第十二話 巫女
とりあえず門に行こう、というノースの声で森を出たボク達を待っていたのは、武装した街の男たちだった。
「……なんじゃ」
「エポの方々。あなたがたをオーズに引き渡します。どうか無駄な抵抗はなさらぬよう」
「なっ……! この人たちはこの街とソリスを守ってくれたんだぞ!?」
タクトが声を荒らげる。その彼に、男の一人がじろり、と鋭い視線を浴びせる。
「タクト。お前も、ソリス様もだ。ソリス様は竜族。この世界にあってはならない存在なんだ。それを守るお前もまた、あってはならない」
「ふざけるなよ! ソリスは、ずっとこの街を守ってきたんだぞ!」
「ならばなぜ今回のような事件が起こった? ソリス様が魔物のような姿になられてから、街の者は体調を崩し、異形に変わるものもいた。……この街のためなんだ。頼むからおとなしくしてくれ。命までは取らぬと、エナト様が約束してくれている」
どくん。と心臓がなった。「エナトが……」呟くと鳥肌がたった。もう一度話がしたい。結局どうしてエナトがボクをねらうのかがわからないのだ。ソリスが言うとおりボクが巫女なのだとしたら、それもきっと理由の一つなのかもしれない。ならばなぜ。何故巫女を狙う? それにどうしてボクに、そんなに似ている?
「異形……? 魔化したというのか」
頭を抱えてため息まじりに言うソリス。その彼女に近づこうとする男に、タクトは長い筒のようなものを取り出して突きつける。剣ではない。が、それを見た男らがざわめき出す。おそらくは武器なのだろう。それだけは理解できた。
「タクト……」
「無理な相談だね。お前らこそ、道を開けろ。この街の言い伝えを忘れたか?」
「タクトさん!」
その気迫に思わず声を出したが、ソリスに「良いのじゃ!」と返された。
「ここは巫女を守る最後の竜を守り、そしてそれに守られる街。その体形が壊れた今、ここにいる意味も、ここがある意味もない!」
言い過ぎだろ、とラルさんがつぶやくが、彼女は特に怒っている様子でもなんでもなく、ただ事実を淡々と述べているように見えた。ここはそういう場所。それを思い出したかのように目の前の男の何人かが剣を下ろす。それを横目で見た男がむっとした表情をした。
「魔物を生み出したのは、貴方がた人ならざる者のせいでしょう。ずっと貴方は私たちを騙していた! 私たちは……俺たちは、もう騙されない!」
「騙されているのはお前たちの方じゃ。魔物を生み出しているのはお前たちの弱い心。巫女は、そんな弱い心を救うために世界樹が生み出した子! 巫女は魔物を浄化する。お前たちも知っているじゃろう」
「ならば、証明してもらえますか。その《巫女》が、魔物を浄化するのを」
「ソリスを浄化したのはドリラです」斜め後ろにいたオルフが腕を組んだまま言う。「私は半竜族故に、気の巡りが見えます。負の気を浄化したのはそこの巫女、ドリラです。まあ最も……彼女にその自覚はないでしょうけれど」そう言ってこちらを見る。全員の視線がこちらに向かう。
「一度したのなら、二度目は簡単でしょう。魔化したと思われる者は一箇所に集めております。その者たちを浄化できたのなら、話を信じましょう」
「愚か者めが。巫女を煩わせるな」
「できないというのですか《巫女》?」
くるり、と踵を返し、ソリスがボクの目をじっと見つめる。
「ドリラ。大丈夫、お前ならできる」
「ボク……」
こちらです。と斜め後ろの民家を指さす。それでも(いかなきゃ)と一歩踏み出すと、後ろに立っていたラルさんに止めるかのように手を伸ばされる。大丈夫。と笑ってその手をすり抜ける。実際は大丈夫でもなんでもないけれど。証明するために大丈夫なフリをした。……それに、何故か純粋に助けたいと思えたのだ。
ラルさんにそっくりな困り顔をするノース、そしてオルフの隣を通り過ぎる時、そっと手を握り締められた。と、手の中に何かが入れられる。手を離しそれを見ると、中に液体の入った注射器だった。
「これは……」
「麻酔です。それをどこでもいいですから、刺してください。動きがある程度封じられるはずです。できたら、首や手首など、血管がみえるところがいいですが」
「ありがとう」
促され不思議な作りの民家に入ると、むっと立ち込める腐った果実の臭い。魔物の臭いだ。奥でがたがたと何かが暴れる音。後ろにピッタリと付いてくる男。こちらが妙なことをしたら、すぐにでも応戦してくるだろう。まあ、何もするつもりはないけれど。隣にはソリスとタクト。彼は筒を下ろしていた。
「これです」
カーテンのようなものの先にある、たくさんのベッドの上に寝かされた異形の者達。小さな子供らしきのから、大人、老人の姿もあるが、体の一部が獣のようになっていたり、硬い虫のようになっていたり。今も喘ぎ苦しんでいる者もいれば、死んでいるかのように動かない者もいる。暴れている者……おそらくもとは子供だろう……を必死に押さえつけている、ボクと年の変わらなさそうな少女がこちらをみて驚いていた。
「お兄様! 何事ですか?」
「ユイ、巫女様だ。こいつらを助けに来てくれた」
「巫女様……!? 巫女様、どうか彼らを助けてください。……お願いします」
彼女は片手で子供を押さえつけながら、それでも頭を下げる。服もズタズタで、体も傷だらけ。相当参っているように見えた。(ボクがなんとかしなきゃいけない。ボクにはできるはずだ)。そう言い聞かせて頷いた。
「……わかった。やってみる」
暴れる魔物……に変わりつつある者の手首に注射器を刺そうと、その手を取った。途端脳に流れ込んでくる意識。
『怖い、憎い、辛い、苦しい、寂しい、悲しい、怖い、憎い、辛い、苦しい、寂しい、悲しい、怖い、憎い、辛い、苦しい、寂しい、悲しい、怖い、憎い、辛い、苦しい寂しい悲しい怖い憎い辛い苦しい寂しい悲しいッ!!』
……これが、気?
