アノン家の一族


 女中達はジュセリの言葉により、何処かへと立ち去る。

(何語なのだろう、皆目見当もつかない。しかしヘルサ、ジュセリと日本語が通じたのは確かだ)


 耕太は立ち去る女中の後ろ姿を眺めている。ヘルサだけでなく、よりどりみどりと言った所か。お幸せな事である。耕助は説明を受けて異世界に来た理由やら、この土地の状勢を聞いてじいさま達に報告しなくてはならないのだ。


「耕太、女の尻もいいけどな。お前にはこのファンタジー世界を説明するという極めて重要な仕事があるんだからな。気を引き締めろ」

 耕助は耕太の肩を叩く。

「わかってるよ親父、でも今ぐらいはいいじゃん。そう言う話してる訳じゃないし」

 耕太は悪びれず、開き直った。


 「女中さん多いですね、結構なお屋敷ですし。ヘルサさんはなんでそんな服を」

 耕助はずっと抱えていた疑問をぶつける、女中の方がヘルサよりマシな格好をしている。

 ヘルサはズダ袋、一方の女中はシンプルだがフリルの付いた黒いワンピース。これでは主人と女中ではなくて、女中と出入りの農家の娘だ。


「女中じゃなくて、メイドだって。それにしてもクラシックなメイドさんだなー、いいなー」

 耕太の全く無意味な諫言は全く無視し、耕助はヘルサを眺める。

(見事に豊かな乳を実らせた白髪のメイドを見たあとだとヘルサの胸は平に見え…… 違う、見るべきはそこではない。服だ)

 ジャガイモを入れていた麻袋で作りましたと言われても信じてしまう位ボロボロの服だ。


 「これは単に劣化しているのではありません、代々に渡ってアノン家が編み出した魔法陣を織り込まれているのです。大魔導服です、普段は毎年作る魔導服をきております」

 ヘルサはボロボロの服を、ボロボロであるが故に誇らしげに示してみせた。

 

(ダメージジーンズを履くのに近いものがあるのだろう)

 元々カウボーイの作業服だったジーンズは履き込むほど価値があるという美意識がある。

 そんなものに価値があるなら野良作業で履き潰し、それを売るのはどうだろうかと若いころの耕助はそう思っていた。

 だが、ヘルサにとっては実用的価値があるのだ。ファッションと同一視してはいけないのだと耕助は判断した。

 そう思うと、急に貧相なこの服がなんとなく有難いもののように思えてきた。


「やぁやぁ異世界のお客人よ、御足労頂き誠に有難う」

よく響く若い男の声が大広間にこだまする。鷹揚で流暢な日本語だ。

 声の主は大きな階段で繋がる二階から一同を見下ろしていた。

「頭上から失礼、私は当アノン家の家長、イムザ・ハム・アノンである、しばし待たれよ」

 イムザは階段をゆったりとした足取りで降りてくる。


「家長……もしかしてヘルサちゃんの旦那さん……?」

 耕太がげんなりとした顔付きになる。

「いえ、彼は私の兄です。憤死した父に代わり、当家を取りまとめています」

 ヘルサは耕太にさらりと答える。

「じゃ、じゃあヘルサちゃんは」

「未婚です、契りを交わした相手もございません」

 耕太はガッツポーズを決めた。

(お前と契りを交わすとは一言も言ってないぞ)

耕助は内心、ツッコむ。


「突然の召喚、兵糧をお出しして大変失礼致した。宴の準備ができておる故、話はそちらで」

イムザは階段を下り、一行と同じ一階に立っていた。

 肩まであるサラサラの金髪、長身のイムザは妹のヘルサに似て美形であった。だが歳は判然としない、若そうな顔つきだがどこか苦労が刻まれている。

 その苦労人特有の顔つきに、同じ質の耕助はどこか親近感を覚えた。

 イムザは上質そうなローブを身にまとっている、刺繍で細かいところまで彩られている。札幌駅周辺の百貨店でも手に入るまい。


「ヘルサよ大魔導服を魔導庫へ戻したまえ、我は先に宴でお客人をもてなしている故」

「承知しました、兄上。では後程」

 ヘルサは軽く会釈をすると一同から離れる。

「妹属性か……」

耕太は満ち足りた表情になった。

(属性ってなんだ)


 ジュセリもヘルサについて行こうとする、がそれをイムザが呼び止める。

「ジュセリよ、お主はお客人に随行せよ。家中の者はお客人に慣れておらぬ」

「ハッ、承知いたしました」

ジュセリは頭をたれ、一同の輪に加わる。

「うん、キビキビとした姫騎士ちゃんもいいなぁ…… 生きてる間に姫騎士と出会えるなんてなぁ」

(耕太、お前はどっちなんだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。そんなに現実は甘くはないぞ)


