過去2

飲まず食わずでかれこれ2週間は経っただろうか。あれから3日ほど歩き丁度いいアパートを見つけたのでそこを借りて住むことにした。大学からも近いので生活するのにぴったりだ。

僕はキャンパスライフとやらを体験すべくある大学に行くことにした。

(まぁ僕は一応悪魔なわけで手続き的なものはちょっと催眠をかけさせていただいてパスした。)

僕は入学当初からずっといた感を出しながら適当な部屋に入った。

中に入るともうそれなりに生徒が座っていて残りの座席も少なくなっていた。この講義は人気があるようだ。初めて聞くのにはつまらないものより面白いものの方がいいだろう。

僕は空いている席に座り、何も入っていないカバンからノートとペンを取り出して始まりを待っていた。

小走りにこっちへ向かってくる音が聞こえる。その音の主人は僕の隣の席に腰を下ろし3秒ほどグデ〜っとなったかと思うとすぐに背筋をピンと伸ばし前へ向き直った。

頬杖をついてぼーっとしていると前を向いていたはずの女の子がこちらを向いてやや首を傾げていた。そんなにじろじろ見られるとさすがの僕でも恥ずかしい。

「あの、失礼ですが昨日までいませんでしたよね?なんてお名前ですか?」

なんということだ。もうバレてしまうとは。この部屋にいる人の顔をこの子は全て覚えているとでも言うのだろうか。

「あ、あの〜、私いつも来るのが最後んでそこの席に座っているんですよ。でも今日は他は全部埋まっているのにその席に人がいるってことは1人多いってことじゃないですか。だから、その、つい口が滑ってしまって。すみません。あ、でもあの名前を教えていただけると嬉しいんですけど。」

「あ、え、いや、うん。大丈夫。気にしないで。えっと、名前は...」

名前か、考えていなかった。よし、前の名前を少し変えて使おう。

「名前は間井谷春輝。よろしくね。」

「やっぱり聞いたことない気がしますが...よろしくお願いしますね。私は照沼千夜っていいます。」

照沼千夜。覚えておこう。この子は何かと感が良さそうだから気をつけなければ。


結果として講義というものは全く面白くなかった。生徒たちは目を輝かせながら聴いていたが僕は絵本でも読まれているような気分だった。

きっと歴史なんかをやっているところに行ったら事実と違いすぎて吐き気がするのではないかとすら思えてくる。

「あ、あの間井谷、さん。この後って空いてますか?昼食一緒にどうでしょう?」

少し顔を赤らめて聞いてきたのは照沼千夜だった。こいつは敵に回すより味方について貰った方がいいだろう。

リスクはあるが近づいておくのも悪くはない。

「空いてるよ。僕のこと間井谷さんじゃなくて春輝でいいし、敬語なんて使わなくていいよ。多分年同じだし。」

「え、そ、そんな初対面の人を下の名前で呼ぶなんて。け、敬語は癖みたいなものですし...」

顔をさらに紅潮させてあたふたしているのをみて、こういうのを可愛いというのだろうと思った。僕はエスっ気があるのかもしれない。

「いきなりごめん。困らせちゃったみたいだね。無理やりじゃなくていいよ。僕は君のこと千夜って呼んでもいいかな?」

彼女は全身燃え上がるんじゃないかというくらいに真っ赤になり、とても小さな声で「いいよ」と言った。


食堂に着くともう席はほとんど埋まっていたが運良く1番奥にある窓際の2人席を取ることが出来た。

先程から生徒たちの、特に男子の視線が痛いほどある気がするが催眠を使ったことの罪悪感による気のせいだろうか。

僕はカバンから財布を取り出した。

「何食べる?奢るよ。」

僕がそういうと彼女は少し困ったというような顔をしてしまった。

「え、そんな悪いですよ。私がお昼誘ったんですから、私が奢ります!」

「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。その代わりと言ってはなんだけど今度ちゃんと僕にも奢らせてよね。」

「また一緒に来てくれるってことですよね?それ。」

しまった。確かにそうなる。でもべつに嫌なわけではなかった。

「あぁ、そうなるね。」

笑いながら話しているといきなり肩を掴まれた。そしてそいつは僕の耳元で彼女には聞こえないようにこう言って来た。

「お前、調子乗るなよ。千夜様に何手ェ出そうとしてんだよ。この学校1の美少女千夜様には誰も手を出さないって言う言わずともしれた掟があんだろ。」

彼はそういうとそのままどこかへ歩いて行ってしまった。彼女の方を見るとものすごく気持ち悪い虫でも見るかのような目で先ほどの彼の背中を見ていた。なんだか見てはいけないものを見たような気すらしてしまった。

「ね、昼ご飯買いに行こ。私奢るから。早く、行こう。」

「あぁ、うん。」

先ほどの会話は彼女には聞こえていなかったはずだ。この騒音の中で僕でさえ聞き取ることがギリギリ出来た程度の声量だったというのに。それなのに彼女は明らかに様子がおかしい。あの会話が聞こえたというのだろうか。

「大丈夫?体調悪くなった?」

出来るだけ遠回しに聞いたつもりだった。しかし彼女はすごく悲痛そうな顔で俯いた。

「ごめん。私のせいだよね。私と一緒にいたから。間井谷くんが何も知らなそうだったから。」

「え?どういうこと?き、聞こえてたの?」

僕は人の心なんて読めない。僕が持っているもの、それはただの永遠だ。

「今日はこの後の講義、全部休むことにする。初めて会ったのにこんなこというのおかしいと思うけど、この後少し付き合ってくれる?」

断ったら、なんだか彼女はそのままこの世界から消えてしまうような気がした。僕は怖かったのだろう。

「うん、いいよ。僕はこの後の講義は取っていないんだ。」

嘘ではなかった。実際のところもう講義は受けたくないと思っていたし受けようとも思っていなかった。

「ほら、昼食買いに行こうよ。僕はオムライスにしようかな。」

「あ、うん。私はじゃあめんたいこパスタにしようと思います。」

彼女は一瞬で明るさを取り戻した。

先ほどの悲痛そうな顔が嘘のようだった。

言葉が敬語に戻ってしまったのが少し残念だと思った。


僕らは昼食を終えてキャンパスを出た。彼女は俯きながらどんどん歩いていく。僕は置いて行かれないように少し後ろをついて歩いた。

「千夜、どこにいくの?」

「人のいないところ。誰も来ないところ。なるべく暗いところ。」

「え?何?僕殺される感じ?」

「違う。いいから。」

集中していると敬語がなくなるようだ。僕的には敬語を使われるのはあまり好きではない。使われているこちらが緊張してしまうのだ。

「まさか、どこに行くのか決めてないの?」

彼女はビクッとして足を止め振り返った。いきなり止まったものだから危うくぶつかってしまうところだった。

「うん。」

まさか本当に決めていないとは思わなかった。そこで僕らは近くの神社に行くことにした。


そこにはほとんど人がいなかった。平日の昼間ということもあるがそこは長い階段を上らなければならない場所にあるためわざわざ足を運ぶ人は少ないようだ。

「そんなに暗くはないけど大丈夫?」

「うん。平気、です。」

「だから敬語使わないでいいってば。」

僕が笑いながら言うと彼女は渋々受け入れてくれた。

「それで?なぜこんな所に?」

「それは...話したいことがあったから。それが他の人には聞かれたくないことだったから。」

彼女は消え入るようにそう言った。

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