7#甦った『魔力』

 湖の丘は一面の花畑で覆われていた。


 赤い花


 青い花


 黄色い花


 緑色の花


 オレンジ色の花


 白い花


 桃色の花


 水色の花


 紫色の花


 透明や黒い花・・・


 様々なカラフルな色の花ばなが、所狭しと咲き誇っていた。


 実はこれが全部、元々はハクチョウの女王様が『魔力』で繕った割れた風船から錬成したものだとは、他の者には解らない位に可憐に花弁を揺らしていた。


 ただし、これが風船だったことが分かるのは、花の匂いがゴム臭いことだった。


 今まで、召使い役のガチョウのブンやマガモのマガーク、オオワシのリックがそれぞれ短距離、中距離、長距離と分担して全国から墜着ゴミとなった風船をかき集めて、風船をこよなく愛するハクチョウの女王様に献上してきたのだが、今は先の『大量風船ばらまき』事件の被害鳥や、人間の駆除対策で故郷を追われた鳥、鳥インフルを疑われて仲間を大量に失って心の傷ついた鳥達まで湖に採り入れ、その中で『召使い』を志願した者も一緒にゴミ風船をどんどん献上してきたので、その頃に『魔力』を失っていたハクチョウの女王様は、採っとくだけ採っといて山積みになっていくのを見て、途方に暮れていた。




 そして、『魔力』が甦った今・・・




 「おーい!レンスって言ったっけ?そこのカワウ!そっちは分担分のノルマは生けたかい?」


 「うん!ここやったらジエンドだよ!!アオサギのアルゼさん!そっちはどうだい?」


 「うーん!嘴が折れたら困る位に土が固くってね!で、木の枝をホジホジしながら生けてるんだけど、捗らなくて・・・」


 「おしっ!ここ片付いたら、手伝ってやるよ!」


 「うん!恩にきるわ!で、そっちのトビ達は?」


 「キンタって言ったっけ?まだ少ししかやってねーじゃん!」


 「そんなこと言ったってパルス・・・だっけ?鉤爪が土だらけで土だらけで・・・」


 「『土だらけ』って、土掘ってるんだから土だらけなのは当たり前だろ!何の為に女王様の手伝い来たんだ?やる気ないならとっとと峠に帰れば?」


 「あ?やんのかごるぁ!!」


 「ああん?!」


 「まあまあ、おふたりさん!トビ同士がこんなとこで戦っても、何も捗らないよ!さあ、このパワーを作業にぶつけて!


 作業終わった後の『あれ』が楽しみなんだろぉー?『あれ』が。」


 ガチョウのブンは、嘴をコブまで土まみれにしてニヤニヤして言った。


 「ぎくっ!!」


 「おおよ!ハクチョウの女王様と風船で遊んで、女王様の膨らませて『ぷしゅー』した風船を『フライングゲット』しに来たんだぜ!!」

 

 「ああっ!俺が『フライングゲット』するんだい!」


 「俺だ!!」「いや、俺だ!!」


 また2羽のトビ達は喧嘩を始めた。


 「まあまあ、その前に早くこの花植えるベース作る作業を終わらせるんだね!」


 「解った!!」「やるぞー!ぬおおおおお!!」




 ほじほじほじほじほじほじほじ!!



 

 「ひえー!!あっという間にベース掘り終えたぜ!!やっぱ、女王様の人気凄いなあ。」


 ガチョウのブンは唖然とした。




 「ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ!」


 ハクチョウのメグ女王様は、だいぶ前から湖に嘴を突っ込んで、湖水を飲んでいた。


 「女王様ぁ!まだ少ししか『風船の花』出来てないじゃん!みんなスタンバって待ってるよ!!」


 コクチョウのプラッキィが、ヤキモキしながら言った。


 プラッキィの後ろには、カルガモのガスタやマガモのマガーク達が鰭脚を貧乏揺すりをして、ズラリと女王様を待ちわびていた。


 がばっ!


 「だって、しょうがないじゃない!『魔力』を使いすぎると、喉がだいぶ渇くのよ!!」


 ざぱっ!


