4#マガモの涙

 「何なのよ!口答えする気?」


 激しい怒りを帯びたハクチョウのメグ女王様に食って掛かられたマガモのマガークは、どんどんどんどん後退りした。


 ばっ!


 「や、やめてよ!ハクチョウさん!マガークさんを責めないで!!」


 そこに、雌マガモのクッコが立ち塞がった。


 「わ、私が話すわ。この風船は、私がこの山の沼地に行く際に、空から急に現れたこの赤い風船に私の体にまとわりついてきてバランスを崩したのをみたマガークが、それを必死にも上空でつれながら防ごうとしたからよ!非は、前方不注意の私が悪いのよ!!」


 雌マガモのクッコは、大粒の涙を流してハクチョウの女王様に訴えた。


 「そもそも、この風船を飛ばした人間が悪いね!」


 カルガモのガスタは、下に布切れのようになって転がっている割れた赤い風船を嘴で拾って地面に叩きつけた。


 「事情は解ったわ・・・ごめん・・・マガーク・・・」


 ハクチョウの女王様は、翼をマガモのマガークの頭を撫でて謝った。


 「女王様・・・この娘・・・クッコのことなんだけど・・・彼女、鳥インフルエンザにはかかってないんだ。

 かかっていることを疑われたんだ・・・人間に。」


 「ええっ!どういうことよ!マガーク!」


 「それは・・・彼女の前いた生まれ故郷の湖で、仲間のカモが死んでたのを人間が調べたら、鳥インフルエンザの反応が出てしまっまんだ・・・!!

 人間にも感染するのを恐れたそいつらは、この湖を『浄化』させようと、『感染源』と勝手に見なされた仲間の鳥達を全部疑って、根こそぎ皆殺ししてしまったんだ・・・!!

 仲間のマガモだけでなく、知り合いのオナガガモやカルガモハクチョウやキンクロハジロやシラサギアオサギカイツブリもアヒルも全部!!

 唯一生き残った彼女ひとりなんだよ!彼女、ひとりぼっちなんだよ!だから・・・」


 「もういいわよ!もうやめて!私のことなんか・・・!!」


 涙をボロボロ流してハクチョウの女王様に話すマガモのマガークに、雌マガモのクッコは大泣きして咎めた。


 ハクチョウの女王様は、絶句してただ黙っていた。


 「女王様、僕もそうだ。仲間が鳥インフルエンザと疑われて、根こそぎ人間に殺されてただ僕、一羽命がらがら逃げてきたんだ・・・今思うと、死んでいった仲間に申し訳なくて・・・」



 コクチョウのプラッキィもまた、涙を流してハクチョウの女王様に告げた。


 「そうだったの・・・」


 ハクチョウの女王様は頷くとそのままうなだれた。


 「うううう・・・」


 ハクチョウの女王様は泣いた。


 大粒の涙を流してうなだれて泣いた。


 「ハクチョウさん。そんなに泣かないで。笑顔のハクチョウさんが好きなんだ。」


 コクチョウのプラッキィは、翼を拡げてオオハクチョウの女王様を後ろから抱き締めた。


 「そうだわ!」


 ハクチョウの女王様は、ガバッと顔をあげた。


 「あたい、あんた達マガモを皆あたいの湖に連れていくわ!」


 「ええっ!いいんですか?女王様!」


 マガモのマガークは、目を見開いた。


 「ええ。いいわよ!だって、あんた達の話を聞いて、あたい心を入れ換えたわ!」


 「本当にいいの・・・?」


 「いいわよ。本当にいいわよ。御免ね、あの時取り乱して・・・御免ね・・・。」

 

 ハクチョウの女王様は、涙を流してマガモのマガークに何度も謝った。


 「そ、そんなに謝らなくても気が済んでますよ女王様。クッコ!行こう!!新天地へ!」


 「うん!」


 雌マガモのクッコの止めどなく流れていた悲し涙は嬉し涙に変わり、満面の笑みを浮かべた。


 「さあ、涙を翼で拭いて・・・!で、どっちだったっけ?女王様の湖は?」


 マガモのマガークの指摘に、ハクチョウの女王様は肝心なことに気付いた。


 ・・・あたいたち、迷っちゃった・・・!!


