第十一話 竜の娘

 出入口の大きな木製のドアの前。そこでノースがすっとベルト通しから鍵の束を外し、じゃらじゃらとうるさいその中から鍵をさがし、ひとつの鍵を外して、ドアの鍵穴に差し込む。

「閉めちゃうの?」

「ううん、僕は見習いの鍵師で、こうやって同盟を結んでる街や村の入口の鍵を持って、ドアとドアを結ぶことができるんだ」

 じゃあ、繋ぐよ。その掛け声と共に彼は鍵を回した。

 ドアの外は、不思議な光景が広がっていた。地面は白いような黒いような小さな小石でできており、家々は木製の柱、白塗りの壁、屋根には藁が沢山積んである、見たことのない造り。道は広く、今は誰もいない。……静かな街だなあ。

「……エポの人ですか!?」

「はい。魔物の退治に参りました」

 手前の建物からふっとあらわれた男の人。彼が着てる服もまた変わっていた。くるぶしまである長い衣を腰の当たりで布で巻き止め、その上から模様付きの羽織を着てる。髪型も、なんだか不思議。駆け寄ってくる彼のほうに近づいて、くるりと踵を返してさっき来た門をみる。木製なのはうちの総本山と同じだけど、なんだかやっぱり変わったデザインだ。

 まじまじとボクが見てると、ラルさんに頭をはたかれた。

「おい」

「ご、ごめんなさいっ」

 ははは、と男の人は笑って、初めて来た方なら当たり前ですよと言う。失礼なことをしたなあと思って、帽子を軽く上げた。

 ボクの肩にさりげなく手を置いてオルフが魔物の居場所を聞く。そうだ、仕事仕事。こちらですと彼が歩いて行く方向に付いていく。町の奥に行く時、ふと家をみると、子供がこっちを見て不思議そうな顔をして見てる。ボクがここの人の服を不思議に思うように、この子達にとってのボクらもまた、不思議なのだろう。小さく手をふると、それにつられてか子供も小さな手を振る。……うん、普通の子供だ。

「こちらです」

 手で示す方向には、赤い大きなオブジェが。その向こうには深い森に囲まれた、同じく赤い建物。ふわっと風。寒いくらいのその風に、思わず体を抱く。なんだろう、この感じ。自然の風じゃない。

「この奥です。大きな魔物がこの奥の泉に居着いてしまっているのです。あと……」

「あと?」

「ひどく魔物に懐いてしまった男が一人いるのですが、それも連れ出して欲しいのです」

「魔物に懐く、男?」

「無理なら構いませんが。……では、私はこれで」

「ええ」

 そんな会話をどこか遠くで聞き流して、ボクは赤いオブジェを潜った。


 *


「ここは……竜を祀っているところですね」

「竜?」

「先日、この世界には三つの種族があると言いましたよね。その中の竜族です。ここは竜族を神と崇めている地域なのですよ。この街はオーズに襲われるまで、多種族と共存をしていたのです」

「……もしかして、オルフの故郷って」

 わかりません。と彼は首を振る。と、ラルさんの呻くような呟きが聞こえた。

「おい……っ」

「あれって!」

 同じように驚いてるノースの声。ぱっと前を見ると、泉の上に大きな体で蜷局を巻く大きな蛇……蛇? その体には短い足。大きな頭は緑のような青のようなウロコに覆われており、長い角が生えている。背中には畳まれているらしい大きな翼。これは、一体……。

「竜、ですね」

「竜……!? そんな、ここにいる彼らはオーズによって殺されたってここの人たちが」

「もしかすると、これが『魔物』なのかもしれません」

「……ソリスは、魔物なんかじゃないッ!」

 赤い建物から、左腕に包帯を巻いた青年が出てきた。よろよろと覚束無い足取りで彼はこちらに歩み寄る。「ちょっとキミ、大丈夫!?」駆け寄ってその体を抱きとめると、彼は小さく呻いた。「ひどい傷。あれにやられたの?」オルフも同じく駆け寄り、彼に治癒神術を掛けて訊く。

