過去3

「話したいこと?」

「うん。こんなこと言っても、意味、わからないと思うんだけどね...」

僕は彼女からゆっくりと紡がれる言葉を待った。

「私、人の感情とか思考とか流れ込んできちゃって。なに話してるかわかったんだけど、さっき食堂で来たあいつ、私のファンクラブみたいなの裏で立ち上げて、私に話しかけてくれる男子を片っ端から脅して...でも春輝君は私と普通に話してくれて、お昼ご飯も一緒に来てくれて、つい嬉しくなっちゃって...私のせいで、嫌な思いさせちゃったよね。ごめんなさい。」

「平気だよ。僕気にしてないから。」

「あと、1つ不思議なことがあるの。春輝君の感情は他の人のよりも流れ込んで来にくいっていうか来ても不快じゃないし。なのに来る量がとてつもなく少ないの。なにか、心当たりみたいなものってある?」

心当たりは大ありだむしろ心当たりしかない。僕は人間の記録を取るためにここにいるがそれに対してはほぼ無感情だ。遠くから眺めているのは意外と面白いがこれは仕事なんだと思うと果てしなく気だるくなる。

「いや、心当たりなんてないよ。」

僕は嘘をついた。胸の奥がチクリと痛んだ。彼女は一瞬本当に一瞬だけ残念そうな表情を見せたかと思うとキラキラと光っているような笑顔で言った。

「そう。変なこと聞いちゃってごめんね。変なことついでにさ、私春輝君に一目惚れしちゃったの。だからその、お付き合いしてもらえない?」

呆気に取られている僕を彼女の目はまっすぐ捉えていた。文字通り心の中を見透かすほどに真っ直ぐに。

僕は何も言わずに頭を小さく縦に2度ほど振った。彼女はなぜか口元に手を持っていき涙を流し始めた。

「なんで、なんでそんなに私に優しくするの?私といて嫌な気分になったでしょ?なのにどうして。告白は本気だったけど、断られて引かれてもう関わることすらできなくなるだろうと思ってたのに。そしたら諦められたのに。どうしたらそんなに優しくなれるの?初対面の人なはずなのに、私はなんでこんなにも心が安らいでるの?」

そう言うと彼女は体から力が完全に抜けてしまったようで膝から崩れ落ちそうになったがギリギリで僕はそれを受け止めゆっくりと彼女を地面に置いた。細く儚い華奢な身体は僕などが触れてはいけなかったのかもしれない。

その後もしばらく「なんで」と繰り返しながら彼女は泣いていた。僕としては1人の人間にだけ肩入れするのは避けたかった。なぜなら僕よりも先に死んでしまうから。それなのに僕はずっといろいろな形で人間と関わっていた。悲しくなるのは自分だということくらいずっとずっと昔から知っているはずなのに。

涙を流し続ける彼女を僕はそっと抱きしめた。それが自分を苦しめることになると知りながら。



もう後戻りはできない。しかし不思議と後悔はしていなかった。彼女の為ならどんな罰でも甘んじて受けようと思った。

僕は初めて人というものを好きになってしまった。今までの記憶の中にこんなにも温かいものはなかった。

僕の虚しい永遠の中でこれからの数十年間は唯一の光になるだろうと思った。

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