第2話 贈り物・中(執筆者:ミシェロ)

「……ねぇ、さっきから死にそうな顔してるけど、お礼の一つぐらい言えないの?」


 声に気づいて強張った顔を上げると、絵本の人物に似た女の子がドアップして、私の視界を埋めつくしてむくれていた。


「うわぁぁっ!?」


 はっ、と気が付いた時にはもう飛び上がっていた。ふわっと体が宙に浮いたかと思いきや、すぐにお尻に固い感触がぶつかってじんじんする。唐突に素っ頓狂な声を上げた私に驚かないはずもなく、女の子はのけぞって見るからに警戒するような目つきになった。


「言えないのか!?」


「言えない子なのか!?」


 付き人だろうか、周りの二人も……二人というには随分と小さい気がするけれど、女の子につられるようにして私に向かって身構える。


「えっ……あ、あの、ありがとう!」


 もう遅いかもしれないが、とりあえず今できる最大限の笑顔でお礼を言う。


「…………へんなの。まぁいいけど。」


 あぁ……ダメかもしれない。服選び失敗しちゃった時の兄さんの表情みたいになってる……。


「それで……ここはどこ?」


「どこって言われても……森?」


「見ればわかるだろ!」


「どうみても森だろ!」


「それはわかるんだけど……。」


 正直この世界に来て現在進行形で一番困っているのは、ここがどこだかよくわからない事。辺り一面、とにかく森、しこたま草、ありふれるモフモフ。うっかり布団と間違えて寝ようものなら永遠に醒めぬ夢の中だ。そんな中でついに言葉が通じる人を見つけた。なんとかなるかもしれない。


 というのが、そもそも甘い考えだってことだよねぇ……。


「そうね……というか、あんた見かけない顔ね。それに服も綺麗だし……どこから来たの?」


「えっと……空から?」


「空?……自分が天使だって言いたいの?」


「いや……それはちょっと無理があるかなぁ。」


 私のひ弱な肩甲骨じゃあちょっとお空は目指せませんねぇ……。


 というか「別の世界から来ました!」なんて、普通に信じてもらえないよね。


「……なんだか話しにくいわね。そうだ、名前は?私はルビィ。」


「あ、あたしはヒマリ。|鏡 愛璃≪カガミヒマリ≫。」


 ルビィの後に続いて名乗ると、それがどうしてだか、ルビィの首が横に傾いていく。


「カガミ……ヒマリ?名前が二つあるの?」


「えっ!?いや、カガミは名字で……。」 


 私は随分変な事を聞くんだなと思った。そもそもそんな質問をかましてくる人間に出会ったことなど一度も無い。外国人ならミドルネームとか、そういうものはあるんだろうけど。


「ミョウジ?……ふーん、ヒマリって不思議なのね。」


「不思議な奴だな。」


「不思議ちゃんだな。」


 いちいちルビィのまねをしたがる小人たち。それはそれとして、これはたぶん理解してもらえてないだろうな……。


「まぁいいわ。次は気を付けるのね。」


「あっ……待って!」


 会話に飽きた様子で去ろうとするルビィを引き留めようと手を伸ばす。


「……何?私これでも忙しいんだけど?」


「忙しいんだけど?」


「忙しいんだよ!」


 ルビィは引き留められるのを嫌そうに、少し威圧的な雰囲気を出して目を細めた。


 どうしよう、ここがどこだかは相変わらずわからないし、この大自然の中を現代文明の恩恵を受けて育った私が生きていけるとは思えない。なんとかルビィを引き留めて、この場をやり過ごさないと……。


「……あっ、そうだ。あの……親切ついでに、飲み水ってどこかにないかな?」


 なんという苦し紛れだろう。もうちょっとなんかなかったの私!?せめて森の出口を教えてもらうとか、なんかこう……あったでしょ!


「……はぁ。近くに綺麗な湧き水のほとりがあるわ。そこでもう少しお話しましょ。」


 ため息が胸に刺さるようだけど、ルビィは結構いい人そうだ。この世界についてがわかるまで、もう少し甘えさせてもらおう。





☆☆☆☆☆☆


 ルビィに連れられてやってきたのは、断崖の割れ目から湧き出る水が、子供用のプールより一回り大きいぐらいのほとりだった。その水はとても澄んでいて、底にある小石の数が数えられるほどくっきり見え、手に掬ってみればしっとりとした感触が指の間をすり抜ける。ペットボトルのミネラルウォーターなんて比じゃないぐらい、草木の香りが豊かで甘みがある。


