第39話

 そんな紗綾を見て最初は戸惑ったが、悪い気はしなかった。単純にモテて気に入られたこと嬉しかったわけではない。そんなことよりも愛華と離れていた淋しさや性的な欲望のはけ口をぶつけられる存在を求めていたタイミングで、ちょうど都合のいい女に出会えたことが何より嬉しかったのだ。しかしどんなに相手が俺に好意を向けて来ようと客は客だ。店にいる時に誘い文句など言えるはずもない。だが俺はどうしても自分の欲望を満たしたかった。


 一時の気休めだとわかっていても、相手がよく知らない女であったとしても、孤独な現状から逃げ出して淋しさを紛らわしたいと思った。だから俺は開店直後の人が少ない時を見計らって、客や他のスタッフにもばれないようにこっそり紗綾に本を渡した。短時間の雑談の中で紗綾が読書好きで、ある作家にハマっているということを知ったからだった。欲望を満たすためのきっかけを作るためには、この情報を使う他なかった。


 本を渡した時の、あの紗綾の驚きながらも嬉しそうにしていた顔を見て俺は、紗綾の心を奪えたことを確信した。あの瞬間からすでに俺は紗綾を、いや都合のいいカモを手に入れたのだった。


 もちろん顔には出さない。紗綾には仲の良い店員の顔を見せながら、心の中では暗い想いをぶつけるための存在ができたことを喜んでいた。


 

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