ぼくらはみんな生きづらい(仮)〜prelude〜

遠藤孝祐

1 感動の卒業式……をサボる主人公はクズだと思います

 確かにその瞬間、何かが変わる予感に溢れていた。

 例えば今日の卒業式。公立七彩高校も例外ではなく、門出の花は満面に咲いていた。

 こぼれ落ちる雫には思い出が詰まっている。卒業生に在校生。教師に保護者がひしめきあう体育館には、ほんのりと寂しく温かい風に包まれていた。

 泣きだしても決して恥ずかしくはない。震える声は、未来への武者震いだ。

 バラバラに奏でられる校歌。反響するマイク。スーツを着こなし、髪型もばっちりと決めた先生方。最後が近づく雰囲気に、誰しもが寂しさと希望を感じていた。

 というわけではなかった。

「卒業式って……クソつまらないな」

 雰囲気をぶち壊す一言。呟いたのは長身の少年だった。シャツとブレザーはボタンをきっちりとはめており、左右に毛束を流している。一見して真面目そうな風貌をしているが、漏れた言葉はクソだった。

『君ってやつは、本当にクジュだね。ボクとしては卒業式特有の物悲しさに浸りたかったのに、正々堂々サボるなよ』

 少年は校舎の屋上で寝転がっていた。咎めるような声を出したのは、同年代に見える少女だった。片側だけ伸びた前髪は、右目を覆い隠している。露出している左目は眠そうな半眼で、少女にとっての自然体だった。

「そういえばこんな想像をしたことがあったな。教室にテロリストがやってくるというやつだ」

『いつも思うのだけど、ただの学校を占拠する、テロリスト側のメリットってなんなんだい?』

「……悲劇の全てに理由があるなんて俺は思わない」

『かっこつけた。思いつかないからってかっこつけたね。むしろ理由なきテロの方が納得がいかないよ』

「片側からでなく、両方の視点から考えてみよう」

『というと?』

「占拠された側のメリットってなんだろうか」

『あってたまるか』

「面倒な授業が潰れる」

『平穏な日常も潰れるんだけど。命の対価が安すぎないかい?』

「人はいつ死ぬかわからないから、日々生きていくことを考えるべきじゃなかろうか」

『いいセリフをこのタイミングで使うな。君はもっと他人のことを考えるべきだ』

「他人のこと?」

『そうだ。他人との交流がうまくいっていれば、社会の中で排除されずに暮していけるのだから』

「なら俺は大丈夫だな」

『ポジティブさだけは評価するよ。君は自分の現状をわかっているのかい?』

「高校二年生にして友達なし。あまり人の話は聞かない。うまく他人と噛み合わない」

『自己評価はバッチリでボクは動揺しているよ。それでなぜ大丈夫だと言えるのか』

「今までと変わらないからだ」

『いや変われよ。友達くらい作れよ』

「なら作り方を教えてくれ。いきなり今日から友達だね、なんて言う奴を俺は信じられない」

『普通に話かけて、まずは相手のことを理解するように努めればいいだろ』

「会話の導入はどうすりゃいいんだ?」

『そんなの状況によるだろう』

「天気の話からでいいのか? 瞑想中に見えたパンチパーマのおじさんの話をすればいいのか?」

『後者が選択肢にあがるのか? 他愛もない話でいいんだよ』

「ムカついた奴に食べさせるなら、セミとムカデではどっちの方が効果的かな?」

『君の他愛のなさは殺伐としてるね。社会のためにボッチであって欲しいと思ったよ』

「ゴキブリを入れなかった優しさ」

『それを優しさと呼ぶのなら、きっと戦争はなくならない』

「壮大な話になったな」

『対比のように、君の器の小ささが際立ったな。クジュポイントプラス1だ』

 少女はメモを取り出して、クジュポイントプラス1と書き記した。メモにはしっかりとした文字が敷き詰められて書かれていた。内容はほぼ少年に関することだった。少年の言動や行動のクズさを記録し、感想として罵詈雑言が敷き詰めてあった。

 少年はメモの存在は知っているが、直接目にしたことはなかった。見てしまうと精神に支障をきたすことを、本能的に悟っているのかもしれない。

「そろそろ式も終わった頃だろう。それじゃあ行くか」

『どこに行くつもりだい?』

「自宅」

『なんのために来たのか。まだ後片付けとホームルームが残っているだろう』

「卒業式は誰のための式だ?」

『卒業生のためのものだろ』

「主役が最後まで責任をもつというのも一理あるんじゃないか」

『鬼か。今日卒業します! と言ったのにまた体育館に戻って椅子を片付けるんだろう。感動も台無しだ』

「ちょっと刃渡くん。こんなとこで何してるんだよ」

 クズな発言を繰り返している少年、刃渡瑛理はわたりえいりは声のした方へ向き直った。

 屋上から校舎へ続く扉の先には、童顔が際立った少年が現れていた。身長は平均よりも高そうだが、柔和な丸顔と、女子のようにまん丸な瞳からは愛嬌を感じた。

「卒業式が退屈だからサボっていたんだ早見よ」

「誤魔化さない素直さ! でもサボっていた罪は軽くならないからね」

 人の良さ故にツッコんでしまう少年、早見良樹はやみよしきはやはりツッコミを入れた。何事も断れず、どんな出来事でも拾ってしまう性格のため、クラス内では都合のいい存在として重宝されている。特に見返りがあるわけでもないクラス委員の職を押し付けられることは、必然のようだった。

