異世界パワーランチ

 「会食をしながらお話ししましょう。その方が話も弾むというものです」

 イムザは手を叩く。音もなく女中が現れ、料理を各々の皿に振る舞う。


 金色のゴブレットには薄黄色の液体が注がれる。初めの一品は赤の白のカブを思わせる野菜が鮮やかに盛られている。

 先ずは一口、とでも言いたげにイムザが手で促す。耕助はままよとばかりにカブらしきなにかを口に放り込む。

 

 サクサクとシャクシャクの中間といったあたりの触感、うま味は無いが酸味は程よい。

(見た目もいいし、前菜としては申し分ない。酸味が食欲をそそる)

「先ずお聞きしたいのは我々が無事な状態で田舎に帰還できるか否かです」

「こちらの世界で死亡した場合は残念ながらそれはかないませんな」

 イムザは平然と不遜に不穏なセリフを言い放つ。

(拉致しておいてそんな他人ごとみたいに片付けられてはかなわない、なんたる自己中心的発想だろう)

 だが、耕助はその不満を表にはださない。現代日本に帰られるかは彼らの一存なのだ。

 現在このように「客品」として扱われているのは幸いで、最悪奴隷の様に働かされるかもしれない。

(今、この男の機嫌を損ねてはならない)

 耕助はそう判断した。

 

「ジャガイモの普及が目標である。相応の対価も用意してある」

「でも、その為には魔王を倒さないといけないんでしょ。でも僕たち戦えませんよ。あ、ハンターのおっさんと拓斗は別か。いや、佐藤のおっちゃんも倉田さんも銃もってるし」

 耕太は実に若者らしい観点で話を進めてくれる。

(お前にはそれを期待してたんだ。何しろ俺はゲームといえば麻雀ソフトくらいしかやったことがない)

 ドラクエもしたことがない耕助は一般的な同世代の男性以上に魔王とやらが出てくる世界には慣れていないのだ。


「左様、魔王軍は我らヘルゴラントの宿敵、あなた方を呼び出したのも魔王との戦争に勝つ為。ですが、あなた方にその任を担わせようという訳ではござらん」

 イムザが全員が前菜を食べ終えたのを見渡し手を叩く。再び女中が現れて皿を取り換える。

 その皿にはスミナと呼ばれる穀物の粥が盛られている。だが、さっきの兵糧とは全く違う。肉が乗り、鮮やかな黄色のポタージュになっている。

 耕助は恐る恐るポタージュを口にする、動物性の出汁が出ててうまい。

(肉はどうだ……)

耕助はかぶりつく、これは豚みたいな味がする。さっきの出汁はラードのうま味か。

(さっきの酸味のきいたカブや、前線粥を食べたあとだから余計にうま味を感じるのかもしれない)


「我が王国軍は南方のパロヌ塩湖の会戦にて大勝、魔王軍を北部の山岳地帯まで追い込んだ。だが、会戦の際、徴兵を行った。生産人口は激減し、更に冷害が国を襲った」

「そりゃ若い男を兵隊にとったら農村は人手不足になる。当然の帰結じゃないの」

 いつの間にかスミナのポタージュを食べ終えた伊藤がつぶやく。

「正に。しかしパロヌ塩湖は塩の貴重な生産地、これ以上戦線を下げる訳にもいかない」


「だが、そこが攻勢限界でもある」

伊藤の口から聞き慣れぬ言葉が飛び出る。

(こうせいげんかい?)

「なんですか、それ」

 耕助は伊藤に素直に聞いてみた。

「耕ちゃん、軍隊って攻めても、無限に進軍はできないでしょ。補給とかあるから。そうするといつか必ず攻撃が防御になる、そこの転換点の事」

(やっぱり伊藤はインテリだ、歴史や政治が趣味でこうした言葉を覚えるのかもしれない)

「少しばかり違うな、補給は魔導で繋がっている。従って補給による足かせはない。だが補給するスミナが無い、我が王国軍は進むに進めぬ、下がるに下がれぬ状態まで追い込まれている。更に前線の兵糧は昨年の冷害であの有様、貧しい農村では木の皮で飢えをしのいでおる。そこでだ、貴殿らの持つジャガイモ、これをこの地に根付かせてもらいたい」

 イムザはにやりと笑う。


(話が少しばかり壮大すぎる、水分が欲しい)

だが耕助の手の届く範囲にはゴブレットに注がれた謎の薄黄色の液体しかない。

(ペットボトルを持ってくればよかった)

新婚旅行で水に当たった耕助は深く後悔した。


 だが、背に腹は代えられない、確か事務所には下痢止めもあったはずだ。例の液体に一口つける。甘い酒だ、それもかなり低アルコール度。

(これは飲んだことがある!)

蜂蜜酒だ、大学時代に友人とどぶろくと一緒に作ったことがある。

 実家からの荷物に大量に蜂蜜が入っていて、その使い道に困り酒にしたのだ。

「お客人、満足いただけたかな」

 イムザが耕助の顔を伺う。

「ええ、蜂蜜酒ですよね、コレは作った事が……あ、知り合いから一口貰いまして」

 倉田のギロリと睨みつける視線に気が付き、なんとか軌道修正する。もう既に時効の密造事件だが、それでも倉田はどこか怖い。


「コホン、えー、つまり我々は、そのジャガイモをこの世界に根付かせて、王国を助ければいいんですね。別にその魔王軍とやらを倒さなくてもよいと」

耕助は軽るく咳払いをして話を戻す。

「左様で」

イムザが三度、手を鳴らす。


 今度は肉が運ばれえ来た、赤いソースが掛かっている、副菜は煮豆。やけに鋭利なナイフで切り分け口に運ぶ。

 甘酸っぱいソースだ、恐らくベリー、それが野趣あふれる肉の味を生かしている。


「しかし、話が乱暴すぎんかね。いきなり呼びつけて、農業をしろだの」

 肉を食いながら伊藤が文句を言う。

(全くその通りなのだが今はその言動はやめてくれ!)