 「ごぼごぼごぼごぼごぼごぼ!」


 ハクチョウの女王様は、再び湖水を飲み始めた。


 ばしゃっ!


 「ぷはーーーっ!飲んだ飲んだ!解ったわ。どんどんやりましょ!」


 ハクチョウの女王様は、脚元のうず高く積まれた『召し使い』鳥達が『儀式』で膨らまし割った風船の破片を嘴に含むと、




 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ・・・ぺっ!


 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ・・・ぺっ!




 と、『魔力』を使って次々と『花』に変えていった。




 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ・・・ぺっ!


 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ・・・ぺっ!




 「ハクチョウさーん!私も手伝うー!」


 そこに、アヒルのピッピが笑みを浮かべてやって来た。


 「あんたに・・・出来るの・・・それ?」


 ハクチョウの女王様は、半信半疑でアヒルのピッピに嘴渡しで割れた風船をくわえさせた。


 「じゃあ、やってみる!!」


 アヒルのピッピは、嘴で風船の破片をガムのように噛んでみた。




 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ・・・




 ぷぅーーーーーーーーーーっ!!




 ぱぁーーーーーん!!




 「ぎゃああああああ!!」


 隣で、生ける為に『風船の花』を取ろうとしたガチョウのブンがビックリして叫び声をあげた。


 「ひゃっ!間違えて風船再生をしちゃった!てへぺろ。」


 アヒルのピッピはおどけて舌を出した。


 「あ、あ、あのお、お、あ、アヒルさん!お、お、落ち着いてや、やれば、せ、せ、成功す、すると、お、思うよ!!」 


 風船が割れる音に腰を抜かして、動揺が隠せないままのガチョウのブンは、オドオドした口調で、アヒルのピッピに提案した。


 「あんたが落ち着けよ。」


 隣のマガモのマガークが、ガチョウのブンに突っ込みを入れた。


 「ガチョウちゃん。前を失礼しまーす!」


 アヒルのピッピは、嘴でチュッ!とまだガチガチのガチョウのブンの頬にそっとキスをした。


 「ん・・・んーーーーほわーーー!」


 ガチョウのブンは、翼に浮力が起きて空を飛んでいる気分になって、心が舞い上がった。


 「ブン。花を生ける途中だろぉ?早くお前のノルマを尽くせよー。」


 マガモのマガークは苦笑いして、ガチョウのブンに言い聞かせた。


 「はーい!」


 ガチョウのブンとアヒルのピッピは、あの日の『劇愛』以来更に仲睦まじい日々を贈っていた。

 それぞれ『番』はあるが、違う種族である以上『友情』の域を越えた飛べない鳥として、同じ家畜鳥としての『友情』が。


 アヒルのピッピは心から愛するガチョウのブンに対し、『愛』という『魔力』をそっと分け与えていた。



 ・・・・・・



 「ふぅ・・・全部終わったわ・・・!!」


 ハクチョウのメグ女王様は、ところ狭しと咲き誇る色とりどりの『花畑』にうっとりと見とれていた。


 「こんなに大量の割れた風船を・・・みんなの『鳥海戦術』のおかげよ!あたいの我が儘に付き合ってみんな、有り難う!!」


 「いえーーーーい!」


 『儀式』で分かち合った絆の象徴である、『風船花畑』の作業に携わった有志の鳥達は、一斉に歓声が上げた。


 「ねえー!女王様ぁ!早くやりましょうよ!」


 トビのキンタとパルス、そしてカワウレンスとカラスのフマキラは、嘴に翼を宛がってふーふーと息を拭いてジェスチャーをして、ハクチョウの女王様にアピールした。

 「ああ、集まった皆で一緒に風船遊びをしましょう!ってあたい言ってたよね!!

