2#マガモの悲恋

 「おおおっ!飛べたじゃぁーーん!飛べたじゃーーん!頑張れーっ!頑張れーっ!もう少しだぁーーっ!」


 ガチョウのブンとカナダガンのポピンの間に産まれた雛は、卵から無事に皆孵った後にスクスクと育すち、立派な『雑種』のガンになった。


 カナダガンのポピンとコクチョウのプラッキィは、雛達に飛行訓練を毎日行い、自由に空を飛べるまでになった。


 「羨ましいなあ・・・!!僕も飛べるようになればいいんだけど、何でガチョウに産まれたんだろ。」


 ガチョウのブンは、子供達が自由に風を掴んで空を飛ぶのを見上げて途方に暮れていた。


 「じゃあ、体にヘリウム風船でもいっぱい付ければ?」


 「や、やだよ!だって、風船が割れる音怖いもーん!」


 「ふふーん。」


 アヒルのピッピは含み笑いをした。


 「ママー、またハクチョウさんのとこ行っていい?」


 アヒルのピッピと、カルガモのガスタの間に産まれた雛も、卵から全部無事に孵り、ママのピッピの側をいつもヨチヨチと歩いた。


 「よっ!ピッピママ!またこいつら、飛ぶ練習させるからよお!」


 パパカルガモのガスタは、笑顔でアヒルのピッピに話し掛けてきた。


 「パパぁ?この子『アヒル』なんでしょ?『アヒル』飛べないじゃん!」


 「そうだっけ?てへぺろ!」


 パパカルガモのガスタは、ママアヒルのピッピの突っ込みにおどけた。




 ぷぅーーーーーーーーっ!



 

 「この位がいい?風船。」


 「もーっと大きく!!」


 「えーーっ!割れちゃうよお!もうここにあるの最後だよお!膨らますことが出来る風船はー。」


 「えーっ!もーっと大きく膨らませてぇー!」


 「うーん・・・困ったなあ。分かったわ。もうちょっとね。」


 ハクチョウのメグ女王様は、アヒルやカモ達にせがまれて、風船を嘴で大きく膨らませていた。




 ぷぅーーーーーーーーっ!!




 「あーっ!おいらにも膨らませさせてー!」


 横から、コクチョウのプラッキィがしゃしゃり出た。


 「駄目よ!!また間接キッスは!」


 「ちょ・・・ちょっと!あら!わあ!」




 ぷしゅぅーーーーーーー!!ぶおおおーーーーしゅるしゅるしゅるしゅる!!




 「あー!風船萎んじゃったぁーー!!」


 「わーい!風船ロケットーーーー!!」


 ガンやカモの子は、ワイワイはしゃいだ。


 「女王様!ごめん!か、代わりにおいらが膨らますからさあ!肺活量凄いぞ!おいらは!ビックリするなよぉ!」


 「コクチョウさん、もろ間接キッスじゃん!」

 



 ・・・と、湖に残された鳥達は仲睦まじく和気あいあいと、毎日を過ごしていた。




 そんなある日。




 「久しぶりです!女王様!」


 「あら?マガモのマガークじゃないの!元気?」


 「女王様。お願いがあります!」


 「なあに?何でも聞くよ。」


 「俺、『召使い』辞めます。」


 「えっ?」


 ハクチョウの女王様は絶句した。


 「ちょ、ちょっと困るよ!!せっかく『召使い』がいっぱい出来て、飛来風船集めネットワークが出来て、さあこれからなのに?

 それに、湖ではずっとやってきた仲でしょ?何で?」


 「俺、恋をしました。番井になる牝を見つけました。」


 「それはいいじゃん!関係ないじゃん?『召使い』何でそれで辞めるの?」


 「怒らないで聞いてください。女王様。」


 「怒らないわよ!何なりと。」


 「彼女、鳥インフルエンザなんです。」


 「・・・?!」



 

 ハクチョウの女王様は絶句した。




 ・・・この湖だけは、この湖だけは、『鳥達のパラダイス』にするために鳥インフル持ちの鳥だけはお引き取りしてたのに・・・

 ・・・『身内』に鳥インフル持ちの鳥と付き合ってたなんて・・・




 ハクチョウの女王様の体は、畏怖で強ばらせた。




 「で、で・・・出て行って!!鳥インフルエンザが移る!!

 もうこの湖に近寄らないで!!」


 それは、激しい剣幕だった。


 ハクチョウのメグ女王様は、大きな翼をバシャバシャとマガモのマガークに、水を叩きかけ、必死にマガークを追っ払った。


 「女王様はこんな方だとは思わなかった!!もう金輪際来ない!!出ていってやる!!」




 バタバタバタバタバタバタ・・・




 激怒したマガモのマガークは、湖から去ってしまった。




 「・・・・・・」


 ハクチョウの女王様は、うつ向いた。


 今までのマガモのマガークとの日々が走馬灯のように、脳裏に巡っていた。


 「ごめん・・・こうするしか・・・こうするしかなかったのよ・・・」


 「女王様、今まで和気あいあいとやってきた仲間に、こんな態度は不味いと思いますよ。」


 ハクチョウの女王の側にやってきた、ガチョウのブンが話し掛けてきた。


 「そうよ。見損なう程度のやり方ですよ。これは。」


 アヒルのピッピも、項垂れたハクチョウに声をかけた。


 「でも・・・でも・・・この湖を守るには・・・もう嫌ぁーーーっ・・・!!」




 バタバタバタバタバタバタ!!