「あれはなんなんです?」

「あれは竜族の最後の生き残り、だ」

「絶滅したと聞きましたが」

「そういうことになってるだけだ。本当は生きてる。何十年も前……知っているだろう? この街が排他的になった理由となる事件。あのとき、ソリスは奇跡的に助かったんだ」

 でも、彼女はいま何かがおかしい。と彼は苦い顔で続ける。

「ここのところ調子が悪くて。とおもったら突然、竜化が解けなくなって、凶暴化してしまった……」

「凶暴化。それで、魔物化と思った町の人が、僕らに依頼を?」

「わからないけど、最近ここにもルーテル教の人間が入ってきて、魔物やサユフィ、異種族の恐ろしさを語って出ていったんだ」

「ここは、他方の人間を拒絶するはずじゃ、」

「……俺にもわかんねえよ! なんにも俺みたいなのには知らされねえ! ここが他方を拒絶する街になった理由になったオーズを信じ、ここの人間が神と崇めた竜を、ソリスを、手のひら返したみたいに殺そうとするのかなんてっ!」

『苦しい……辛い……怖い……さみしい……』

「ソリス、話を聞いてくれ! このままじゃ殺されちまうんだぞ!?」

「落ち着いてください!」とノースが彼の手をにぎる。さっき脳内に響いた声。これはこの竜の声ではなかろうか。ソリス。それがこの竜の名前なのだろう。ごおおう、と雷のような音が背後から聞こえる。それが竜の咆哮だと気づくのは早かった。「怖がってる」そう呟いたボクの声は誰にも聞こえなかったようだ。

「俺は……生まれた頃からソリスを守るためにここに住んでる。ボロボロになった神社で、ソリスと二人で。ソリスは俺を助けてくれた。俺はソリスを助けたい」

「……わかった。助けるよ」

「ドリラ。何する気だ」

「言ったでしょ? 助けるんだよ」

 ボクは立ち上がって竜に歩み寄り笑った。「ねえ!」声に反応したのかこちらを見る小さな目は透き通った青。右目はきらきらと宝石みたいな光を放っている。「ボクの声は聞こえる!?」ねえ。応えてよ。ごおう、と雷のような咆哮。ノースの制止の声が聞こえたがボクは無視した。

 が、『苦しいっ!』と脳内に響いたと思ったらまた咆哮。その音で、振動で吹き飛ばされそうだ。さっき入口で風と感じたのは彼女の咆哮なのかもしれない。そんなことを思って、ボクは呟いた。

「聞こえてないの……?」

「聞こえてる訳ねえだろ!」

 腰から剣を抜いたラルさんがボクの斜め前に立つ。それに反応した竜が大きな翼を広げて飛び上がった。その風に吹き飛ばされそうになり、ラルさんに体を支えてもらいながら、帽子を抑えて慌てて後方のノースをみると、オルフがちゃんと支えてやってるのが見える。……よかった。ひとまず安心する。

 ひゅうひゅう、というよりごうごうと耳元でうるさい風の音に負けないような声を出すために、大きく息を吸って叫ぶ。

「ラルさん! この竜、怖がっているだけなの! 何に対してかはボクにはわからないけれど、怖いって、辛いってそう思ってるだけなの! 助けられないかなっ!?」

「はぁ!?」

「ほんとなの!」

「それ、あるかもしれない! 彼女は時折寂しそうだったから……! 竜族はなかなか死ねない。それがさみしいって!」

 同じように男が叫ぶ。「そうはいっても、」とオルフが負けじと言う。「この調子だと説得もできませんよ! 眠り薬は持っていますから、とにかくまず動きを封じましょう!」

 提案に、了解! と叫ぶ。同じように叫ぶみんなの声を感じた。……剣を抜いて跳躍する。

「たあああああああッ!」

 上段から振り下ろす! と、高い音を立ててはじかれた。腕から振動が伝わって麻痺する体。剣も吹き飛ばされて森に落ちていく。……とんでもなく硬い! 慌てて身を返して足から着地しようとすると、ぶわっと風のようなものに助けられた。