 ちょ・・・ちょっと待ってて・・・!!風船の用意を・・・!!」


 ・・・困ったわ・・・無いわよ。全部ここにある風船は『花』に変えちゃったし、でっかい風船も、この前のパンクしちゃって無いし・・・


 ハクチョウのメグ女王様は、湖中を何処かに風船が割れているのでもいいから落ちてないか、急いで探しまわった。




 「うううう・・・」




 「??」




 何処かでうずくまって泣いている鳥がいたのを、ハクチョウの女王様は見つけた。




 「うううう・・・」




 「あ、あんたは!」


 ハクチョウの女王様は、泣きじゃくっている鳥と目が合った。


 その鳥の頬被りの姿に、ハクチョウすぐ誰か解った。


 「あっ!『尻上がり声』のカラスちゃん!お久しぶりね。

 今まで何してたの?」


 「女王様ぁーあ・・・やっぱりぃーいきてたんだなぁーあ・・・あいつ・・・『デスモア』の奴がぁーあ・・・」

 

 「『尻上がり声』のカラス・・・じゃなくて、『エッジ』ちゃん!な、何でそれ知ってるの?」


 「この羽根がぁーあ、あいつ・・・『デスモア』のものでぇーえすからぁーあ・・・」


 『尻上がり声』もとい、カラスのエッジは、大粒の涙をボロボロ流して、そのデスモアの残していった黒い風切り羽根を見つめていた。


 エッジの涙の粒は次々と羽根に落ち、濡らした。


 「『デスモア』・・・誰だっけ?ああっ!」


 女王様は思い出した。


 「あいつ・・・女王様を屈辱していったカラス・・・!!」


 マガモのマガークも、思い出した。


 「まさか、こんな礼儀知らずで失礼なカラスと君が知り合いだったとはなあ・・・」


 オオワシのリックも、女王様に難癖をつけたデスモアという名のカラスの態度を思い出して、声色をあらげた。


 「マガーク、あの時はあたいが悪いのよ。あの時、ちゃんと『魔力』が使えたら・・・と思ってたのよ!」


 ハクチョウの女王様はうつ向いて言った。


 「そいつ・・・死んだ。」


 「?!!!」


 ハクチョウの女王様は、カラスのエッジのぼそっと言った一言に絶句した。


 「死んだ?」「何で死んだ?」


 マガモのマガークとオオワシのリックは、エッジに向かって詰め寄った。


 「あいつ・・・死んだぁ・・・わしがあ・・・人間のお・・・カラス罠にかかってえ・・・死んだぁーあ・・・うわあーーーーーーあ!!」


 カラスのエッジは、激しく嗚咽した。


 「あいつーう・・・!!あいつーう・・・!!いいやつだったのにぃーい・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 うううううううぅうーーーー!」


 「・・・・・・」


 「ええっ・・・!!」

 

