第七話 証明と、太陽と

 ――ダネスネーラから、ずっと西の森。

 死の森といわれるその深い森の中、同じように明るいような、暗いような、日の光と角度によって色を変える建物は、ひっそりと森と調和するように建っていた。

 それはまるで、エポのあり方を示すかのように。


 *


「……ねえ、ラルはいつ帰ってくるのかな?」

 中性的な顔をした少年は、誰も居ない部屋で呟く。その柔らかな、声変わりなんてまだまだ先の、あの独特な少女よりも高いソプラノは木製の壁に吸収されて消えた。自問しているようだが、答えは少年の頭の中で響く。

『そのうち、ちゃんと戻ってくる。殺しても死なないような男だって、ノースもわかってるでしょ?』

「……だけどさ」

『大丈夫。ね?』

「うん……」

 響くそれは少女のそれ。ノースと呼ばれた少年はそれでもなお不満げに、また不安げベッドに転がる。ほふっと音がして、小さな体が埋まる。小さくため息。どうしてこんなに不安になるんだろう。どうしてこんなに、落ち着かないんだろう。

 オーズが異端者狩りを強化することを宣言したあの日、たまたま外部に物資の調達に出ていたメンバーが拾ってきたあのビラ。そこに書かれていたサユフィへの虚偽にまみれた卑劣な言葉。見てはいけないと大人に取られてしまったけれど、その言葉一つ一つは、今も僕の心に刻まれている。……僕たち、これからどうなるんだろう。毎日心配でたまらない。

「ソン、もしも僕が任務に出るって言ったら、ソンは何か僕に言う?」

『え?』

「たとえば……《巫女》様を探しに行け、とか」

『……そうだなあ。そんな日が来るかはわからないけれど、私は応援するよ』

「そっかあ……」

 ここに所属する能力者である限り、いつか任務を受ける日が来る。それは明日か明後日か、一ヵ月後か一年後か。まだ幼いから任務を受けたことは無いけど、どんどんここに所属するヒトが、任務に出たまま帰ってこなかったり、帰ってきたとしても、命が無かったりで減ってきているからどうなるのかわからない。明日は我が身。(ラルも、もしかすると)なんて考えて頭を振る。ちがう、そんなはず無い。大丈夫だって。ソンが大丈夫だといったら大丈夫なんだ。いつもそうだったじゃないか。だから。大丈夫。

 ――ざわ……

 小さいけれど、部屋の外がざわめいているのが聞こえた。そっと体を起こすと、裸足のままドアに耳を当てる。

「ラルが帰ってきた!? アイツは相変わらず仕事がはええな……」

「いや、オーズが活発化してるから、次の町に向かえなかったらしい。作戦会議だとよ」

「あいつ等……」

「ついでにダネスネーラで能力者も拾ってきたらしい」

「へえ……」

 声がだんだん遠ざかる。ラルが帰ってきた? そのことに胸がドキドキして、とにかくじっとしてられなくていそいで靴を履き、部屋をでて建物の入口へと駆けた。


 *


「ええっと……?」

「待てって! そいつはサユフィだ!」

 ため息が聞こえた。すまないな、と囁くように言われて、ボクは大きな扉の前で知らない巨漢三人に取り囲まれてしまったのだ。ここまで来るのに時間のみがかかり、まったく魔物にも合わなくてどうにもボケていたらしいボクはどういうことかまったく理解できないままに、後ろに回りこまれそうになってラルさんと背中を合わせて剣の柄に手を添える。

「とりあえず、どういうことか説明してもらいたいんですが」

「怒るなって! オルフも他人のふりするな!」

「なんのことです?」

「あああ、もう!」

 髪をわしゃわしゃとかき回すと、男の一人が「サユフィなら、サユフィと証明するまでです」と近づいてくる。柄に掛けた手に力が篭る。モンドを呼ぶが無視される。ピリピリと殺意のみが男等とボクの間を交差する。

「……証明……?」

「別にいらねえだろ! 俺が言ってるんだから!」

「ならラルもそいつを手伝うといい。オルフ、お前は?」

「面倒ですが、後が怖そうなので」

「ちょっとまって! 何が始まるの!?」

 証明は証明だ。能力者であるかどうかは、剣と剣を、こぶしとこぶしを、力と力をあわせればわかる。振り返らずにボクにそう告げると、剣抜いていいぞとおまけのように呟く。

「殺しても死なねえような連中だ。本気でかかったほうが身のためだ」

「……そう、本気で」

 とにかく、この人たちに一発お見舞いしないと中には入れてもらえないらしい。それにここで万が一能力者じゃないなんていわれたら、どうやらラルさんに迷惑がかかりそうだし。(……戦うからね、モンド)。そう心中で言うがやはり返事はない。まあ、無言の了承というやつだろうと剣を抜く。どうせなら思いっきり暴れたい。ここまで思ったほど魔物にも会わなくて、せっかく新調した剣も出番を待っていたのだ。

