々は能力の微妙な違いにより細分化されていた。王国建国に伴い『軍事』『工業』『経済』のカテゴリーで区分されるも大雑把すぎて再び諸派に分裂しようとする傾向にある。

 また奉る神がそれぞれで異なるため、嘗ての魔導領主紛争は宗教戦争の様相を呈していた。現在は世俗化され、魔導信仰は無くなっている。


『転移魔導』

物体を任意の空間に移転する魔導。輸送力の低い家畜しかいないこの世界では不可欠な能力。物を送りつけることは魔導に適合すれば容易に行える。一方で呼び出すのは相当の修練が必要となる。


下級魔導士でも物を送りつける魔導を習得し生計を建てる者も多い。都市間や軍拠点間で転移魔導による輸送網が張り巡らされている場合が多い。

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