5#愛は種族を越えて

 「おい・・・てめえら・・・今さっきはよくも出し抜いたな・・・!!」


 湖にキツネのネッケは牙を剥いて、アヒルのピッピとガチョウのブンに詰め寄ってきた。


 「ママ・・・怖いよう・・・!!」


 「しーっ!静かに!」


 アヒルのピッピは、ブルブルと怯える我が子を庇った。


 「この湖の『主鳥(あるじ)』は居ねえようだしな・・・

 憎きおまいらに復讐するチャンスだよな・・・!!」


 狡猾なキツネのネッケは舌舐めずりをして、じりじりとアヒルとガチョウに近付いていった。


 「ちくしょー!パパに何があったら、僕が戦うぞ!!」


 「よせよ息子よ!!危ないじゃないか!」


 ガチョウのブンも、冷や汗を垂らしながらただ為す術もなく身構える敷かなかった。


 「おいこらガチョウよお、また叫ばないのか?今、叫んだらお前どうなんだ?叫べないだろ!フフフ・・・」


 キツネのネッケは舌舐めずりをして、ガチョウのブンの首筋に牙を立てた。


 ・・・く、くそう!ここで僕達は終わってしまうんだ・・・!!

 ・・・女王様!!何でここにいないんだ・・・

 ・・・女王様!!あなたはどこにいるんだ・・・!!




 ・・・・・・




 「早く!!早く!!キツネの奴にみんなが!!」


 「ちょ、ちょっと!こ、これが限界だよ!!」


 体を『魔力』で風船並みに軽くしたとはいえ、ハクチョウの女王様を運ぶ鳥達の嘴は既に疲労で限界に達していた。


 「女王様は?」


 「ああ、まだ鼻提灯を膨らまして寝てるよ。うわーっ!今度はでっかく膨らんだ!!」




 ぷわーーーーっ


 しゅーーーーっ


 ぷわーーーーっ


 しゅーーーーっ


 ぷわーーー・・・


 ばぁーーーーーん!!




 「ふぁー・・・あー、よく寝た。ん?ここはどこ??」


 ハクチョウの女王様の体より大きく膨らんだ鼻提灯がパンクしたとたん、女王様は起きた。




 ガクン!!



 「ま、『魔力』が切れた!!」


 「うわーーーーーーー重い!嘴が!!」


 「堕ちるーーーーーー!!」


 「うわあーーーーーーーーっ!」




 鳥達は、真っ逆さまに墜落していった。




 バッシャーーーーーーン!!



 「ふぅーーーっ・・・丁度湖のど真ん中に墜落して良かった!!」


 「早くアヒルとガチョウを助けなきゃ!!・・・あれ?女王様は?」




 ぶくぶくぶくぶく・・・


 ぴゅーーーっ。



 ハクチョウの女王様は、嘴から飲み込んだ湖水を吹き出して湖面から浮き上がってきた。


 「い、一時はど、どうなるか『魔力』が途切れてご、ごめんね!」


 「女王様!!お目覚めですか?!!」


 「なあに?マガーク。」


 「大変です!!アヒルとガチョウがあなたの留守の時に・・・ひそひそ・・・」


 「な、なんですってーーーー!!」


 ハクチョウの女王様は、仰天して飛び上がった。


 「あ、あたいの姓だわ!!『魔力』が切れたとたんに、ここの『結界』が無くなったのよ!

 何て肝心なことを・・・」


 「女王様!!嘆く暇があったら、早く!!」


 「みんな!行きましょ!!全力で仲間を助けましょ!!」




 バシャバシャバシャバシャバシャ!!



 

 「で、どっち?」「そっち!」「こっち!」「どっちだよ!」「あ、あっちだ!!」「急ごう!!」




 バシャバシャバシャバシャバシャ!!




 「あ!いた!」


 「ガスタ何処に?」


 「そこ!」




 「があ!があ!があ!があ!があ!があ!があ!父ちゃーーーーーん!!」


 「我が子よ!僕はもう持たない!だ、だから僕・・・父ちゃんの分まで生き抜いておくれ・・・!!」


 「な、何言ってるのよガチョウさん!戦いなさいよ!

