第6話 『始まりの一歩 前編』(執筆者:平沢 沙玖羅)
そうしてふと、ひまりは目を覚ました。なんだか不思議な夢を見ていたようだった。
起き上がると、そこにロリィとエルフィスのどこか慌てたような声が聞こえた。
どうやら彼らは先に目を覚まして、この辺りで遊んでいたようだ。
「起きたか、ひまり! 大変だ! ルビィを起こして!」
「大変だ! さっきの熊がまたこっちに!」
「えっ!」
彼らの言葉に、またあの迫り来る大きな身体が見えた気がして、ひまりも慌ててルビィを揺り起こす。
「ルビィ、起きて! また熊さんが!」
「うー……ん?! 熊が来てるの?」
「うん、そうみたい。ほら!」
ルビィが目を覚ますと、熊がものすごいスピードでひまりたちに向かって走ってくるのが見えた。
ルビィはすぐさまハーモニカを構えて、贈り物ギフトの力を使おうとした。
しかし、ここでルビィはなにかに気づいて目を瞠った。
「っ、どうしよう!」
「どうしたの?」
「イヤリングが……貝殻のイヤリングがないの!これじゃあ贈り物ギフトの力が使えない!」
「「な、なんだってー!!」」
ロリィとエルフィスも驚きを隠せずに叫んだ。
「そんな……!」
慌てる2人に構わず、熊はスピードを緩めずに突進してくる。
「どうしよう……大変だわ!」
「とりあえず、避けて!!」
ひまりとルビィが左右に分かれるようにその場から離れると、熊は猛スピードのまま2人の間を駆け抜け、勢い余ってゴロゴロと転がって止まった。
そうしてゆっくりと立ち上がると、再びひまりたちの方を向く。
「ひっ」
目を瞑ってしゃがみこんでしまいたい気もするが、ひまりはぐっと悲鳴を飲み込んで身構えた。
それはルビィたちも同じだった。だがしかし、熊の取った行動は、予想もしないものだった。
彼は、走りだすことはなく、のそのそとゆっくり歩いて、四人に近づきすぎない辺りで立ち止まったのだ。
「あれ? 怒って、ない?」
よく見れば彼の瞳は穏やかで、怒りの感情は見えない。
そしてさらに驚くことが起きた。
「すまんねお嬢さん、驚かせたね。どうもスピードを落とす距離感がつかめなくてねぇ」
お嬢さん方は小さいから、と熊が苦笑しながら喋ったのだ。
「うそ! 熊が喋った?!」
「おや、おもしろいお嬢さんだね」
優しい表情を見せる熊に、手招きされたルビィが歩み寄ると、熊は頭を下げて首元をルビィに見せるような仕草をした。
(あれ……これって昨日、も……?)
果たして熊の首元からは、ルビィの白い貝殻のイヤリングが出てきた。
「私のイヤリングだわ! ありがとう!」
嬉しそうに笑って礼を言うルビィに、熊は優しく頭をすり寄せた。
その様子を見て、ひまりは思い出した。そういえば、自分は昨夜、この熊の背を貸してもらって眠ったはずだ。目覚めたときに彼はいなかった。忘れていた誰かは、彼のことだったのだ。
「優しい熊さんにお礼をしなくちゃね!」
ルビィはイヤリングをつけるとハーモニカを手に取り、あの音楽を奏でだした。
この音楽を聴くと、気分がとても明るく、楽しくなる。
「すたこらさっさっさーのさー、すたこらさっさっさーのさー」
ひまりは一瞬抱いた違和感のことを忘れ、ルビィたちと踊った。
しばらくすると熊は、楽しかったとお礼を言ってどこかへ駆けていった。
「はぁ、楽しかった! ちょっと遅くなっちゃったけれど、森の出口まではもう少しだから、片づけたら行きましょ」
「そうだね」
ルビィの言葉に頷いて、ひまりも片付けを手伝う。
森の外の世界はどんな様子なのか、出口が近いと言われると気になってきた。
「よーし、じゃあ出発だー!」
「おー!」
また4人は歩き出した。
「ねぇ、ルビィは北の国に行ったことはあるの?」
「……私は、話に聞いた事があるくらいで、行ってみたことはないの。他の国も同じよ。私、生まれてからずっとこの森で暮らしているの」
