第33話

 『紗綾です。本、読み終わりました。お返ししたいので会える日時を教えていただけないでしょうか?』



 メールを送信した後、何とも言えない達成感を感じた。欲望を満たしたところからの達成感なのか。夫へ仕返しができたつもりになっているのか。


 さっきまでの怒りやいら立ちは嘘のように消えていた。今私の心を満たしているのは希望だった。いつか見た青い空のような清々しさが心の中に広がっていた。


 うまいもんを食べに行った夫はもう心の中にいない。しかし不思議なことに死神は私のすぐ側にいるような気がした。それも普段より近くに来ているような感覚を覚えた。


 なぜ今なのか。死を求めていた時よりも希望に満ちている今の方が存在を強く感じるのはなぜだろう。何かが始まったこの瞬間、何かが終わったのだろうか。死神は終わりの始まりだと、私に警告しているのかもしれない。言いえぬ不安と喜びの狭間で私は今、死神に見つめられながら欲望に支配されて狂おうとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る