イムザの気分次第で耕助が現実世界に帰れるか否かが決まるのだ。

「全くもってその通り、だから相応の品を用意すると言ったであろう」

イムザが豪快に笑う。

「さて、ここまでの道中の像や彫刻、そしてこのゴブレット、金色に輝いていますな。これは貴殿らの世界で言う所の純金である」


 耕助は思わずグラスを二度見する。

(本物の純金!? なんと豪勢な)

「実はこの世界、貴殿らの世界の金と鉄の価値が『真逆』なのだ、言いたい事はわかるな。我々の目的を貴殿らが達成した場合、大量の金を与える用意がある」

「マジモンのアステカ、モンテスマじゃん。パパパパパウワー、ドドン」

 意味不明の言葉をつぶやいた耕太は卒倒する。

(このグラスも純金だとしたら一財産だ……デパートの黄金展示会などではきっと家一軒分位の価値が付いてるに違いない)

「ほれこのゴブレットなど、百でも千でも直ぐに集められましょうぞ」

イムザは女中を呼ぶ.たっぷりと金塊を乗せたカートを女中が運んでくる。

 

(これだけの金があればS町の過疎を救うどころじゃない、皆で億万長者だ。更に集まるとなると、JR北海道の大幅赤字路線すらも立て直せるかもしれない)

一課長の耕助にとって話が壮大すぎる。


 「だから王の座席が鉄なのですか、成程。こちらの世界ではあれが最高級品という訳か」

 倉田があくまでも冷静に分析する。

(あんたはもっと驚け)


「左様、そして鉄は貴重な武器でもある。我々アノン家は鉄鉱脈を召喚したことで栄えた。八十九年前、諸侯の群雄割拠の時代において王国が勝利を収めたのも鉄のお陰という訳だ」

 「確かに金は腐食しにくく、輝きは価値があるけども柔らかいから武器には向いてないな。じゃあ、あれかねこの世界では鍬や鋤なんかは金でできてるのかね、もしかして武器も」

 伊藤もどこか冷静だ。話のスケールが大きく、耕助はついて行けない。

「無論、農具や雑多なものは金で出来ておる。それにアノン家を含む三大魔導家以外の諸侯の私兵は鉄製装具を許されておらぬ、尤も許されてたとて揃える財力は無かろう」

 イムザは誇らしげに部屋に飾ってある家紋らしき鉄製のレリーフを眺めた。


 「アノン家は鉄鉱脈を召喚して栄えたって、召喚獣とか居ないんですか」

 いつの間にか正気に戻った耕太が蜂蜜酒を口にしながら尋ねる。

 「当家は異界からの召喚を本流としておる。云わば経済的召喚行為だ。これこそが長年に渡り王国を支えてきたアノン家の本懐。召喚獣なぞ中級魔導士の役割であって、当家家長の役割ではない、のだが」

 イムザは力なくうつむいた。

「私は異界召喚が全くできなくてね。召喚といってもせいぜい大型召喚獣が精一杯なのだ」

「お家柄と個性が違うと。それはご苦労されたでしょう」

 耕助はいつの間にか彼に同情していた。成程、彼の苦労人らしい雰囲気はそういうところからにじみ出ているのか。


 「でも、兄さまは博覧強記、異界のものを理解し、利用することに長けていらっしゃる。だからこそ当家を放逐されず、その上立派に家長を務めておられるではありませんか」

 恭しく女中に出迎えられたヘルサが応接間に入ってきた。

 成程、さっきまでのボロ服ではない、白いローブに金と鉄と宝石のボタンが混じる。

 宝飾はあるが、植物を模した刺繍が施されどこか瀟洒なイメージを抱かせる。

 まるで神官の様だ。

「つまり、このヘルサさんが我々を召喚したということですか」

「左様、ヘルサは最盛の曾祖父を超える逸材である、出来の良すぎる妹を持つと苦労する。尤もヘルサは漸く成人した身、ついこの間まで子供言葉とは思えんな、ハハハハ」

 イムザはうれし気に、そして誇らしげにヘルサを食卓へ招く。

「兄さま、その話はさめてください……」

 ヘルサは白い肌を真っ赤に染める。

 

「兄さまか、お兄ちゃん、お兄ちゃんって呼んでいたではないか」

 イムザが肉を切るナイフを止めて、声真似をしてからかう。

「もう、兄さまの馬鹿、知らない」

 彼女は恥ずかしさを怒りで隠しながら耕太の思惑通り、やつの隣に座ってしまう。

 ヘルサがこんな顔をするとは全く想像もしていなかった。

 「妹属性、ツンデレっぽい、背伸びしたい系……」

 耕太は象の如く鼻息を荒くし、心なしか椅子をヘルサの方に近寄せる。

「お客人の前でも装っているがヘルサはまだまだ子供でな。無礼はご容赦願いたい」

(あんたの方が横柄な態度じゃないか、どの口がそれを言う)

耕助は内心ツッコむ。


 耕助は恨みとも感謝ともどちらとも言えぬ気持ちでヘルサを見つめた。

 そりゃ、何の説明もなくいきなり異世界に呼び出されたのは怨めしい。

 だが、S町の力を生かし未知の土地を開拓するという道民特有のフロンティア精神溢れるやりがいを用意してくれた。更に黄金までつけて返してくれるというのだ。 多少は感謝してもいい。計画が成功したら、であるが。

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