 ぼ、坊や達!大丈夫よ!私が付いているわ!」


 アヒルのピッピは、必死に草葉に隠した子アヒル達を心境な趣でなだめた。


 「食っちゃうぞ!食っちゃうぞ!!ほうら、首がどんどん締め付けて・・・!」




 ぎゅぎゅ・・・




 「ぎゃぁーーーー!!!!」


 キツネのネッケが更に噛んだガチョウのブンの首筋に牙を食い込ませた。


 とろっ・・・と、ブンの首に血が滲んできた。


 「やめてえええ!やめてえええ!父ちゃんに何するんだぁーー!」


 「坊やぁー!止めなさぁい!戻ってきなさーーい!!」


 アヒルのピッピは必死に叫んだ。


 「おっ!こんなとこに旨そうなガキが!

 こっちから食っちまおうかなあ!」


 キツネのネッケは、噛んでいたガチョウを放り投げると、飛び出してきたガチョウの子に向かって突進してきた。


 「坊やぁーーーーー!!」


 「危ないっ!」


 キツネのネッケは、高くジャンプして口を大きく開いて恐怖で怖じ気づく一羽のガチョウの子に襲いかかってきた。




 「いっただきーーーーーっ!!」




 「ぎゃぁーーーーーー!!!!」




 その時だった。



 「キツネこのやろおおおお!!」





 バシッ!!




 空中で、キツネのネッケが舞っている瞬間に突撃してきた影か見えた。


 「あっ!母ちゃん!!ガスタ父ちゃんもいる!」


 ガチョウの子は、思わず叫んだ。


 「お待たせぇー!坊や!!心配かけてごめんねぇー!」


 母ガンのポピンは、我が子に笑みを浮かべた。


 「僕ら帰ってきたからには、こんなキツネなんか・・・」 


 「隙ありっ!」


 今度はキツネのネッケは、カルガモのガスタに襲いかかってきた。


 ドカッ!


 「お、俺の仲間に何するんだ!!」


 マガモのマガークが脇からキツネのネッケに飛び蹴りを食らわせた。


 「よくも・・・よくも・・・みんな纏めてブチコロスぅ!!」


 激怒の頂点に達したキツネのネッケは、帰ってきた鳥達に襲いかかってきた。


 「みんなぁ!やっておしまい!」


 ハクチョウの女王様が号令をかけた。




 ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!

ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!

ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!



 鳥達は一斉にキツネのネッケを袋叩きにした。




 ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!



 「ひっ!ひいいっ!や・・・やめてっ!」


 ボッコボコのキツネのネッケが悲鳴をあげた。


 「やだ。お前が泣くまで殴るのを止めないっ!」




 ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!

ボカッ!バキッ!ドスッ!!ボカッ!バキッ!ドスッ!!



 「ほらーっ!やっちまえーっ!そこだーっ!」


 「あっ!女王様も戦わないんですかぁー?」


 「あ、あたいは『平和主義』でねえ・・・」




 ガサガサガサ・・・




 「しめしめっ!『本体』発見!!」




 「女王様!!後っ!危ないっ!」


 「エッ?!」


 鳥達の暴行から抜け出したキツネのネッケは、一目散にハクチョウの女王様に狙いを定め襲いかかってきた。




 ばっ!




 「うわあああ!女王様ぁ!」


 「見てられないっ!」


 全ての鳥達は、思わず目を塞いだ。




 「・・・・・・」




 「・・・・・・」




 「あれっ・・・?」




 「えええっ?!」




 ドタバタドタバタドタバタドタバタ!!


 「ぐわああああ!くっ!苦しいいいいいい!!」


 ドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタ!!




 ハクチョウの女王様は、後を振り向いた。




 「えっ?!」




 キツネのネッケは、女王様の真ん前でバタバタと激しく暴れた。


 「く・・・苦しい!うぐっ・・・!!うぐっ・・・!!」




 「えっえええええ!」




 「女王様!すげえじゃん!憎たらしいキツネを一発で倒すなんてさあ!