 「困った顔をしてるねぇーー!みんなぁーー!」


 そこにわって入ったカナダガンのポピンは、ニヤニヤしながら割って入った。


 「私は一応、ガンなのよぉー!世界をひとまたぎ長い旅をする『渡り鳥』よぉ!!

 脳のコンパスが帰り道を指し示してくれるわぁー! 

 あたしがナビしてあげるから、任せなさいって!」


 ポピンは、翼でぽん!と頭を叩いて笑った。


 「その前にちょっと待って!!」


 ハクチョウの女王様は、ぼろ切れになった風船を破片を嘴に宛がってぶーぶーと泣きながら吹いている、キジのカプリに目をやった。


 「ねえ、キジさん。お近づきと餞別にちょっと面白いことするね!

 この割れた風船貸して!」


 「え?な、何するの?また戻してくれるの?」


 「うん!またその上をいくこと!」


 ハクチョウの女王様は、嘴渡しに割れた風船全部を嘴に頬張ると、クチャクチャとガムを噛むように、噛み始めた。




 ・・・もし、一連のあたいの『奇跡』が本当なら、あたいの『魔力』は戻っている筈よ・・・




 クチャクチャクチャ


 ぷぅーーーーーーーーーっ!!




 「わーい!風船だぁー!」


 キジのカプリは、感激の声をあげた。



 風船はどんどん大きくなり、ハクチョウの女王様が嘴を離すと、始めに貰った時より一回り大きくなっていた。


 「・・・と、付いてた紐をっと!」


 と、ハクチョウの女王様が風船の吹き口と紐をくわえてクチャクチャと噛むと、


 「はいっ!飛ばさないようにね!」


 「わーい!元に戻ったあ!」


 キジのカプリの嘴には、パンパンに膨らんだ風船が浮かんでいる紐がくわえられていた。


 「キジさん。これで2度も再生したから、ゴムが薄くなってるから割れやすくなってるよ!」


 「はーい!ありがとうーー!!ばいばーい!みんなじゃあねー!」


 キジのカプリは、ハクチョウの女王様に貰った風船を見とれながらウキウキと短い翼を拡げて飛んでいった。


 「あれっ?女王様?吐く息で浮かせちゃったの?風船?息がヘリウム?」


 コクチョウのプラッキィは、ハクチョウの女王の嘴を見ながら聞いた。


 「うん!『魔力』よ!『まりょく』!」


 ハクチョウのメグ女王様は、鼻の孔からフンフン!と鳴らしてどや顔をした。


 「何だか凄いねえ!あたしの吐息がヘリウムだったら、コールも半音上がるかしら?」


 「カナダガンさん!コクチョウさん!『魔力』はここまでにして、早く帰ろうよ。

 また人間が銃を持ってここまで来たら・・・!」


 カルガモのガスタは、震え声で訴えた。


 「大丈夫よみんな!ここは、禁漁区よ!人間がよっぽどのことな限り入って来ないわ!」


 「でもその『よっぽど』が怖いんだよ。

 さあ、行こう!」


 雌マガモのクッコの反論も、雄マガモのマガークの言葉で盤上一致で、直ぐにあの湖に帰ることにした。


 「さあ行くわよーーっ!あたし達ののオアシスにひとっ飛びぃー!!」





 バサバサバサバサバサバサバサバサ・・・




 ナビ役のカナダガンのポピンを先頭に鉤状に並んで、鳥達は飛び立った。




 バサバサバサバサバサバサバサバサ・・・




 「あれ?女王様は?」


 「あっ!ハクチョウさんがいない!」


 「な、なんですってーーーーっ!!」


 陸地がすっかり下方に望むとこまで、高度を揚げたとたんに、鳥達は大騒ぎになった。


 「どうするんだよ!」


 「置いてく?」「馬鹿言え!」


 「一旦戻ろう!」「うん!戻ろう!!」




 バサバサバサバサバサバサ・・・




 案の定、ハクチョウの女王様は翼を大きく羽ばたいて、草原をグルグル走り回っていた。




 バサバサバサバサバサバサ!!




