影に生きる男
自分が世界で一番不幸な人間だなんて、親父の毛根の数ほど思っちゃいないけれど、男友達がエロ本片手に野山を元気に駆けずり回っている中、唯一俺だけが、暗い日傘の中で一人寂しく家に帰らなきゃならないこの状況は理不尽だとしか言いようがない。
俺は日向を歩くことができない。文学的表現とか、俺が中二病を患っているとかそんな次元の話ではなくて、言葉通りの意味で、俺は太陽の光を浴びられない。世間一般で言われている吸血鬼の特徴を想像してくれればいい。一歩でも日向に出ようものなら、俺の体は立ち所に黒い煙を上げて崩れ落ちてしまうことだろう。今でも、太陽の熱気だけで気が狂いそうだ。
この体質は生まれつきではない。ある日突然、自分の意思とは関係なしに、俺は影で生きることを強要された。こうして文章で書き表してみると、ちょっとカッコいいと思うかもしれないけれど、これは全くもって人様に自慢できるようなことではない。日傘の中での生活は実に不便極まりない。それまでは当たり前のように、友人とエロ本を片手に町を闊歩していたのだが、日傘と一心同体になった今のこの体では、そうは問屋が卸さなかった。こんな珍味の体に成り果てた俺と口を聞いてくれる奴なんて、親父の毛根の数ほど――あ、これは二回目か――いやしない。もしも、そんな奇特な奴がいたら、すぐさま親友認定してやっても構わない。
向かいの家の自転車屋は、俺が満足にエロ本を読めない体だと知るや否や、俺の姿を見つける度に、閉店よろしくこれ見よがしにシャッターを下ろしてきやがる。こんな小さな田舎町では、俺の奇妙な体質のことは瞬く間に知れ渡り、今では歩く近所のいい笑い者になっている。どこに行っても好奇の眼差しが俺の体を貫き抜けるので、おちおち読書にも集中できやしない。そんなに俺に興味があるなら、いっそ全裸にでもなりましょうか、と紳士的に申し出てみたい気もするが、俺に残された僅かなばかりの理性がそれを全力で阻止する。
こんな孤独と禁欲の日々を送る俺にも、昔と変わらずに接してくれる大切な人がいる。何を隠そうそれは……お袋だ。今ちょっと笑ったやつ、俺のお袋をなめるなよ。もう四十過ぎのおばさんだけど、笑うとえくぼがとってもチャーミングなんだぜ。今朝も「ジュンちゃん、ジュンちゃん」と明るく俺を送り出してくれた。暗い家の中で、お袋の笑顔はまさに太陽のような明るさを放っている。眩しすぎて、目も当てられない。
だからだろうか、俺は家の中でも日傘を手離せなくなってしまった。丸い食卓を、日傘を持った男と白髪の老婆が囲むという奇妙な構図が頭の中によぎった。今この瞬間も、お袋は大切な一人息子の帰りを、包丁片手に、ニコニコしながら待っているのだろう。
今日の晩飯は何だろうか。
『名も知れぬあなたへ。
自分が世界で一番不幸な人間だなんて、うぬぼれるつもりはないけれど、私と同い年の人たちが楽しそうに町を歩いていく中で、唯一私だけが、人目を気にしてひっそりと生きていかなければならないこの現状は、理不尽だとしか言いようがない。
父が人を殺した。こんな言い方をすれば四方八方から非難の嵐が起こるのは目に見えているけれど、私には何の関係もない話だ。事件のあったその時間、わたしはただ真面目に学校の授業を受けていただけだ。一体私に何の責任があるというのだ。
しかし、そんな言い訳を世間様が認めてくれるはずもなく、私はわずか十五歳にして人殺しの息子というレッテルを張られた。誰もが私を嫌悪の目で見つめてくる。友達だと思っていた人たちは、手のひらを返したように私を犯罪者扱いしてきた。町を歩けば人々の視線が私を貫き、無言の圧力が私のことを押し潰す。どうしてあの子が死んで、お前が生きているんだ、といつも責められているような気がする。
これから先、私がどんなに真面目に生きようとも、犯罪者の息子である事実は変えることはできない。私は一生、影の世界で生きていくしかないのだ。
この胸の痛みに耐えきれず、全てを捨てて大声で叫び、全てを壊したい衝動に駆られるときもあるが、そのたびに母の顔が頭に浮かび、何とか思い止まってこられた。哀れな母を一人残していくわけにはいかない。
いまはただ、時の流れを待つだけだ。私はすべての意識を集中させて、身にまとう闇をより一層深くする。この闇がある限り私は生きていける。
話を聞いてくれてありがとう。
正一郎より』
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