第22話

 キッチンから夫がリビングを出たことを確認してから、さっとあの本を手に取って付箋を外した。


 慌てて外したものの、これをどこに仕舞おうか迷った。付箋の一枚くらいどこにでも隠せるが、くしゃくしゃにしたり汚したりしたくはなかった。昼間に自分を納得させたはずなのに、まだどこかでこの付箋と落ち着かない気持ちを守りたいと思う自分がいた。


 遠くから夫の咳払いが聞こえてびくりとした。言いえぬ緊張感に顔が強張り、胃の辺りがずんと重くなったが、親指と人差し指の間に挟んだ「不実の証」めいた物を落とすことはなかった。


 焦る必要などないのに、異常なくらい心拍数は上がっている。私は付箋を落とさないように指先に力を込めながら、部屋の隅に蹲った。普段使っている化粧品が入ったバニティポーチのファスナーを開けて、ポーチ内の広めのポケットに付箋を隠した。ポーチのチャックを閉めて、さっきと同じ位置に置いた。最早、夫の目よりも妻という立場に縛られている、もう一人の自分の目が一番気になっていた。


 今私は不貞疑惑のある自分を許せない自分に追い込まれている。そこまで夫や結婚生活というものに忠誠を誓って生きてきたわけではないのに、今まで気づけなかった女としての生真面目さが私を締め付けた。


 

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