「子供のお守りは趣味じゃないんですけどね」

「黙れオルフ」

「……いくよ!」

 自らにそう言い聞かせると、剣を下段で構えたまま相手にむかって走り出した。

「っつあああああ!」

「遅い」

「!」

 弾かれて吹っ飛ばされそうになる。じんじんと骨を震わす重い衝撃が緩やかに右手の感覚を奪ってく。強い。衝撃だけでそう考えたのではない。なんというか、本能的にそう感じた。気迫。そうだ、街の守り手達もそれはあったけど、この人に比べれば全然ないように感じる。背中を冷たい汗が這う。左手で叩いて感覚を戻し、なるほどこれは本気で戦わねばと心のどこかしらで思い、剣を握り直すと同時に相手は目前まで近づいており、大剣を繰り出さんとしていた。

「うわっ」

 身を小さくして躱し、隙が生まれたところで切っ先を喉元に突きつけ小さな傷を残す。……ギリギリだ。もう少しでやられるところだった。そんなことを心のどこか奥で思って、「……は、油断したな」と相手がため息してその場に座り込んだのを確認してから、別の相手に向かおうとした。時。

「いや、もういい」

 制止の声が響いた。


 *


「ラル!」

「……ノース」

 幼い少年のが廊下を走りながらそういう。ふわふわと浮く光は彼のアモスだろうか。ぎゅっとラルさんの腰にまとわりついて顔をお腹にうずめると、動かない。

「なんだ、歩きにくいだろノース」

「だって……」

「だってもなにもないだろ」

 そうとう嬉しいのだろう。ラルさんも迷惑そうな口ぶりだが、顔はそんなに怒っていない。諦めているのか、許しているのか。そんな表情をしていた。

「あの、ラルさん?」

「これか? こいつはノース。女みたいだけど男だ」

 ほら、挨拶。そうラルさんに促されてこちらを見、やっとラルさんから身を引いた。

「はじめまして! 僕はノース。こっちのアモスはソン。よろしく!」

「ボクはドリラ。よろしく」

 手を差しのべると、ぎゅっと強く握ってきた。小さくてふにふにで、かすかに剣だこを感じるけど、でも幼い手。そうか、この子はもう剣の稽古をうけているのか。まだ十歳にもならないくらいなのに。そう思って手を緩めると、じっとボクの方をみて、不思議そうに言った。

「ねえ、君まだアモスがいないの?」

「……え? ああ、居るんだけど……」

「だけど?」

「表に出るのが嫌なんだって」

 いや、どうなのかボクも知らないけれど。だが彼が外に出ることを拒んでいることはなんとなくわかる。最近はリュミエルがいるせいかめっきり話しかけてこないし、一体なんなのだろうか。少年は「そっか」と言って、幸いにもそれ以上は追求してこなかった。そうか。やっぱり変わってるのか。そういえばさっき剣を合わした彼らの周りにも何色かはわからないが、光が飛んでいたのを思い出した。

(普通は、外に出ているものなの?)

『……』

 無言だ。まあいつものことと言えばいつものことなのだが。そもそもボク達はそんなに沢山話をすることがない。話をする前に彼はボクの言いたいことに気づいて答えてくれるし、彼が言いたいこともボクは何となく読み取ってそれに答えたりしてる。ただ彼とボクで違うのは、彼は自分の言いたくないことを隠せるけど、ボクは彼に言いたくないことを隠せない。でもそれについてボクはなんとも思わないからなんら問題ないのだ。というかそれをボクが嫌がっても仕方ないとおもって。それが、そう。普通なのだ。

「ねえ、ラルさん。あのヒトたち、なんでボクが能力者って分かったのかな? もうすぐで負けそうだったのに」

「……お前はアイツらのことを、いつもとは違う風に、怖いとは思わなかったか?」

「ああ……」

 たしかに恐ろしいと思った。いつもとは少し違うそれだったことをふと思い出して思わず変な汗をかきそうになる。それをみた少年は少し申し訳なさそうな顔をしてから、若干わざとらしく思い出したかのような表情になっていった。

「《いつもと違うもの》と戦う者の目は、アイツらよくわかってるから」

 よくわからないが、そういうものらしい。と、ノースが口を挟んだ。

「あのね、ドリラには、悪いけどしばらく総本山で仕事をしてもらうことになるんだ。いいかな?」

「いいけど、仕事って?」

「うーんと……例えば、どこかで事件が起こったらそれを調査したり、ギルドみたいな感じかな。ここは表向きそうだから。だから、同盟を結んでる村や街で困ったことがあったら、僕たち子供でも駆り出されるんだ」

「そっか、じゃあキミはボクの先輩なんだね」

 にこ、わらってそう言うと、彼は驚いたようだった。

「ぼ……僕が、先輩……?」

「うん。だってボクより先にいるんでしょう?」

「そうだけど……うん……そうだな。じゃあ僕が君にいろんなこと教えてあげる! 先輩としてね!」

 小さな胸をぽんと叩いた少年の、なんと誇らしげなことか。その太陽のような輝きは、ボクにはないものだった。

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