第13話 『記憶の断片』(執筆者:美島郷志)

「……なぁ、これ解いてくれねぇかな?」


 前髪を上げた快活そうな青年は、まだ年端もいかない少女のような出で立ちの彼女に不機嫌そうに言った。


「ダメよ。あんたみたいな得体の知れないやつを、こんなところに野放しになんてしておけない。」


「だったら別に縛らなくたっていいだろー。」


「あんたさっき私の胸触ったでしょ! 変態!」


「かわいい女の子が目の前に現れたらとりあえず胸触るだろ。」


「触らないわよこの変態! いいからさっさと首締まって死ね!」


 出会った間際、突然に胸を触られながら「ねぇ、俺の彼女にならない?」なんていう最悪の出会いを果たした二人。運命と呼ぶにはいささか滑稽すぎるものだった。


「まぁなんでもいいけどさ、なんだこいつら? お前の家族か?」


「……そうよ? なんか文句ある?」


「なんかすげぇ痩せてんな。ちゃんと食ってんのか?」


「仕方がないじゃない! ここは凄く土地が貧しくて、農作物なんてまともに育たないのよ!」


「ふーん……そうは思わねぇけどな。」


「はぁ? 何が言いたい訳!?」


「お前いちいち声がでけぇよ。……これ、ちゃんと耕してないだろ? 堆肥をちゃんと調達できれば十分育つぜ。……あぁ、動物が少ねぇから堆肥が作れねぇのか。じゃあまずはそっからだな。」


「……あんたなんなのよ? ここは私たちの国よ! よそ者が生意気に口出ししないで!」


「ん? あぁ、別になんでもいいけどさ、お前らこのままだと全滅するぞ? 飯を食わなきゃ病は流行るし、人が増えなきゃ国は死んでいく。で、どうするんだ? お前王様なんだろ?」


「何よ……まるで全部わかってるみたいな言い方……」


「わかるよ。お前の顔に書いてあるから。」


「えっ……嘘、そんなのどこに……。」


「……ぶっ、あっはははははは!! 「顔に書いてある」つって顔探してるやつ初めて見たわ! お前やっぱりサイコーだな!」


「ぐぬぬ……こんのぉ!!」


 少女はその小さな手で握り拳を作り、怒りに任せて少年をポカポカと殴りつける。


「うおっ、待て! 怒んなって! ……なぁ、どうせお前は俺を殺すつもりなんだろ? アレだっけ? よそのやつらが危なっかしいんだっけ?」


「それは……。」


「じゃあ聞くけどさ、俺を殺して、あいつらはどうなんだ? このままどんどんガリガリになって、ひもじい思いのまま死んでくぞ?」


「……だって、だってどうしようもないもの! みんなでやれるだけのことはやった! それで何度も乗り越えてきた! でも今度ばかりはどうしようもないの! どうしたらいいか……わからない。どうすればいいの? ……。」


「……あっそ。そうやってわかんねぇこといつまでもウジウジ考えてりゃいいさ。俺なら一瞬で解決できるけどな。」


「……本当? 本当にみんなを助けてくれるの?」


「お前王様なんだろ? ならお前が決めな。俺を殺してもあいつらは救えない。なら、俺を使ってあいつらを救ってみないか?」


 彼のその言葉を最後に、二人のやり取りは聞こえなくなった。


 それからの二人は、毎日毎日喧嘩をしながらも、その日の終わりにちゃんと仲直りをして、寒い日には身を寄せ合って温め合ったり、暑い日は飲み水を分け合ったりしていた。


 二人はとても幸せそうで、みんなが彼らを祝福していた。


 それなのに――


 突然の暗転、真っ暗な彼の瞳、彼女の頬を伝う邪悪な指先。彼女の泣き叫ぶ瞬間を、空っぽになった彼の瞳が見つめている。


 恐怖に震えうずくまる彼女を、抱きしめてくれる人はいない。飛び交う武器、吹き上がる血飛沫、彼女の体を悲鳴が貫いていく。


 傷だらけになった彼女の瞳から涙は枯れていた。それでも止まらない悲しみは、いつの間にか真っ赤に染まって――。




 ……………………。




 気付けば部屋の中を朝焼けが照らしていた。いつの間にか眠ってしまったらしい。


 目が醒めて、ふと胸元が冷たい事に気が付いた。そこには可憐な寝顔に一筋の線を残した女王と、じっとりと濡れた後が広がっている私の服があった。


(なんだったんだろう、あの夢……。)


 それが何だったのかはいくら考えてもわからないが、涙を流して眠る女王の頭を撫でずにはいられなかった。


「ん……んむぅ……もう朝なのね。」


「あ、ごめんなさい女王様。起こしちゃった?」


「いえ、いつも同じ時間に目が醒めるから……。」


 まだ女王はぐったりしていた。体を起こすのがしんどいらしく、私は腕を貸して起き上がるのを手伝った。


 そんな眠気の残る女王様に、ふと尋ねてみたくなった。


「……ねぇ、女王様。初めてあった男の子に、胸を触られたらそりゃ怒るよね?」


「えぇ、そうね。本当にあいつは失礼極まりなかった……ッ!!?」


 女王の目が一気に覚めたのは言うまでもなかった。何よりも、突然私の頬を鷲掴みにして、じっと覗き込んできたのだ。


「えっ、ちょっと!?」


「いいからじっとしてなさい!!」


 どうしてだか凄い剣幕で、私の瞳の奥を覗き込んでいる女王様。目を逸らすのが怖いぐらいに見つめられ、どうしてだか体の自由が奪われている。


「……まさか。そんな事が……。」


「???」


 女王様にだけしかわからない何かが、私の中にあるのだろうか。


 それと、やっぱりあの夢の中に出てきた女の子、やっぱり女王様なんだ! でもそれにしては今とあんまり変わってないような……。


 ぼんやりとした夢の記憶の事を考えていると、突然外から爆発音が響いてきた。咄嗟に女王様に押さえつけられ、私たちはベッドの上で身を伏せる。


 頭上を吹き抜ける爆風。唖然としていると、スノウ様が血相を変えて部屋に飛びこんできた。


「お姉さま! 急いでお逃げください!」


「スノウ! 一体何が起こったの!?」


「裏切り者はセブンだったんです! いいから急いで!」


「なっ……」


 私たちは絶句した。あんなに女王に尽くしていたセブンがどうして……。


「……ふぇ?」


 慌ただしい朝の始まり。寝ぼけながら今日を迎えた南方さんと、着の身着のまま逃げ出した。

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