その莫大なエネルギーに飲み込まれそうになって思わず膝をつく。「ドリラ」とソリスがボクの肩を抱いた。「それを拒絶するな。受け入れるのじゃ、私にしてくれたように」。そう言われてもどうしたらいいのか分からない。どうしよう。どうしたら……。そう思っているうちに魔物がこちらに向かって大きな鈎の付いた手を振りかぶり――、
「タクト! 手を出すなっ!」
「でも!」
「……やめてッ!」
ボクは咄嗟に小さなそれを抱きしめた。生きてるとは思えないような冷たさ。これが魔化するってことなのかな。……もう、やめよう。触れるとあふれるばかりに脳に流れ込んでくる気に目眩がしたが、なんとかそれを抑えてただ、抱きしめる。
抵抗しているのか、もがいているだけなのかわからないけど腕の中で動く。鋭い爪が頬を切った。それでもボクはやめなかった。こうするのが正しいと思えた。それがなぜだかはわからないけれど。
(怖かったね。もう怖くないよ。大丈夫。ボクが、助ける)
心のなかで強く思うと、抱きしめたそれと、周りのベッドの上のものが輝いた。まるで光や炎の神術を使ったみたいな光に驚いて目を瞑って、守るように強く抱きしめた。硬い皮膚が柔らかい、子供みたくなっていくのを感じた。自分の熱じゃない、温かい子供の体温を感じた。
「……え」
光がやんで目を開け腕の中を見ると、そこにはすうすうと規則的に寝息を立てる男の子があった。
「ユキ……!」
ボクの後ろにいた男の一人がそう言って駆けより、ボクの腕から男の子を攫い抱きしめる。それに驚いた少年が目をさまし、驚いたような表情を浮かべる。周りを見回すと、ベッドの上にあった魔化していた者が元の姿を取り戻して眠っていた。あたりがざわめく。
「巫女様だ……。我らは彼女に、騙されたのか……」
「それはどういう意味じゃ」
「先日、ルーテル教の教祖が来たのですが、その教祖、エナトという少女が自分は巫女であるといって……」
「偽りの巫女を守る竜は、この世に災いを齎す、とでも言ったのか」
図星らしい表情を浮かべる男を立ち上がったタクトが鼻で笑った。「だから余所者を信じるなって言っていたのに。しかもオーズを信じるなんて馬鹿じゃねえのか? 竜族が殺されたあの事件! あれを忘れたわけでもないだろ?」吐き捨てるように言った彼の言葉に、男はさらに苦い顔をする。
「巫女様……!」
「え?」
その声に振り向くと、男たちがみな座って頭を下げていた。
「とんだ無礼を……!」
「やっ、やめてください。ボクだって、巫女っていう自覚はなかったんです」
正直今もない。立とうとして床に手を付いて足に力を込めると、よろけて尻餅をついた。……立てない? それに気づいたらしい少女があゆみより、ボクに手を差しのべる。その柔らかい手を取り、半ば彼女に寄りかかるように立ち上がる。と、男たちをかき分けるようにラルさんとノース、オルフが入ってきた。
「ドリラ!」
「ラルさん」
調子に乗って向かおうとしたら案の定よろめいた。そっと抱えられたと同時に無理するなと怒られる。オルフにケガを治してもらいながら話をする。
「ざわざわしてたから入って来ちゃった。何があったの?」
「なんか、ボクが巫女だって、分かってもらえたみたい」
「これで、とりあえず帰れますね」
「よかったー。どうなるかと思ったね……」
「そ、……だね」
膝をついてる状態なのに、それでもふわふわとしているような、逆にすごく重いような、不思議な感覚にとらわれて、ボクは気が付けば意識を手放していた。
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