第7話 『始まりの一歩 後編』(執筆者:平沢 沙玖羅)

 猫はひまりの肩の上でくつろいでいて、時々目を開けたり頭を持ち上げたりしてひまりに道を示す。


「ねぇ、王女様ってどんな人?」

「うーん、そうだねぇ。姉王に似て可愛らしい人ではあるかもねぇ」

「そっかー」


 ひまりは道中、いくつか質問をした。猫は気が向いたときはこうして答えてくれた。

 ブーツは友達の猫を真似てみたんだとか、自分の贈り物ギフトがとっても便利なことだとか、ひまりにとっておもしろい話をしてくれた。


 そうこうしていると、街につき、街の向こうには大きな城が見えた。


「あ、あれがお城? 石のお城なんて初めて見た!」


 石でできた、四角い形が特徴的な城が見えて、ひまりは声を上げた。

 街は石造りの重厚な、しかし整っていて美しい建物が立ち並び、道もまた美しい石畳。そして、左右には様々なお店が所狭しと並び、たくさんの人で賑わっている。

 すると、周りを歩いていた人々がひまりのいる辺りにいっせいに顔を向けた。

 それに驚いたひまりは、小さな声で猫に言った。


「……今、あたしの声大きかったのかな……?」

「いんや、そんなことはないよ。実は今、お嬢ちゃんの姿は私の贈り物ギフトの力で周りからは見えなくなっているんだよ。でも見えないのは姿だけ。声や音は聞こえるんだ」

「そうだったんだ!」


 猫の言葉に周りを見回すが、なるほど確かに、誰とも目が合わなかった。


「これからお城の門を通るけど、音を立ててはいけないよ。お城の兵士に気づかれてしまうから」

「わかった」


 城の前までたどり着けば、正面の門の前に2人の兵士が左右に分かれて立っており、出入りする人々を見つめていた。

 門の内側にも数人の兵士の姿が見え、そこで入城の許可をもらえたら奥の門もくぐって城内に入れる、というような仕組みらしい。

 ひまりは静かに一つ目の門をくぐり、二つ目の門が開くタイミングを息を殺して待った。

 猫は見えないようになっていると言っていたが、いつ見つかって声を掛けられてしまうかと、内心ドキドキしていた。

 少し待つと、荷車を引いた男の人が二つ目の門の前まで来た。どうやら中に入る人のようだ。

 男性のために開かれた門が閉じられる前に、ひまりは荷車と共に城内にすべり込んだ。

 前を行く男性にも、門を閉じている兵士たちにも気づかれた様子は無く、ひまりはひとまずほっと胸をなでおろした。


「よぅし、では王女様に会いに行こうか」

「うん!」


 猫は城内のこともよく知っているようで、迷うことなくひまりを案内していく。

 そうして着いたのは、植物がたくさん生い茂る、温室のような場所だった。


「ちょっとここに隠れて待っておいで」


 猫に言われ、ひまりは頷いて植物の陰に座った。

 すると猫はひまりの肩からひらりと降りると、ひまりから離れて行ってしまう。


(どうしたんだろう?)


 猫の姿を目で追うと、温室の窓際で立ち止まった。そして一声、まるで猫のように鳴いた。


(あ、猫っぽい……)


 やっと猫らしい姿を見たな、と思っているひまりの足元に戻ってきた猫は、ひまりの隣に座ると言った。


「すぐに王女様が来てくれると思うよ」

「え、どうして――」


 分かるの? と続けようとしたひまりの言葉は、扉が開く音が聞こえたおかげで途切れた。

 そうして誰かの声がする。


 「チェシャ? 来ているの? どこにいるのですか?」


 鈴の音のような可愛らしい声がしたかと思うと、隣の猫が声を上げて進み出た。


「こんにちは、王女様」

「あらチェシャ。そんなところにいたのね。最近来てくれていなかったから、心配していたのですよ?」

「おやそうかい、それはありがとう。さぁほら、出ておいでよお嬢ちゃん」


 温室の扉を開いて現れたのは王女様だったようで、その人は綺麗なドレスに身を包んだ可愛らしい少女だった。少女と言ってもひまりよりはずっとお姉さんだろう。

 猫は本当に友達なようで、王女様の様子からも仲の良さがうかがえる。

 チェシャと呼ばれた猫の声に、一瞬自分が呼ばれている事に気が付かなかったひまりだったが、王女様の不思議そうにする様子にハッとして立ち上がり進み出た。


「こ、こんにちは!」


 ひまりがバッと頭を下げてそう言うと、王女様は驚いたようだったがすぐに笑って顔を上げるように言った。


「こんにちは。チェシャのお友達かしら?」

「えっと……、あたし、王女様に会いたくて、その猫さんに案内してもらったんです」

「まぁそうだったの。お名前はなんというの?」

「あ、あの、カガミヒマリっていいます!」

「カガミヒマリ? 初めて聞く名前だわ。珍しいのね。どこから来たの?」

「えと……」


 この世界に来てから、ひまりはこの質問に困らせられてばかりだ。

 どう答えるべきかと考えあぐねて口ごもっていると、王女様はうつむくひまりに目線を合わせて優しくひまりの手を取った。


「もしかして……、忘れてしまったのかしら? かわいそうに……」


 ひまりはとりあえず、王女様のこのひまりが記憶を失くしてしまったという勘違いに乗ることにした。


「そう、そうなんです……。それで、頼る人もいなくて。王女様のことを聞いて、ここまで来てみたんです」

「そうだったのね。まだ小さいのに偉いわね。わからないことが多くて大変ですよね……。せっかく来てくれましたし、できたらお城に居てもらいたく思いますが、それが少し難しい事情がありますの」

「そうなんですか……」


 この世界の事がある程度わかるようになるまで、どこか安全な所で過ごせないかと思っていたひまりは、王女様の言葉に思わず肩を落とした。

 しかし王女様は言葉を続けた。


「ですが、ここから少し離れた所でもよろしければ、あなたが過ごせる場所と食事を用意してくださる方をご紹介できると思いますわ」

「本当ですか?ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 礼儀正しく頭を下げるひまりの様子に、王女様は優しく微笑んで頷くのだった。

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