23. ことばの綾
23. ことばの綾
ひとの言語は、本当に難しいと思う。たった1文字違うだけでも、まったく違う意味になることも多い。更には、同じ言葉でも、違う意味になることもある。
「障がいを持つひとがいなくなればいい」
そう言うと、大抵の人間は「障がい者を否定する言葉」だと感じるかと思う。
でも、これには語弊がある。
例えば、夫婦の間に新たな家族が宿るときに
「元気に、健康に産まれてきてほしいね」
それと、意味合いは一緒だ。
障がい児として生まれることで、一般的な「ふつう」ではない経験を積むのは、本人も、その周りもだろう。良くもなるかもしれないし、悪い時もあるかもしれない。
どんなひとも、どんな生き物も、健康に越したことはない。
「障がい」というのは。何かしら、誰かしらの葛藤を生むものだと思う。
それは同時に、「健康」は当たり前などではないことも指す。
けれどひとのチカラで、意図的に障がい児を無くすのは、きっとできない。
それはもう、「生命の神秘」とか「神の領域」とかいうやつかもしれない。
だからきっと。
「健康が一番だよ」
その言葉に、偽りはないけれど。
「日常は当たり前ではない」のも、偽りの無い言葉だろう。
「当たり前ではない」、「いつかはそうなる」
ひとの考え方は、千差万別だ。ともに、単純明快とは言えないし、複雑怪奇なのかというと、そうとも言いきれない。
こんな風に書いているけれど。
私は決して、障がい者を否定したいのでも、障がい者だからと、贔屓したいのとかでもなくて。
だからといって、障がい者「だから」誰でも無条件に「善」だとは限らないとも思うし、みんなが、特別扱いをしてほしいと思っている人ばかりでもない。
そのあたりは、本人の性格も大きく関係すると思う。
「この子は一生、歩くことは出来ないだろう」
産まれてすぐ、そう言われたけれど、一生懸命練習したら、歩けるようになった。
「この子は、言葉を発することはおそらくないでしょう」
だったらなんだ。「声」がダメでも「手足」や「文字」がある。それを「不便」と言ってしまっては、私たちはなにも出来ないじゃないか。
「生まれつきの難病で、平均は13歳前後くらいまでしか、生きることはないらしい」
その難病の少女は、17歳まで生きた。彼女はひとに、自分のことを「不幸」だとは言わなかったらしい。
歳をとれば。何かのきっかけさえあらば。
肩が上がらない。――四十肩だ。
腰を打った。――椎間板ヘルニアのようだ。
心臓が締め付けられる。――がんと診断された。
それらは、「違う」と言われれば、そうなのかもしれない。しかし、それぞれに「同じ」ことがある。
――そのひとひとりの、「替わり」はいない。
1が2と違うのは、ある意味「当たり前」なのだ。
仕事に関してだとかの、役職の「代え」は、案外すぐ埋まることもある。
たった1人といない「替わり」と探せばいることも多い「代え」
おそらく、ひとにより漢字の意味の受け取り方にも、違いがあるとも思う。漢字には、同じ字で、違う意味を持つものも、その逆もとても多い。
どこまでが正解なのか。
――言葉というのは、糸だ。
私たちは、いろんな角度から、おのおのが、それの綾とりをしているようなものなのだろう。
それははたして、絡ませるためなのか、解くためなのか。
こたえは、一つとは限らない。だから、言葉というのは面白い。
――ただし。
剣となり、傷を与えることもあれば、効果絶大な特効薬にもなれるのだ。
使い方には、十分に気をつけなければいけない。
――さあ、今日も言葉の綾とりをしよう。傷つけるためではなく、理解をするために。
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