 「・・・・・・」


 「そうなんだ・・・」


 「あいつぅう、風船嘴絡んでやって来てぇぇえ・・・女王様に『儀式』しなくて・・・悔しがっていたんだぁあ・・・」


 「風船・・・風船・・・デスモアさんがほっぽり捨てた、嘴に絡んでた風船の破片・・・」


 ハクチョウの女王様は、周辺をウロウロ探し回った。


 「これ・・・でしょ?」


 女王様の足元に、アヒルのピッピが嘴に半ばゴムが酸化した風船の破片をくわえて覗いていた。


 「あ、これこれ!!」


 ハクチョウの女王様は、嘴にピッピに渡されたデスモアの風船の破片をくわえ、まだ泣き止まぬ『尻上がり声』のエッジの側にやってきて話しかけた。


 「これが・・・デスモアさんの嘴に絡んでた風船。

 これから、あなたの為にデスモアさんの墓を建てるわ。

 あたい、償いたいの。デスモアさんに『魔力』使えずに失望させたことを。

 まずは、デスモアさんに見せたかったのに見せたかった『魔力』、風船を花に変える『魔力』を。」


 「女王様ぁあ。お願い・・・『魔力』があるならぁあ、わしの翼の一枚に

ぃい、デスモアのこの羽根を加えたいぃいんだぁあ・・・」


 エッジはそう言うと、ボロボロの翼を拡げて見せた。


 「翼が生えてないとこがある!」


 「そうなんだ・・・あの忌まわしい頃のショックとストレスが翼にも・・・」


 マガークとリックは、エッジの翼を見詰めてしんみりした。


 「じゃあ、いいわね。これからあんたの翼に、あたいの『魔力』でデスモアさんの羽根を移植するわ。」


 「女王様ぁ!そんなこと出来るの?わたし・・・見たい。」


 アヒルのピッピは、目を輝かせた。


 「ピッピ、あんたでも出来るかも知れないよ。『魔力』で。」


 ハクチョウの女王様はそう言うと、羽根がエッジが飛ぶのに抵抗にならない、空気揚力を頭に描きながら慎重に、羽根を移植する場所を探し出した。




 「そこっ!」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!




 パアアッ




 「ほいっ!」


 「・・・!!」


 エッジは翼を拡げて確かめた。



 「う・・・ううう・・・こ、

 「ピッピ、あんたでも出来るかも知れないよ。『魔力』で。」


 ハクチョウの女王様はそう言うと、羽根がエッジが飛ぶのに抵抗にならない、空気揚力を頭に描きながら慎重に、羽根を移植する場所を探し出した。・・・あ、あいつと『一体化』したんだあ・・・!!

 デスモアあ・・・わしとお前は一生一緒だぜえ・・・ううう・・・

 有り難うお・・・女王様あぁあ・・・」


 カラスのエッジは、感激の余り感極まり大声で泣いた。


 「エッジちゃん!おまけ!これを墓に・・・」


 ハクチョウの女王様は、クチャクチャとデスモアの風船を嘴で噛みながら言った。


 ぺろっ。


 ぽんっ。


 「出来たよ・・・あの世のデスモアさん。ほら。『風船の花』。」


 ハクチョウの女王様にも、涙が一筋流れた。


 ・・・これで、『魔力』が無いせいで悪いことしてしまった、デスモアさんの魂は浮かばれる・・・

 ・・・甦ったんだ・・・あたいの『魔力』・・・

 ・・・今、実感したわ・・・



 「ねえ、ハクチョウさあん・・・デスモアの風船の花ぁあ・・・みんなの風船の花と一緒に生けてよぉお・・・!!

 墓はいいよぉ・・・

 あいつ、寂しがりやなんだぁあ・・・」


 カラスのエッジは、ニコッと微笑んだ。


 エッジは久しぶりだった。


 こんなに笑顔が出来ことは。


 エッジは感謝した。



 「・・・ありがとぉお!」



 笑顔を取り戻せた、ハクチョウの女王様を。


 「解ったわ。さあ、飛んでごらん。『友』の翼を拡げて。」


 「うん。かぁーーーーーーーぁぁあ!」


 カラスのエッジはそう大声で叫ぶと、


 顔の頬被りを正し、


 深く息を吸って、


 頬を膨らませ、


 大きく黒い翼を拡げて、


 湖の上を舞い上がり、


 大空高く飛んでいった。


 「また今度遊ぼぉおおーーお!わしは『旅ガラス』エッジとして生きるうぅうう!カラスぅううーーう!」




 ばさばさばさばさばさ・・・


 


 エッジの黒い羽毛が、ふわふわと湖に舞い、アヒルのピッピの尾羽に降りていった。


 


 「女王様・・・?」




 「なあに?」




 「あたし、女王様の『魔法使いの弟子』になっていい?」




 アヒルのピッピの目から、涙が一筋溢れた。




 「何で?」




 「あたし、もっと『魔力』磨きたいの。風船から花に変えたり、もっと癒しを鍛えたい・・・」




 「あ、あたいもまだ『いっちょまえ』じゃないわよ。『魔法使いの弟子』じゃなくて、『魔女コンビ』でいい?」




 「いいわよお。いい仲になりそうね。」




 オオハクチョウのメグ女王様とアヒルのピッピはお互い寄り添った。




 2羽は、微風に花弁を揺れて色とりどりに咲き誇る花畑を優しく見詰めていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る