第十四話 決断

 ボクが巫女であると分かってから、周りは随分と変わった。

 知り合いが増えた。

 逆に疎遠になった人もいる。

 今までと変わらない人も何人かいるけど。

 妙に馴れ馴れしく近づいてくる人も居るし、なんだかこそこそとボクの話題で話をする人もいる。特に変わった力も持っていないボクを特別視することを快く思っていない人がいることもたしか。何もしてないのに悪口を言われたりもした。ボクは気にしてないけど、かわりにノースがすごく気にしているようで、いつもボクの近くでうろうろしている。でも常に一緒には居られない。合同の男部屋からやけに大きなひとりべやに移動させれてしまったからだ(これは巫女じゃなくても、女だから仕方ないよと彼を慰めた)。

 だが、ラルさんと居る時間は増えた。巫女という特別であることは身の危険を覚えることが多くなることである……らしい。のでボクに一人護衛を付けることになったのだ。ノースにしようか迷ったけれど、彼にボクのお守りをしてもらうというのは危険だからラルさんにお願いしたのだ。ボクには知り合いが少ないし、ラルさんなら、何があってもきっと大丈夫だろうと思って。後で知ったけど、彼もちょっと、そのつもりであったらしい。

 あと、もういくつか変わったことがある。ボクは普段女の子らしいドレスを着せられるようになって、ヒールの高く歩きにくい靴をはかされるようになった。足を広げて座っていたら知らないおばさんに叱られるし、任務を受けようと下におりたらやっぱり怒られた。おまけに「ボク」、なんて言ったら「巫女様は巫女様らしくなさってください」なんていわれてしまう。なんでもここにいる女の子がマネをしだしたらしい。そんなこと知ったことじゃない、などと言ってられないので周りに子供がいるときは「私」というように心がけている。

「……なーんか、落ち着かないなあ」

「ドリラ、口調」

「ノースはいいじゃないか。ボクのマネしたってなんともないし」

「そうだけどさあ……」

 ボクの向かいでもぐもぐと口を動かしてケーキを食べていたソリスが、口をナプキンでさっと拭き取ってから口を開く。

「巫女は伝説を知る者にとって神の次である存在じゃ。神は目には見えぬが、お前は目に見える。周りがざわつくのも当然じゃろう。なに、じきに慣れる。大丈夫じゃ」

「そう……かなあ……」

 そうじゃ。と頷いてココアをこくりと飲む。問題なく動くようになった足をドレスの下で組む。ぱくっと最後のひと切れを食べ空になった皿にタクトがホールケーキから新たに切ったそれを載せる。もうこれで半分。ものの三十分も経っていないのに。彼女はフォークで頂点に立っている果実をぐさっと刺す。それを口に運んで静かに、でも美味しそうに食べる。

 ……その時、ぐわんと大地が揺れた。

「わあっ!」

「地震!?」

 伏せろ! とラルさんに椅子から降ろされて机の下に入る。実体化していたアモス達の姿が消える。書棚ががたがたと音を立てて、中から本がいくつか落ちてきた。机が、建物全体が、ぎしぎしと悲鳴を上げる。棚の近くにいたソリスを守る様に覆いかぶさるタクト。が、ソリス自身は椅子に座ったまま、尖った耳をぴくり、とさせて外をじっと見つめるだけだった。

 その目は少し、ほんの少しだけ、寂しそうだった。

「……ソリス?」

「地が還った」

「地が、還る? どういうこと?」

「大地が抱えることのできる負の気に対して、そこにある負の気が多くなりすぎてしまった。魔物が喰う正の気すら、なくなってしまう。だから世界樹が特別に正の気を与え、そこにあるものを取り込み、無に還す。しばらくは似たような地震が続くはずじゃ」

「つまり、どうなる?」

「もう二、三日もすれば、この地にも飛んでくるだろう。といっても、お前たちにすれば長い時間かもしれないがな」

 とんでくる? とノースが小首をかしげる。

「鳥の羽はわかるじゃろう? あのような形になって、飛んでくる。説明するより見たほうが早い。少々待っているがいい」

 ノースがつんと山形の唇を尖らせる。眉毛も下がって不服そうな表情をつくるが、ソリスはそれをみて珍しくふふ、と微笑んだ。ラルさんはひょこりと机の下からでて、既に散らばった本を片付け始めている。リュミエルもその手伝いをしていた。それを真似て手伝おうとすると、ドレスが汚れるから座ってろなんて言われてしまった。