「失礼だがお客人、恩名を伺ってもよろしいか」

イムザが一同を廊下で先導しながら問う、列の最後尾にはジュセリが付いている。廊下のと所々には鉄製のレリーフや金色に輝く像が飾られていた。

(まさか本物の金ということはないだろう)

「あぁ、大変失礼しました。S町農協、営農指導課課長の鈴石耕助です」

 道すがら名を問うイムザは無礼だが、宴の席に着くまで名無しなのもよろしくない。耕助はここで素直に名乗ることにした。

「ノーキョー、それはどういった組織ですかな」

「農業生産者の互助会、ですかね。生産、販売、流通、購買等を共同で行うことで生産の円滑化や効率化を図る為の組織です。本当はもっと複雑なのですが」

 立ち話でできる範囲で説明する。金融に保険、農協が手掛ける事業は挙げだしたらきりがない。


「成程、そちらは……」

「こちらは息子耕太です、大学生二年生です」

 耕太に喋らせないよう、耕助は先手を打った。

「大学。こちらにも高等学院があるが相当優秀なご子息でしょう」

 イムザは感心したように振り返る。

「いえ、今は殆ど全員が大学入るような時代ですから……」

 謙遜では無い、耕太が大学に進んだ理由は所詮『札幌に行きたい』ってだけだ。

(イムザは大学をすぐさま学校であると理解した。イムザは現代日本について一定の知識を持っているようだ。それにヘルサ、ジュセリ共々日本語が流暢すぎる。彼らはどうやって日本語を理解したのだろうか。他の人間は全く異なる言語を使っている。日本語を使う者はどのように学んだのだろうか。駅前留学ではないことは確かだ)


「で、こちらの紺色の服の方は」

「はい、本職は倉田健介巡査部長です。法治官吏とご理解いただければよろしいかと」

 倉田は背筋を伸ばし非常にてきぱきと答える。

「少数の法治官吏で統治が出来るとは非常に平穏なお国柄なのですな。我が領地ですら多くの兵を使い統治しておるというのに」

「左様です。その治安こそ我々日本警官の誇りでもあり、守るべきものでもあります」

「なんと羨ましい。それで、そちらの御老体は」

「へぇ、僕はしがない農家の伊藤秀一という者です。特にご説明することはございません」

 伊藤は謙遜している、本当はかなりのインテリなのは耕助もなんとなくわかっている。

「いやいや、その御年で農業を営まれていること自体立派なことだ。それつきましたぞ」


 左右に女中が控える大きな扉に到着した、女中達ははうやうやしく扉を開く。

 天井から吊られた大光球に照らされ、装飾が施されたテーブルが置かれている。豪華な応接室だ。

 壁に窓は無く、気品あふれる男達の肖像画が掛けられている。


「この光る石って、電気ですか」

 耕太がイムザに尋ねる。

(電気なんて有るわけ無いだろう)

耕助は心中でツッコむ。

「いえ、魔導波を受けて光る魔光石です。曾祖父の偉業により国王から賜った逸品ですな」

 イムザは誇らしげに説明する、が一同チンプンカンプンだ。

「失礼、この世界の事は存じ上げないのでしたな。ま、席に御着きください」

 

 席に着けと言われても一行はこの世界のテーブルマナーは全く知らない。

(どの席に着けばいいのか)

そこらへんのマナーに小うるさい農協組合長と仕事をしてきた耕助は躊躇する。

「どちらの椅子につけばよろしいですか、我々この世界の勝手がわからないもので」

「私の席はこちらと決まっております、扉の正面の席は開けてくだされば他はどちらでも」

イムザはそう言うと、上座の右隣に座った。

「この席は国王陛下の為のお席なのです、当家の者でも座ることはできません」

 確かにその扉の正面にある椅子だけ鉄製であった、が何故国王の席は鉄製なのか。疑問は残る。

 他の椅子は金や銀で装飾されている、よっぽど国王よりも立派な椅子である。


 戸惑いながらもイムザの隣に座る、王の席を除くと全部で十脚の椅子がある。耕太は抜かりなく、隣に一席だけ開けた位置に座った。

 耕太の魂胆は見え透いている。ヘルサが隣にくればいいな、なんて思ってるんだろう。

(中学校の席替えの甘酸っぱい体験をしているつもりなのか、こいつは)

 ジュセリは席につかず、イムザの後ろに控えている、ガードマンも大変だ。


 耕助がり着くまで様々なカルチャーショック、異世界の洗礼を受けた。一人ため息をつく、

(次の説明で何が話されることやら)

このため息が宴の合図となった。

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