女中、メイド、女将

 ハコモノ事業の大失敗、財政難、過疎化、合併。非情な日常から離れ、異世界の風景が持つ牧歌的なのどかさに耕助はどこか癒された。知らず知らずのうちに機嫌をなおす。

 運転席に座る耕太は上機嫌、視線の先には先行するフヌバに乗ったヘルサの尻がある。


「おい、女の尻ばっかり追いかけまわすんじゃないぞ、それに気づかれたらどうするんだ。またバツの悪い思いをするだけだぞ」

 耕助は耕太に一応忠告をする。

「そうは言っても、美少女魔導師が現実にいるんだよ。見るなってほうが無理な話だよ」

 興奮気味に耕太は答える。

(確かに、大スターがある日突然現れたらば歓喜しない訳はないか)


「これが現実……ですか。本職としては集団ヒステリーであって欲しいものです」

 倉田はどこか余裕をみせながら、ぼやく。確かにそれは正論である。

「お巡りさん、過疎化した村で集団ヒステリーの方が怖いッスよ。ホラーゲーか何かっッスか」

 耕太はコレが異世界『転生』であって欲しいと願っているようだ。

(親の気持ちも知らないで)

耕助は軽く舌打ちする。


「でも美少女魔導士に姫騎士かー、これはハーレムものだな! うーんドキドキしてきた」

「ハーレムってお前、ムスリムにでもなったのか。やっぱり異世界転生とやらは宗教か」

 耕太は心底呆れたような口ぶりで否定する。

「一人の主人公に沢山の女の子が懐いてるのがハーレム物。色んなタイプの女の子いるでしょ、そうなると楽しいわけ。物語にメリハリつくし、何より…… 」

 

 その先は耕助に読めていた。

 「皆の同意の上で浮気できるってか、気楽なもんだなぁ。あれだぞ、前の町長はな、奥さんと別にもう一人女を囲ってたけど大変なんだ。二号さんってのは簡単に言えば二つの家庭があるわけ。相当マメじゃないと続かんぞ、わかるか」


 前町長の二号さんは公然の秘密だった。実際の所、親戚の寡婦を経済的に支援していた側面が大きい。だから、町の皆は噂こそすれど、町長を責めることはなかった。

「いや、そんな話じゃないんだって! もーなんでわかんないのかな」

 耕太はもう説得をあきらめたようだ、同時に耕助もあきらめた。

(このボンクラは自分の都合の良いようにしか物事を考えていない)

だが、ついさっきまでこの事態を牧歌的にとらえ、楽観視している耕助も楽天的だと気が付いた。

(あまり耕太だけを責めることもできないな)



 車で五分ほど走った、灰黒い石壁が現れる。壁はそこまで高い訳ではない、新婚旅行で訪れた万里の長城よりも低い。だがこれをよじ登るのも無理だろうという程度の高さだ。城塞と呼ぶには少しばかり小さい。


 フヌバは木でできた門の前で速度を落とす、ジュセリが何か叫ぶと門が上にせりあがる。

 

 門には五、六人の兵士達が立っていた。明らかにこちらを警戒している。この音もなく走る車に驚いているのかもしれない、そんな表情である。

 ルームミラーで後ろをちらりと見ると、倉田は腰のホルスターへ手を伸ばしていた。やはり単なる警察官ではなさそうだ。

 門が開ききる、ヘルサがついてこいと手招きしている。降車せずフヌバの後を追うことにした。


 質実剛健な門と打って変わって、中は綺麗な庭園と凝った邸宅が広がっていた。色とりどりの花が咲き、小さな噴水から水が湧き出ている。

 だがらかというと研究的な趣である。耕助は北大の植物園と似通ったものを庭園に見出した。一定の間隔で植えられている植物は彩りがチグハグだ、観葉目的の庭造りには見えない。

 

 そして館は西洋のそれに近い。羽を広げたフヌバの像が四隅に設置されてある。漆喰を思わせる壁は純白で、まぶしさすら感じさせる。館までは一直線にレンガ畳のような道が続いている。

 

 耕太はあっけにとられ、倉田は警戒を厳とし、伊藤は周りを静かに眺めている。

 ようやく悪路の振動から解放された電気自動車はいよいよ無音の静寂につつまれる。ジュセリとヘルサを乗せたフヌバは館の玄関へとたどり着く。

 立派で大きな扉だ。古いが鉄で補強され、植物をかたどった彫刻がなされている。手が込んでいる。


 ヘルサは手で止まれと合図する、フヌバと十分距離をとり車を止めた。ジュセリは先にフヌバから飛び降り、ヘルサが下りるのを手伝った。

「嗚呼、姫騎士と魔導士のこの画、尊い」

 耕太は一人恍惚じみた表情を浮かべる。

(尊いなんてお前、意外に語彙力あるじゃないか)

