第20話
それからの読書は捗った。複雑な心境ではあるが、凝り固まっていた考えがするりと解けて気持ちに余裕が出てきた分、脳にも文字を受け入れるスペースができたのかもしれない。私はソファーで夕飯の準備を始めなければならない時間ぎりぎりまでページを捲る手を休めることなく読み続けた。
そして夕方五時、タイムアップだ。本を夫の目に付かないところにそっと置いて凝った肩を解すようにこきこきと動かしながらキッチンに向かう。キッチンからふと、ソファーの辺りを振り返ってみる。他の本の下に隠れている何でもないその本は、無機質に思える家の中で唯一色を持って輝いているように見えた。
十九時を過ぎたころ、夫が帰ってきた。大して疲れた風でもなく、出勤した時と変わらない感じで玄関を再び潜ってきた。
「おかえり」
「ただいま。夜はやっぱり風が冷たいな、日中は暑いくらいだったのに」
「気温差が凄いよね。風邪ひかないようにしてよね」
夫がビジネスバッグを置いて、中から取り出したスマートフォンを充電しようとソファーの辺りに近付いた。その時にちらりとあの本が視界に入った。本を借りただけで何も起こってはいないのに、なんとなくバツが悪い気分になった。
あの黄色い付箋は捨てずにそのままにしている。もし見つけられたとしても彼に付箋の意味など伝わらないだろうが、説明しなければならない場面になったらきっと挙動不審になって怪しまれてしまうだろう。九十九パーセントあり得ない話だが。
面倒を避けるためにも、夫がお風呂に入っている隙を狙って付箋を剥がしてどこかに保管しておこうと思った。
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