二人の駐在

 農協の独立運動、その慰労会に二人の警官が参加している。彼らは『道警』と書かれた防刃ベストを着ており物々しい。

だが耕助はこの参列者に違和感をあまり抱かない。耕助は天然パーマの警官に話しかけた。

「ところでわたる、お前は何の用だ」

「明日から鹿の一斉駆除が始まりますので、猟場の告知に来ました」

 どこか卑俗、しかし人の良さそうな顔立ちの佐藤渡巡査部長がつとめて事務的な声で答える。

 

 渡は地元出身の万年駐在。耕助の五百m隣のご近所さんで高校の後輩である。後輩と言っても十歳近く年下、が同じ剣道部OBで近所付き合いもあり仲は良い。

 

 渡とは別のもう一人の警官は耕助とは初対面だ。

 しかし耕助にはこの男の素性についてある程度予想は付いている。先日、渡から「札幌から超左遷された駐在がやってくる」と聞いていたのだ。


 新人の噂を聞いた耕助は素人考えながら疑念を抱いた。 

(普通駐在というのは一人じゃないか? いくら道警とは言え、札幌からの左遷なんて人事上あり得るのか?)

 その前歴に好奇心がそそられる。

(一体何をやらかしたのだろうか、ニュースにはなっていないがこんなド田舎に飛ばされるとはそれなりのことをやったに違いない)


耕助は意を決し、新顔の警官に話しかける。

「私は旧S町農協営農指導課課長の鈴石です。といっても明日でお仕舞いですが」

「本職は新しく駐在になります、倉田くらた健介けんすけです。今後よろしくお願いします」

 倉田は帽子を脱ぎ丁寧にお辞儀をする、良く通る低い声である。

耕助は倉田を一瞥する。

(厳ついようでそれでいて捉えどころのない顔だち。なんと表するべきか、まるで空気のようにそこになじんでいる。体はがっしりしているのに柔道に特有の餃子耳でもない)


(倉田はゴツい上に慇懃。過去、失態の話とかまだ聞けそうにないな)

耕助は倉田への注意を逸らす。

「で、渡。鹿の駆除の告知と新顔の紹介で来たって訳か。忙しいご身分だな」

「耕さん、もっと忙しいんですよ僕ら。今日は農協の通夜振る舞いで飲酒運転が起きないか監視にも来たわけです。今話題でしょ、いくら走る車がいないド田舎って言っても飲酒運転は危険ですからね」

 渡は僅かに下品とも見えかねないニヤニヤとした笑いを浮かべる。

「あたしが運転して皆送るから大丈夫だって言ってるのにねぇ」

 マダムが緑茶をすすった。


(渡は警官になるには少し人が良すぎる。脳天気、その文字を額に貼り付けて歩いているような男だ)

耕助による渡の人物査定である。

「通夜振る舞いねぇ。お前生臭坊主よろしく寿司だけ食らって帰るつもりじゃないだろうな」

耕助は時計を見やると、そろそろ六時になろうとしていた。

(渡の退勤時間というわけだ)


「タダ酒、タダ飯にありつこうなんて、そんなつもりは全然ないですよ、ほんと。ほら、気持ちばかりですが差し入れです」

渡は背後から日本酒の一升瓶を取り出す、ちょっと名前の知れた銘酒だ。するとそれを皮切りに農家、農協職員全員が酒瓶を取り出した。ビールに焼酎、日本酒、結構な量がある。


「S町農協と鈴石課長、それと有志の健闘をたたえて一献やりましょうよ」

さっきまでの笑顔は消え失せ、いつになく真面目な顔の渡がそう告げた。

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