「というか、屋上は南京錠で閉まってるはずなのに、どうやって入ったんだよ?」

「俺を見くびるんじゃないぞ早見よ。開錠くらい魔法の小道具を使えばおちゃのこさいさいだ」

「えっ……まさかピッキングとか出来るの?」

「魔法のハンマーだ」

「力技だった! がっかりだよ!」

「バレないように、一ヶ月かけてコツコツと破壊した」

「小賢しいよ刃渡くん。ってそれはいいよ」

「いいのか?」

「よくはないよ! その件は後で話をするとして、卒業式の後片付けに行くよ」

「早見よ。卒業式は誰のための式だ?」

「へ? そりゃ、卒業生のためのものじゃないか?」

「その通りだ。最大の主役は卒業生たちだ。ゲームで言えば主人公だ」

「その言い換えはどうなんだろう」

「ゲームの主人公たちは様々な困難に見舞われる。RPGで言えば魔王を倒しにいくのも主人公だろう」

「さっきから何が言いたいのか全然わかんないんだけど」

「困難を乗り越え、仲間と協力し、やがては魔王を倒す。自らの運命を自らの力で切り開いていく。それが主人公だ」

「うん……うん?」

「起きた全てに責任を持つ。それが主人公だ。つまり、卒業式の主人公たる卒業生たちは、後片付けまでこなすべきなんじゃなかろうか?」

「……そうなのかな?」

 少女がジト目で睨んでいることは意に介さず、瑛理は芝居掛かった口調をなお強めていった。がっしりと良樹の肩を掴む様は、友情を表すワンシーンのようだった。

 ただし、あくまで気のせいである。

「ああ。早見よ、お前は今まで誰もが気づかなかった真実に気づいたのだ」

「そう力強く言われると、そんな気がしてきたよ」

『するなよ』

「俺とお前は真実の伝道者だ。初めは受け入れられないかもしれないが、お前には間違った風潮を正していく使命があるのではないか?」

「でも、俺に出来るかな?」

「できる! 俺が信じているんだからな」

「刃渡くん……」

 良樹の瞳には決意が宿った。それは熱く燃え盛り、不可能ですらも可能にしてしまえそうな、希望に満ちた力を感じさせるものだった。

 無論、気のせいである。

 茶番に満ちたやりとりを眺める少女は、耳をほじっていた。

「さあ、行ってこい早見よ」

「わかった。ちょっと先生に提案してくる。ありがとう刃渡くん!」

 良樹は意気揚々と屋上から走り去って行った。その足取りは迷いなく、淀みのない真っ直ぐさが伝わってきた。卒業式の日にふさわしい、澄み渡る空を思わせた。

「なんだ早見よ、いい顔もできるじゃないか」

『おい。君は何をやってるんだ』

「何って、迷える少年を一人導いてやっただけだろ」

『導いた先が地獄への入り口というのはどういうことかな。あんなことを先生に提案したらどうなると思う?』

「泣いて感謝される」

『え? 君はもしかして、冗談じゃなくてマジで言ってたのかい?』

「俺の目を見てみろよ」

『うわっキラッキラしてる。少女漫画かな。ハイビジョン放送で見せたいくらいだよ』

「これで俺の真剣さが伝わって、認識を改めてくれたものと思う」

『ああ改めて思ったよ。君は真性のアホだ』

「なんでだ!」

『そういうところだよ』

 不毛な言い合いは、どちらかが止めなければいつまでも止まらない。

 ふいに風が途切れて、色とりどりの声が届いた。内容まではわからないが、卒業生たちの喧騒のようだった。わずかに湿った声、不安に震える声、強がるように伸びやかな声。

 知らないところで様々な物語があって、かけがえのない思い出が散りばめられているのだろう。

『そろそろ行かないか?』

「自宅へ?」

『雰囲気で察せよ。後片付けぐらいしに行こう』

「しょうがないな」

『顔が納得してないぞ。口を曲げるな』

「だってめんどくさいじゃないか」

『素直なのは良いことだとも限らないな。卒業式をブッチして片付けまでサボって、先生に怒られても知らないぞ』

「……怒られるかな?」

『急に弱気になるのかい!?』

「ししし仕方ないな。後片付けでもしにいくか」

『……クジュ』

 瑛理は早足で駆け出し、少女は呆れつつもその後に続いた。

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