耕助はすこし感心した。


「お車からおりてください、ここで到着ですので」

 ヘルサは車に近寄り、軽く叫ぶ。実際、そこまでの声量でなくとも十分聞こえる。耕助は車から降りる。

 

 澄んでいながら花と土の香りが混じり合う、耕助好みの空気だ。それに庭園に設けられた噴水の音も心地よく響く。両手を広げ背中を伸ばし、深呼吸する。倉田から呆れるような支線を感じた。


(いや、気を抜いて良い場面じゃない、これから大事な説明があるのだ。旧S町がU市に合併された時の説明会よりも重大だ。異世界に合併されるのだから)


(気を引き締めなければ)

耕助はつけてきたネクタイを直し、作業着を羽織る。この格好が耕助にとって仕事上での正装なのだ、それに好きな服装。

 ネクタイが知性的な印象を持たせ、作業着で農作業への姿勢も忘れない。

 この格好は豪華な邸宅には似合わぬかもしれないが、こちらの流儀というものがある。

 

 他の皆はどうだろう、耕太はネルシャツにジーパン、ブーツ、全然駄目、門前払いだ。

 倉田は暑いだろうに冬用制服をきちんと着こなしている、防刃ベストも忘れていない。警護という立場上、この服装は仕方があるまい。

 伊藤は完全に農家のお爺さん。


 耕助は一同に目配せする、耕太は興味津津、倉田は氷のような目、伊藤は温和な目で頷く。

「こちらの準備は整いました、ご案内ください」

 耕助はヘルサに先を促し、その一同は後に続く。

 

 本来勝手に拉致召喚された耕助はヘルサに敬語をつかってまでへりくだる必要はない。だが見事な邸宅に気圧された。

 ヘルサは扉へと近づき、扉の前に立つ衛兵に声をかける。衛兵はよくわからない言葉で叫び、うやうやしく扉が開く。

 中は大広間といった趣で、二階まで続く大きな階段が踊り場で二手に分かれていた。


 電球……だろうか、光球がいくつもついたシャンデリアが天井を飾る。中には何人もの女中らしき人々が連なり、一行に頭を垂れて出迎えた。

(どちらかというと女中というかメイドだな)

 

 田舎JAの中年でもメイドくらいは知っている、女中の洋風の呼び名だ。

 だが、耕助には女中という言葉の方があずましい、なんだか落ち着くのだ。それに耕太と同じ言葉を使ってしまうと品性が同じレベルにまで落ちてしまう気がした。

 女中の髪の毛は色とりどり、黒、緑、赤、白、昔のビジュアル系ロックバンドを思わせる。だがケミカルな色合いではない、どこか自然な感じがする。。

 だが皆顔立ちは整っている、すました表情だ。特に白髪のメイドは耕助も目が奪われるほどの巨乳だった。

 

 豊満だが、下品ではない。彼女に比べると皆貧相な胸に見える。

 だが女中達は服装はいたって地味な黒いドレスに白いエプロンだけ、個性のかけらもない。

(確かメイドカフェとやらがこんな服だったか、バラエティー番組で見たことがある)


 「メイドさんだー!! 本物!? 本物!? 」

 誰となく、耕太が雄たけびに近い声で質問を連呼する。

「召使いか。ならば本物だ、偽物の召使いとは何か、密偵か」

 ジュセリが困惑気味に耕太に問う。

(違うぞ騎士、奴が言ってるのはカフェでアルバイトしているメイドのことだ)

そんなことを説明しても理解してはもらえないだろうと耕助は口をつぐんでおく。案の定、耕太は大興奮である。

(愚息よたかだか女中に何を興奮しているんだ……)

 

 まぁ、湯煙女将にそそられる人もいるのだから、それもわからなくもないが。その性癖の持ち主はなんとS町JA最若手で甘いマスクの沢村である。


「毎日温泉に入って肌は綺麗で、接客業だから佇まいも美しい、湯煙に隠れる裸体、凄くいいじゃないですか、悪いところがありますか! 未亡人ならなお良しですよ! えぇ、僕ならその温泉宿を継ぎますね、ええ、そんな若旦那に私はなりたい」

 酔っ払った沢村はU市の飲み屋で焼き鳥片手にそんなことを熱弁していた。以来、沢村が休暇の度に温泉地を巡っていると変な噂がたったものだ。

 そして、それまで沢村目当てでわざわざU市からやってきた女性客が途絶えた。田舎での情報伝達速度はとてつもなく早い。

 残念なイケメンというのはきっと沢村を指す言葉なのだろう。

 

(そもそも女中だぞ、女将ならまだ将来性があるが、異世界の女中だ。読み書きどころかコミュニケーションがとれるかどうかも分からないのに、何を興奮しているんだか)

 耕助は耕太の将来を案じた。

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