「そうなんだ」
「……ねぇ、ひまり」
「なぁに?」
「あなたには“物語”が見えないの。もしかしたらあなたは、私たちとは違う、なにか特別な存在なのかも。この先、大変なこともあるかもしれないけれど、ひまりはひまりらしく自由に歩んでゆけると思うわ。私たちはあなたを応援しているから」
「え……あ、ありがとう」
急にどこか真剣な様子でそう言ったルビィの雰囲気に少し戸惑いながらも、ひまりは頷いた。
「さぁ、この先が北の国へ続く道よ」
ルビィの指差す方に目を向ければ、森が終わって開けた大地に続く一本の道が見えた。
「見ての通り一本道だから迷わないぞ!」
「頑張れよ、ひまり!」
ロリィとエルフィスも、笑って送り出してくれる。
「さ、行って。私たちはこれからもこの森で暮らしているわ。またいつか会えるといいわね」
「うん! ありがとうルビィ! 2人もありがとう! すっごく楽しかったよ!!」
「おう、こちらこそだ!」
「また踊ろうな!」
見送ってくれる3人に、何度も振り返っては手を振りながら、ひまりは北の国に向かって歩き出した。
まず目指すは王女様がいるであろうお城である。
「よーし、頑張るぞ!」
そうひまりがこぶしを握って決意を口にした時だった。
「何を頑張るんだい、お嬢ちゃん?」
「誰?」
どこからか声が聞こえて、ひまりは辺りを見回す。が、誰も見当たらない。
もしかして、気のせいだったのかと思い直してまた歩き出そうとしたひまりの耳に、さっきよりも近い場所からまた声がした。
「ちょっとお待ちよ。上だよ、お嬢ちゃん」
その声に頭上を振り仰げば、道の脇に生えている木の枝から、しましまの尻尾がたれて揺れているのを見つけた。
「だぁれ? 尻尾だけじゃ分からないよ」
「おっと、そうかい。尻尾しか出てなかったかい。お嬢ちゃんは北の国に何をしに行くんだい?」
声の主は依然としてひまりの問いには答えず、逆にひまりに質問をしてくる。しかし見ればその姿だけは見せてくれたようだ。
現れたのは、頭のてっぺんから尻尾の先まで全部縞模様の不思議な姿をした猫だった。そうしてなぜか、後ろ足にはブーツを履いている。
「北の国に行って、王女様に会おうと思っているの。ねぇ猫さん、どうしてブーツを履いているの?」
「そうかいそうかい、王女様にねぇ……。知ってるかい? 王女様は大変な人気者だから、そう簡単に会えるものでもないよ」
「そうなの?」
「あぁそうとも。でも一つ、いいことを教えてあげられる。私はね、その王女様とお友達なんだ」
「できればすぐに会えると嬉しいんだけど……」
「うんうん、だからね。私がお嬢ちゃんを連れて行ってあげることもできるんだよ、って話だね」
「本当?」
そんな猫の言葉に、ひまりは目を輝かせた。
正直なところ、ひまりはどうやって王女様に会えばいいのか分からなかったのだ。
ひまりは純粋に、この不思議な猫の話を信じていた。
「案内をお願いしてもいい? 猫さん」
「お嬢ちゃんはなんだかおもしろそうだからね。一緒に行ってあげるよ」
「ありがとう!」
ひまりの願いを聞き入れた猫は、木の枝からするりと降りるとひまりの肩に乗った。
しかしその身体は驚くほど軽く、ひまりは目を丸くして言った。
「とっても軽いんだね」
ひまりが抱いたら両腕で抱えるほどの大きさがあるのに、予想していた重さとは全然違った。
「そうかい。まぁ行こうよ」
女声とも男声ともとれる高さの声で喋る不思議な猫は、そうひまりを促した。
「そうだね。あ、あたし、ひまりっていうの。よろしくね、猫さん!」
「知っているよ。さ、この道をまっすぐ行こう」
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