 女王様の『魔力』さえあれば、怖いものなしじゃん!」


 「何いってんの?カルガモさん!あたし、何も『魔力』なんて使ってないわ?」


 「でもさあ、結果オーライだね。バカキツネざまあ!僕の我が子を襲った罰だ!!」


 呆然とするハクチョウの女王様の側に、ガチョウのブンがノコノコやって来てウインクした。


 「ふざけないでよ!ブン!!あたい何が何だか・・・」


 「そういう女王様もノリノリだったじゃん!『やっちまえーっ!』てな。

 あ、あはは!キツネの奴、血まで吐きやがった!」


 「ぐわああああ!げぼっ!げぼっ!ぐわああああ!ああああああああああ!!」


 もがき苦しむキツネのネッケは、やがて断末魔の叫びをあげた。




 「ぎゃはははは!死んじゃえ死んじゃえ!」


 鳥達は、ヒクヒクと脚を痙攣させるキツネを見て、腹を抱えて笑い転げた。




 「狂ってる・・・狂ってる・・・」


 ハクチョウの女王様は、嘴をブルブル震わせた。


 「あんた達!!狂ってるわ!死に行く者を後ろ指たてて嘲笑うなんて・・・!!

 あんた達がそんな残酷な考えなら、早くこの湖から出て行って!!!!」


 


 それは今まで、ハクチョウの女王様が誰にも見せたことの無かった激しい怒りの形相だった。




 付き合いの長かったマガモのマガモのや、ガチョウのブンでさえも、ショックを受けた。


 温和で、『ぺしぺし』級の怒る時も『優しさ』がどこらしか、滲ませていたハクチョウの女王様が、本気で激怒したことにショックを受けた。




 「坊や、ちょっと待っててね。」


 アヒルのピッピは、怒りを抑えようと翼をいからせるハクチョウの女王様の側にノコノコやって来た。


 「あなた達。今、このキツネが受けている『傷み』も、ここに来る前に受けた『傷み』も同じよ!!

 あなた達がどんな思いを受けていたのか、胸に翼を当てて考えてみなさい。」


 「・・・!!」


 「そうだな・・・」


 「・・・まさか・・・!!」


 鳥達の脳裏に、何処からか風船に乗って飛んできた『凶器』に冒された悪夢が過った。


 「その『まさか』よ!

 私の感では、大量風船ばらまき事故の被害は、鳥だけには限ってない筈よ!!」


 アヒルのピッピは、そう言い放つと痙攣が収まっていき、後は死を待つ身のキツネのネッケの血塗れの口の中を覗いた。


 「・・・な、何を・・・く・・・食っちゃう・・・ぞ・・・」


 「ねえ、まだそんなこと言ってるの?キツネさん。」


 ハクチョウの女王様もキツネの側に来て、「フッ!」と鼻をくわえて息を吹き掛けた。



 ガクッ・・・



 「死んだ?」「なーんだ、死んじゃったんだ凶暴ギツネ。」


 「ひゃ・・・ヒャッホ・・・!!」


 「うるせえ!今さっき女王様がいっただろ!てめえら本当にこっから出て行きたいんだな!

 黙って見てろこの野郎!!」


 「お、お前は!」


 荒い息を切らしてやって来た、オオワシのリックはじっとアヒルのピッピと、ハクチョウの女王様が死に際のキツネの様子を伺う姿を見詰めて言った。


 


 「やっぱりだわ!」


 アヒルのピッピは、キツネの口から顔をあげるとこう叫んだ。


 「キツネの奴、風船を呑み込んでいる!!しかも、喉を圧迫して・・・!!」


 「やる?」


 「やるしかないね・・・」


 「手術を」「うん。手術。」


 「『魔力』で手術を。」「『魔力』で手術ね。」


 「これで一命を取り戻すでしょうかね?」「やるしかないでしょ?」


 「いつやるの?」「今でしょ!」




 「ハァーッ!!」「ハァーッ!!」




 ほわーーーん・・・




 「取れたわ。風船。」


 「どうする?これ?」「風船は再生する。

 で、キツネに渡す。『これは食い物では無い。膨らまして遊ぶものだ。』という念を込めてね。

 『儀式』の代わりよ。」


 


 くちゃくちゃくちゃくちゃ・・・




 ぷぅーーーーっ!!




