第42話

 まだ夕方と呼んでいい時間帯だが、辺りはすっかり暗くなっていて、夜と言った方がしっくりくるような濃紺の景色が広がっている。冷たい風が浮ついた心持ちの紗綾の髪をなでた。

 

 暗くなった時間帯に一人で出掛けるなんていつ振りかしら・・・。外出はいつも午前中のうちに済ますことが多く、午後以降に外に出ることはめったになかった。出歩くことがあるとすれば、それは夫と外食や買い物をして帰って来る時ぐらいのもので、振り返って思い出してみても一人で夜の道を歩くことは結婚してから数えるほどしかなかった。


 それに今日は買い忘れた物をもう一度スーパーまで買いに走るなどという理由で外に出るわけではない。誰にも言えない、言ってはいけない理由で自転車を飛ばして背徳感と幸福感の狭間で抑えられない衝動に突き動かされながら愛しい存在を求めに行くのだ。


 『不貞』だ。私は浮気をしに行くのだ。まだ人通りも多く、遅くもない時間帯に夫以外の男を求めて家を空けるのだ。悪妻だとわかりつつ、裏切りだと知りつつ初めて獣道へと踏み出す決心をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る