 「飛べない!飛べない!どうしよう!あたい置いていかれちゃった!みんな行っちゃった!!どうしよう!どうしよう!飛べない!飛べない!」


 ハクチョウさん女王様は、嘆き、慌てふためき、テンパって、取り乱して、パニックになって、翼を必死にはたかせて何とか空を飛ぼうにも全然飛べなくなった。


 そこに・・・



 「おーい!置いてきぼり御免なぁーーー!!」


 「何笑ってんのよ!この薄情者達!」


 「そして、あなたはハクチョウ者ね!よっこらしょ!」


 鳥達は全員ハクチョウの女王様へ平謝りして、周りに集まった。


 「女王様。」「なあに?マガーク。」


 「女王様。もしかして、『魔力』が使えるようになった『引換え』に、飛ぶ力が無くなったんじゃね?

 か、帰れるの?そんなんで。」


 ハクチョウのメグ女王様は、その場で黙りこくってしまった。


 「・・・・・・」


 「そうだわ!俺達が運んであげようか?嘴にくわえて。」


 「だ、駄目よ!!」「何で?!!」


 「そこまを気を利かせなくても、あたいが何とか・・・!!」




 バサバサバサバサバサバサ!!


 ドテッ!!




 「駄目じゃん女王様!!」


 鳥達は、段々女王様が心配でたまらかくなった。


 「女王様!そんなんじゃ駄目だよ!飛ぶ力が無くなった今、あなたを掴んで運ぶよ!

 みんなー!元召使いの俺のお願い!女王様を皆で運ぼうよ!」


 「マガーク。今もあんたはあたいの召使いよ。」


 ハクチョウの女王様は、マガモのマガークを大きな翼でそっと抱き締めた。


 「女王様!あの湖の『儀式』で、あなたは僕達全員召使いだって言ってたでしょ?湖まで運んであげるよ!」

 

 「ありがと。ありがと。」


 ハクチョウの女王様は、目に嬉し涙を流して喜んだ。


 「コクチョウさん!君はこっち!カルガモさん!あんたはこっち!クッコちゃんはそっち!で、俺はここ!」


 「あ、あたしはーっ?」


 「カナダガンさん、今さっきナビ役って言ったでしょ?行き先を指図するのが役目だから、それに専念して!」


 「はぁーい!」


 「さぁーて、改めて行くぞーそれっ!」




 バサバサバサバサバサバサ!!




 「お、おもい!女王様重い!」


 鳥達は、嘴で掴むハクチョウの女王様の重みで今にも外れそうになりながらも、必死に羽ばたいて何とか飛び立った。




 バサバサバサバサバサバサ!!




 「く、苦しい・・・もうだめ!は、離しちゃう!!」


 「駄目だ!!離すな!俺達は死んでもハクチョウの女王様をあの湖に運ばなければ!!」


 今さっきいた山林に抜け出ないとこで、既に鳥達の体力は限界に達した。


 「うわああー!もうだめ・・・あ、あれえ?か、軽い!」


 「あれええ!ハクチョウの女王様がふわふわ軽くなった!」


 「女王様!まさか自分に『魔力』を・・・!!」


 ハクチョウの女王様は、息をゆっくり吸って身体中にヘリウムガスを充満させて、自分の体を風船のように軽くしたのだった。


 「ぐー、ぐー、ぐー。」


 「ハクチョウの女王様、すっかり眠りこけてらぁ!」


 「さあ、みんなで女王様の『魔力』の効力が無くなる前に急いで湖へ!」


 「えいえいおー!」





 バサバサバサバサバサバサ!!




 ぱぁーん!


 


 「あーーっ!下で銃声がー!キジの奴が!!」




 「けーーん!けーーん!」




 「大丈夫だ。きっと、女王様に貰った風船が割れたんでしょ!

 それに、今さっきも言ったようにここは禁漁区だよ!」


 「じゃあ、気を取り直してしゅっぱーつ!!

 



 バサバサバサバサバサバサバサバサ・・・




 『風船化』したハクチョウの女王様を掴んでの復路は、幾度か突風で煽られながらもあっという間に女王様の湖に戻って来られた。

 

 バサバサバサバサバサバサ・・・




 「無事に帰ってきたぞー!!」


 「クッコぉ!ここだー!ここで暮らすぞー」




 ばさばさばさばさ・・・




 「あっ!カラスのフマキラじゃね?あいつ!」


 「迎えに来たんだ!!おーい!」

 



 ばさばさばさばさ・・・




 「た、大変だ!女王様が留守の隙に、キツネの奴が湖に侵入してきて、大騒ぎになってるぞ!!」


 血相を変えたハシブトガラスのフマキラは、鳥達に必死に叫んだ。


 「な、なんだってーーー!!」


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