 シューーーッ。



 

 「ねえ・・・?みんな。」


 嘴を血塗れにしたハクチョウの女王様は、他の鳥達に向かって言った。


 「このキツネが目が覚める前に、湖の向こうに皆で運んで!!向こうにもっと向こうに!!」


 「え?」


 「『え?』じゃないよ!みんな!忘れたの?キツネは怖いけど同じ『生きていく』んじゃん!

 『生きていく』なら、それぞれ『生きていく』場所に!!

 さあさあ早く!!」


 「はぁーい!」「解りましたーーっ!」


 他の鳥達は、其々キツネの各部分を嘴にくわえて持ち上げた。


 「よっこらしょーっと!」


 「俺も手伝う!!」


 オオワシのリックは、キツネの下に潜り込んでぐいっと持ち上げた。


 「よーーーっこらしょーーーっ!」


 「おっ!浮いた!!」


 「さあ、早く!!」




 バタバタバタバタバタバタ・・・




 「さあて!あたい達は、結界を復活させるわよ!」


 「おっけい!」


 ハクチョウの女王様とアヒルのピッピは、深く深く深く深く深く息を思いっきり吸い込み、お腹を羽毛の付いた白い風船のように肺を空気で満たすと、




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!




 と、とても巨大な風船を膨らますように、吐息をゆっくり吹いた。


 吐息はやがて、霧となり、そして結界となって、湖を取り囲んでいった。



 「まだ半分!!」



 すぅーーーーーーーーーー・・・




 すぅーーーーーーーーーー・・・




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!




 「あともう少し!!」



 すぅーーーーーーーーーー!!




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!



 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!



 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ




 「お待たせ!!キツネを向こうの向こうの山に置いてきた!!」


 「みんな!力貸して!外へ向けて息を吹いて!!

 ガチョウもコクチョウもカナダガンもカルガモもマガモ夫妻も子供達も、あ、オオワシも!

 おっきなゴム風船を膨らますように、せぇーーーーーーの!」




 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーーーーーーーーっ!!





 みしみしみしみし・・・


 辺りの空気が共鳴して、空間が塞がるような擬音が轟いた。




 みしみしみしみし・・・




 空気が震える音が周囲から轟いた。




 ぐぐぐぐぐぐ・・・


 ぎいいいいい・・・


 ぼすっ・・・




 ぐぅーーーーーーー・・・




 ぴたっ・・・。



 「閉じたね。」「結界がまた再び戻って来たね。」「また、この湖でゆっくり遊べるね。」


 「いゃっほぉーーーーーーーー!!」


 鳥達は、飛び上がって一斉に歓喜した。




 「あ・・・」「瞼が思い・・・」「眠い・・・」「萎んだ風船みたい・・・」「身体中の空気を使っちゃった・・・」




 グーーー・・・



 グーーー・・・



 満身創痍になった鳥達は、霧の結界の中の湖の畔でお互い重なりあうように眠りこけてしまった。


 ・・・・・・



 「ん?ここは?俺様は何を?」


 キツネのネッケは目を覚ました。


 「ふぁーーーあ・・・よく寝た。とんでもない夢を見たな。アヒルを食べようとしたら・・・まいいか。」


 ポロッ・・・


 「なにこれ?食い物?」


 ・・・風船・・・


 「『ふうせん』っていうのか。こいつは。どれどれ?」


 ぱくっ。




 ぷぅーーーーーーっ!!




 「面白れえ!息を吹いたら、風船が膨らんだ!!」




 ぷぅーーーーーーっ!!




 つるっ・・・




 ぷしゅーーーーーーぶおおおおーーーしゅるしゅる・・・




 「面白れえ!離したら、吹っ飛んでったよ!萎んだ萎んだ!!はははは!もう一度っ!」




 ぷぅーーーーっ!!



 キツネのネッケは、すっかり風船の虜になった。




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