「ドリラ!」

「ノース、ありがと!」

「ありがと、じゃなくて! 剣っ!」

 鞘に入ったままの剣が投げられる。おそらく神術のサポートを使ったのだろう。その直後にボクの体が光って、しびれが取れる。「二人とも、ありがとう!」剣を受け止めてもう一度駆ける。そのボクの背中にオルフの声が飛び込んでくる。

「ラルには言いましたが竜族の弱点は手足の付け根です。鱗が弱くなっているはずですから!」

「了解!」

『くるな……くるなッ!』

「怖くないよっ……大丈夫だから! もういいんだよ!」

 見ると、もうラルさんは足の付け根のあたりを中心に攻撃をしていた。ああ、ボクが勝手に走って言っちゃったんだなあと少し反省する。大きな足は鋭い爪がついてて、こんなので引っかかれたら一溜りもなさそうだ。アイコンタクトで大丈夫だということを知らせると、攻撃を同時によける。ちりっと服の端っこをもっていかれる。ウロコに触れる。(大丈夫だよ、ボクらは怖くない。お願いだからおとなしくして……!)

 着地と同時に光の術が炸裂する。術師は多分ノースだろう。と、それをもろに喰らったらしい竜が倒れかかってくる。

「二人とも下がって!」

 その掛け声が聞こえるか聞こえないかくらいに、ボクらの体は神術で後方組の方に移動させられる。よろめいて尻餅をつくと、眠っている少女の姿が目に入った。

「……ソリス……!」

 駆け寄って少女を抱く、さっきの傷だらけの青年のもとにたどり着いて、そっと小さな手に触れると、少女はうう、と呻いて青い目を開いた。

「ソリス、大丈夫か?」

「一体、なにが」

「竜化して、暴れてたんだよ」

「なんと……。そうか……」

 落ち着いた声。彼女はボク達をみて、立ち上がる。くるぶしまである長い服に、ゆったりとした袖。腰で巻いた布を前で結んでる様は、まるで蝶が止まっているようだ。白く滑らかな肌。目尻にはきらきらと光る青いなにかがついていて綺麗。緑に近い青い艷やかな髪は金の細かい細工のされた髪留めでたっぷりと結えられている。

「……すまなかった。負の《気》を吸いすぎ、浄化できなくなっていたらしい」

「浄化?」

「そうじゃ。我ら竜族には負の《気》を浄化する力があった。この街は世界樹から遠いから、我ら竜族がその役を担っていたが、どうやら気はその私の力の限界を超えていたらしい。助かったぞ、巫女」

「……え?」

 まっすぐな瞳でボクを見抜く。……え? そこにいる全員が全員、きょとんとしている。

「……それって、この人が巫女様ってことか!?」

「気づいていなかったとはお前もまだまだじゃの」

 至極当然のように話す。他の三人がぽかんとしている。状況を把握しきれてないのはボクも同じだ。と、ようやくノースが口を開く。

「さっきから巫女様って。《世界創生ノ術》を操ることができる唯一の存在の?」

「本来ならば私が探しに行かねばならなかったのに……手間を掛けたな」

「でも、ドリラは女の子じゃないよ!? たしかにちょっと背が低いし、声も高いけど」

「私は巫女を間違えはしない」

 きっぱりと言い放った彼女に、すまなかったなと詫びる。

「言い遅れたが、私はソリス。竜族最後の生き残りと言われている。これは、私のつれのタクト。どうか、よろしく頼む」

「あの、ごめんなさい。ボクも何がなんだかわかんないんだけど……」

 こんなところで話し合っていても仕方ないでしょう。とオルフが話に割り込んできた。

「とにかく、総本山に戻りましょう。話はそれからです。……いいですね、ドリラ」

「……うん」

 巫女。それは神とこの世界の住人の中間の存在。この世界を創った神の娘であり、神の力を継ぎ、この世界に混沌を、或は秩序・整頓を齎す娘。……娘。まさかこんなことでバレてしまうなんてなあ。本当に、まったくもって笑えなかった。

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