「おいしー!!水ってこんなに美味しいんだ!!」


「……ヒマリって、なんだか西から来た人達みたいなことを言うのね。」


 大木にもたれかかった片足立ちのルビィが、なんだか淑女染みたことを言う。ルビィに付いていた小人たちはほとりの周りをうろうろしながら、周りの様子を見てくれている。


「西から?ここから西ってどんなところ?」


「えーと……なんだか偉そうな奴らだったわ。それと血の気が多いのかしらね、武器を携えて……恰好は凄く綺麗なんだけど、野蛮だったわ。」


「へぇー……。」


 なんだか凄く危なさそうな所だな……。


「それに比べて、少し北の人たちは温厚よ。なんというか……そうね、特にとりとめのない感じだったわ。……あ、でも王女様の話は絶対にしちゃダメよ。いつ終わるのか知れたものじゃないから。」


「あ、あはは……。でも王女様か、なんかファンタジーっぽい。」


「ファン……なにそれ?凄くふわふわしてそう。」


「……ぷっ。あはははははははは!!」


「えっ!?なに!?」


 真面目な顔であんまりにもおかしなことを言うもんだから、我慢できずに大笑いしてしまった。というかダメだ、これ完全にツボに入っちゃった!


「……もう!そんなに笑わなくたっていいじゃない!」


「ごっ……ごめん。でも……ファンタジーがっ……ふわふわは……我慢できなくて…っ……あははははは!」


 地べたに転がり込んで足をバタバタさせながら大笑いする私に、不満げに頬を膨らませて抗議するルビィ。ちょっと悪い気もするけれど、さっき私も似たような事された気がするから別に良いよね!


「はぁ……はぁ……あーあ、こんなに笑ったの久しぶり!ありがとうルビィ!素敵な場所に連れてきてくれて!」


「……別に、あなただけにしてることじゃないもの。気にしなくていいわよ。」


 照れくさそうにそっぽを向くルビィの耳が少し赤い。やっぱり、ルビィは優しい子だ。


「そっかー。でも王女様か……なんだか会ってみたいかも。」


 どんな人なんだろうか。きっと綺麗なドレスを着て凛としていて、立ち振る舞いやなんかも凄く優雅なんだろうなぁ……なんて、自分勝手な妄想をしてみる。


「……ねぇヒマリ、気になることがあるんだけど。」


「ん?なに?」


 すると、何故だかルビィの顔つきがまた真剣なものになって、その目が私の奥深くを覗き込むようにじっと捉えてくる。


「……えっと、どうしたの?」


「ヒマリ、あなた本当に……この世界の人じゃないの?」


 ドキリと胸に刺すような痛みが走った。なんというか、今までのルビィの反応を見ていて、それはあまりいい事じゃない気がしていた。だからなるべく話を逸らそうとしていたんだけど……。


 あ、そっか。さっきの西とか北とかの話でわかっちゃったのか。


「西にも北にも、あなたからは知ってる様子が無かった。でもあなたのその恰好は、絶対に南から来たものじゃない。ましてや東なんて……そう、本当に、今のあなたを見ていると、空から降ってきたって言われてもおかしいって思えないの。」


 確かにルビィの格好は、私たちの知ってるエルフとかの、そういう民族衣装っぽい感じが強めの物だ。現代っ子のカジュアルな雰囲気で固められた私は、この世界にはあまりにも似合わない。


「うーん……でもごめんね。あなたの事は力になれそうにない。ここからもっと南に行った深い森の、偉そうな爺さんなら何か知ってるかもしれないけれど……正直あんな所に行くよりは、西か、それこそ王女様のいる北に行った方がいいかもしれない。」


 ルビィは、決して嘘を言っているようには見えなかった。でもさっき、あれだけ西と北の人の事を悪く言っていたのに、同じ森である南はやめといた方が良いだなんて、よっぽどなにかあるんだろう。


 そしてそれも、深くは尋ねない方がいいのかもしれない。


「……そっか。じゃあ私、北に行ってみる!王女様の事も気になるし!」


「うん、それがいいよ。西はあんまりいい噂を聞かないし……少し北にある国ならヒマリと格好も似てるから、きっと何かわかると思う。」


「ありがとうルビィ!……で、北ってどっち?」


「おおっと……それなら森を出るまで案内するよ。ここまで来たらそれぐらいは、ね。」


 ルビィは首を傾げる私にズッコケながらも、可愛らしくウィンクして案内役をかって出てくれた。


 本当にルビィが優しい人で良かった。もしこの世界に来てルビィじゃない誰かに出会ってたら、こんなに順調にはいかなかったかもしれない。


 お兄ちゃん……待ってて。必ず探し出して見せるから!


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