第3話 贈り物・下(執筆者:ミシェロ)

「それならそうとあの二人を……。」


「大変だー!さっきの熊がー!」


「熊がこっちに走ってくるー!!」


 ルビィが出発に向けて、小人たちを呼ぼうとしたその時だった。小人たちが大手を振って血相を変え、こっちに向かって慌てて走ってくる。そしてその向こうには、見覚えのあるフサフサの柔らかそうな毛並みを持つ熊が……。


「さっきの熊!?踊って平和に解決したんじゃ!?」


「そんな!?……仕方ない、もう一度……。」


 焦る私をよそに、ルビィは迫りくる熊を凝視しながら、耳に掛かったボブショートの赤髪を掻き分けた。


 その直後だった。突然ルビィの目が大きく開いて、何やら耳たぶの辺りを執拗に撫でて何かを探している。それが何なのか、ルビィの目があっちへこっちへ泳いでとても動揺しているように見える。


「ルビィ?さっきみたいにハーモニカで!もう一度熊と踊りを踊って!」


「ない……無いの。私の貝殻のイヤリングが!あれが無いとギフトが使えない……どうしよう、どこかに落としたんだ!」


「「な、なんだってー!!」」


 ルビィの音楽に合わせるつもりで待機していた二人が声を揃えて飛び上がった。もう熊はすぐそこまで迫ってきている。今からじゃ間に合わない!


「ルビィ、ごめん!」


「きゃあっ!!」


 突進してくる熊を避けるため、私は咄嗟にルビィを突き飛ばした。私とルビィの間を抜けていった熊は止まらずに、そのまま向こうへゴロゴロと転がっていく。


「どうしよう……どこで落としたんだろう……あれが無いとギフトの力が弱まって……。」


「ルビィ、危ない!!」


 突き飛ばしてすぐだった。ルビィの方の茂みから、もう一体熊が現れたのだ。今度のはさっきのよりもさらに一回り体が大きい。あんなのにのしかかられたら一発でぺしゃんこになってしまう。


 だけど私の声が届いてないみたいで、ルビィは不安そうに耳たぶを擦って地面ばかりを見つめている。さっきは気づかなかったけど、きっとルビィにとってすごく大切なものなんだ。


 でもそんなこと言ってる場合じゃない!今にも熊がルビィを切り裂こうとしている!


「グオオオオオオオァァアアアッッ!!!」


「えっ―。」


「「ルビィーーーーー!!」」


 ルビィの目前まで迫った熊の鋭牙に小人たちが叫ぶ。


(……お願い!なんでもいい!私に|贈り物≪ギフト≫があるのなら……今だけでいいから力を貸して!!)


 私は祈った。神か、仏か、知らない何かか。とにかくルビィを助けてくれるなら、この世界に来て何もわからない私に優しくしてくれたあの子を、こんなところで死なせたくない!


「【なんでもいいから、ルビィを助けて!!】」


 無我夢中で叫んだ言葉は、突然に眩い光となって私たちの前に現れた。閃光に怯んだ大熊、しかし依然としてルビィは放心状態で、私も小人たちも間に合わない。

 

 願いも虚しく、凶刃と化した鋭い爪が再びルビィに迫る―。


「ガオーッ!!」


 まっすぐ伸びた爪は、突然現れた別の爪によって軌道を逸らされ、ルビィの耳元の髪を切り裂いた。そしてそのまま横から突進してきた何かに、大熊は虚しく吹き飛ばされる。


「グゥゥ……グゥオアアアアアアッッ!!」


「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」


 激しい威嚇のぶつかり合い。ルビィの窮地を救ったのは、さっき二人の間を転がっていったあの熊だった。体格は一回り小さいが、強大な敵に立ち向かうその様は、今この場にいる誰よりも頼もしい。


「「ルビィーーーーー!!」」


 放心状態のルビィに小人たちが駆け寄っていく。


「怪我はないか!?生きてるか!?」


「死んじゃ嫌だ―!」


 泣きながらルビィの体をゆする二人。それでようやく我に返ったのか、ルビィは二人の顔を交互に見て、安心したのかぼろぼろと涙をこぼし始める。


「安心してロリィ、エルフィス。何とか生きてるわ……。」


「「ルビィーーーーーーー!!」」


 小人二人はルビィの様子に安心したんか、滝のような涙を流しながらルビィに抱き着いている。ルビィはそれを抱きしめて、自分を助けてくれたヒーローの姿を見た。


 大柄な相手に一歩も譲らず、噛みつき合いの取っ組み合い。一方が大きな手で顎をなぐれば、もう一方は負けじと相手の喉笛に向かって噛みついていく。大自然の主役が繰り広げる死闘は、もう誰にも手がつけられない。


 攻防がしばらく続き、ついに私たちの熊が大熊の左目を爪で切り裂いた。大熊は堪らず目を抑えて、キャンキャンと鳴きながら猛ダッシュで森の中に消えていく。


 よかった……あの子が勝った。


「ガゥ……。」


 熊は低く唸ると、ゆっくりとルビィに向かって近づいていく。それに気づいた小人たちが、ルビィの側で臨戦態勢をとった。


「な、なんだ!お前なんか怖くねぇぞ!」


「そうだぞ!怖くねぇぞ!」


 そう威勢を張るのはいいが、小人たちの脚は震えている。あの二人に比べれば熊は一回りも二回りも大きな体をしている。そうなるのは当然だ。


 だが、そんな二人の前に手を差し出したのは、他でもないルビィだった。


「……待って。様子がおかしいわ。」


 ルビィは二人を諭すと、熊と向かい合ってじっとした。すると熊は唸るでも襲うでもなく、ゆっくりとルビィの体に擦り寄って、首元にあるブヨブヨした皮を主張する。


「どうしたの?……ってこれ、探してたイヤリング!」


 熊の首元から出てきたのは、指輪大の小さな巻貝が括りつけられたイヤリングだった。


「もしかして……これを届けに来てくれたの?」


 ルビィが尋ねると、熊は何も言わずに頭を摺り寄せて甘えていた。


「ふふっ……ありがとう。そうだ、お礼をしなくちゃね。」


 ルビィは熊をなだめると、耳にイヤリングを括り付けすくっと立ち上がる。小人たちはそれに合わせて、慣れた様子で定位置に着いた。

 ハーモニカを口に当てて、始まったのはあの音楽。


「さぁ、一緒に踊りましょう!ほら、ヒマリも!」


「え?あぁ、うん!!」


 ヒマリに手招かれて、同じようにステップを踏む。


「すたこらさっさっさーのさー、すたこらさっさっさーのさー。」


 私は、今まで一番不思議な体験をした。赤いボブショートの優しい女の子と、それに付きそう小人たち、怒りんぼの熊さんも一緒に、みんなで手を繋いで踊っていた。


 こんな素晴らしい一日を、私は死ぬまで忘れないだろう。





☆☆☆☆☆☆





 いつの間にか日は落ちて、私たちはフサフサの柔らかな体を枕にさせてもらっていた。この世界は星も綺麗で、湧き水のほとりに反射した星の光が更に幻想的で神々しい。


 ルビィと小人たちは、もう先に眠ってしまっていた。今日は色んなことがあった。だけどまさか、最初と最後が熊の寝床で終わるだなんて、一体誰が想像できただろう。


 願えば、どうかこの先も、こんな楽しい毎日でありますように。


 夜空に輝く綺麗な星々に、私は小さな祈りを打ち上げながら瞼を閉じた。



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