 ノースはまた質問する。

「ねえ、大地が消えちゃったら、そこにいる生き物はどうなるの?」

「共に消える」

「!」

「……一つの土地だけではない。一つ消えればもう一つ、それが消えればもう一つ。少しずつ、少しずつ消えていく」

 当然、なんだろう。でも、そんなの。

「そんなの、だめだ」

 呟く。どうしてだかわからないけれど。だめだって。そう強く思った。と、本を拾っていたノースも声をあげた。

「そうだよ。そんなのだめ、だめだよ。ソリス、なんとかならないの?」

「ならないことはない。が、それには……」

 ソリスの青い目がこちらを見つめる。瞳だけ、妙にキラキラ輝いてまるで宝石みたいなそれに射抜かれて、思わず半歩後ずさる。「……なに」

「ドリラ。本気でどうにかしたいのならどうにかなる。その鍵を持っているのはドリラ。お前じゃ」

「ボク?」

「本気になれば言うがいい。手配をしよう。ただ、とても辛い思いをすることになる。自分を見失うやもしれぬ。それでもいいなら、言いに来い」

 そう言って彼女は目をそらした。その目はどこか、寂しげだった。


 *


 リュミエルが実体化した。それも、俺たちみたいな大きさに。

 その事実は幹部にのみ知らされた(もちろん、ドリラにも知らされた)が、リュミエルは肝心なところを忘れていた。彼女は、『巫女の手伝いをしたエヴォの民のアモスは前世を受け継ぐこと』と、『巫女ということは、昔のアモスはすぐに感じ取ることができたこと』、『でも、今のアモスはその力が妙に薄れ、自分もドリラのことはわからなかったこと』などと話した。

「肝心なこと……例えば、どうやって巫女が世界を救うのかとか、そういうことは覚えてないんです。ただところどころ、巫女と呼ばれた少女が世界を救うために旅をしている様、黙示録を探す姿は、あたしのものじゃないのにあたしの記憶としてある」

 リュミエルはボスの前でそう言って、口をつぐんだ。信じてもらえただろうか。と彼女は終わってから話す。正直、わからない。妙なことを言っているなんて思われたんじゃないか。ため息をつく様は普通の女の子みたいで正直戸惑った。

「大丈夫だ」

 ……多分な。そう言うと彼女はころりと表情を変えてきゃあ! と黄色い声を上げた。「ラル様ってやっぱり素敵ですよ! この姿で見るとちっちゃいけどよーく見えるもん。かっこいい!」なんだそれ。とため息をついてもまだうるさいので、放置することにした。

 リュミエルは、俺の魂が巫女の物だったから、こんなにもうるさくしてくるのだろうか。

 なんてバカみたいなことを、思った。


 *


(助けられるなら、助けたいに決まってるじゃないか)

 そっと胸に手を当てる。さらしで潰していた胸はブラジャーによってわずかな膨らみを見せる。慣れない。

「ボクさ、いいに行こうかなって。だってボクにしかできないことなんでしょ? 何があるのかはわかんないけど、ボクの心一つで世界が救われるなら、それでいいよ」

「……ごめんね、ドリラ。あたしがいろいろ知ってればいいんだけど」

「あやまらないで。普通ならもってない記憶を持っているってことだけで十分だよ。モンドが前世に巫女を助けて、それで今は巫女ボクを邪魔しようとしてる。ここに何かあるって分かっただけで、十分な収穫なんだよ?」

「そうかな……」

「うん。だからもうリュミエル、謝るの禁止だよ」

 半透明の羽をぱたぱたさせるリュミエル。

「ドリラ、本当にそれでいいの?」

「それまでに黙示録が解読できたら問題ないだろ」

「残念ながら、」と背後から声がした。オルフだ。

「もう少々時間が掛かりそうですよ。少々と言っても、長いですが」

「……そっか」

「研究チームも寝ずに作業してますがね……」

 無理しないで。と声を掛ける。してませんよとほほ笑みかけられる。事実彼はそんなに疲れてないように見えた。不思議に思っていると、耳元でリュミエルが囁いた。

「竜族の血を継ぐものは、そんなに寝なくて大丈夫なの。それに、研究チームは半竜族によって組織されてるから、ある程度は大丈夫よ」

「おや、リュミエル。久しぶりですね。今度是非検体になってもらいたいものですが」

「黙示録全部解読したら、考えてあげる。考えるだけだけど」

 やれやれ、と大げさに肩を竦めると、彼は食堂に歩いていった。小休憩、なのだろう。

 でも、これでやっと決心がついた。ボクにできることならしたい。

「……言いに行くよ。ボク」

「そう、か」

 大丈夫だよ、と明るい声をつくる。大丈夫。本当はちょっと怖いけど。そんなのみせられない。精一杯笑顔を作って。へらへらしよう。いつもどおりそう、へらへらしとけば、きっと大丈夫。

「大丈夫」

 大丈夫。大丈夫。死ぬわけじゃないよ。ボクが勝手にしたいだけ。ここにいる理由が欲しくてするだけだから。だからそんな悲しそうな顔しないで。ボクのせいで悲しまないで。平気だから。大丈夫だから。

 ね? と首をかしげると、彼は腕をつかんで思い切り引っ張ってきた。高いヒールのせいでバランスを崩すが、なんとか転けずにすんだ。びっくりして見上げようとすると、素早くおっきな手で目隠しされた。

「っら、るさん?」

「……ごめん」

「なんで、謝るの」

「何となくだ」

『俺が覚えとけば、俺が知っておけば、よかったのに』

「……そっか、でもラルさん悪くないよ。ありがとう」

 もぞ、と胸元に頭を当てる。なんだか、ちょっとだけ安心した。

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