 ハクチョウのメグ女王様は、湖を走って飛び立とうとした。




 バタバタバタバタバタバタ・・・




 「女王様ぁ!!そんな飛び方じゃ、すぐに墜落しちゃうよ!」


 コクチョウのプラッキィは、 ヨロヨロと飛んでいくハクチョウのメグ女王様の後をついていった。


 「僕も行く!ピッピママ!我が子を頼む!!」


 「あたしも!ブンちゃん!子供を宜しく!!」


 カルガモのガスタも、カナダガンのポピンもその後を追いかけて、飛んでいった。




 「待ってーーー!!」


 「待ってくれーーー!!」


 「お前どこさ行くんかーーー!!」




 3羽は直ぐ様、バランスを崩しながらも翔んでいくハクチョウの女王様に追い付いた。


 「女王様ぁーー!!こんな飛び形じゃ、マガモに何時までも経っても追い付けないよぉー!」


 カナダガンのポピンは、必死な顔でハクチョウの女王様とランデブー飛行してきた。


 「女王様ぁ!まさか、あなた飛ぶのが苦手なのでは?」


 カルガモのガスタも、ハクチョウの前に付けて話しかけた。


 「う、うるさいわねえ!あたいは、あのマガモに謝りたいのよ!あんな酷いことを言って申し訳無いと思うのよ!!

 だから・・・」


 「女王様ぁ、よくあなたの飛行高度を見てよ。だいぶ低いよ。」


 「あら?人間のビルの谷間・・・うわっ!」




 びゅううううう・・・!!





 「うわあーーーーーーっ!」





 ハクチョウの女王様達は、激しいビル風に翻弄された。


 「うわっ!今度は人間の道路に!!うわっ!うわっ!うわっ!うわっ!うわっ!」


 鳥達は、何とか行き交う車の列をスラロームしてやっと、高度をあげた。


 「ふぅ・・・だ、だから外は嫌なのよぉーー!!」

 

 「って、外に出たのは女王様じゃないの?」


 コクチョウのプラッキィは突っ込みを入れた。


 「はあ・・・本当にマガモどこにいるの?」



 ばさばさばさばさばさばさ・・・




 「あれっ?」

 

 「カルガモの奴がいない・・・?」


 「今度は、カルガモがはぐれちゃったの?」


 鳥達は、突然姿を消したカルガモのガスタをキョロキョロと探して見回した。


 「あーーっ!カルガモさんいたーーっ!!」


 カナダガンのポピンが叫んだ。


 カルガモのガスタは、嘴に太陽の光でキラリと輝くものをくわえて迫ってきた。


 「あら?風船?」


 ハクチョウの女王様は、首を伸ばしてカルガモのガスタが嘴にくわえた風船をまじまじと見つめた。


 「カルガモさん。あんた、こんな時でも風船拾いをすると、律儀だねえ!」


 「いや、この風船の表面見てよ。ほら!カモの羽毛がこびりついてるよ!」


 「あっ!本当?ちょっ・・・ちょっと羽毛の匂い嗅がせて!」


 ハクチョウの女王様は、カルガモのガスタの嘴が紐をくわえてブルブル揺れている風船の側についてきて、表面に張り付いていた羽毛を嘴の鼻の孔を近付けた。


 くんくん・・・


 「やっぱり!これ、マガークの体臭だ!」


 ハクチョウのメグ女王様は想わず叫んだ。


 「本当?!僕は風船のゴムの匂いしかしないんだけどなあ。」


 カルガモのガスタは、くわえた風船を嘴から離さないように嘴を半開きに呟いた。


 「女王様って、嗅覚すげえ!まるで犬並みだぜ!」


 コクチョウのプラッキィは、自らの赤い嘴の鼻の孔をパンパンにはらませた。


 「いやあ、それほどでもぉ!」


 ハクチョウの女王様も、鼻の孔かフン!フン!と鼻息を鳴らして得意気に言った。 


 


 ・・・嗅覚・・・あれ?・・・



 ・・・これ、『魔力』・・・?



 ハクチョウの女王様は、鼻の孔から空気を深く吸い込むと、


 「きっと、この近くにマガークがいるのよ!さあみんな、下のマガモが居そうなとこを探すのよっ!」


 「って、女王様!!また低空飛行になってるよ!」


 「えっ?何言ってんの?カナダガンさん・・・?!!うわーーっ!!」


 「どひゃーーーーっ!!」


 鳥達は、鬱蒼とした山林の藪の中に突っ込んでいった。



 ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!ばさっ!




 「うわっ!目の前!!」


 「き、キジさん!ぶつかる!」


 「退いて!退いて!うわーーっ!」 


 「げぇっ!な、何だぁ!けーーーん!」


 藪の中に潜めていたキジは、目の前に迫ってきたハクチョウ達にビックリして、ぶつかる寸前で飛び出した。




 ざざーーぁん・・・!!




 鳥達は、草やぶの中に不時着した。




 「きゅうう・・・ん?」


 鳥達は目を覚ますと、目の前に今さっきのキジがキョトンと立っていた。


 「ねーねー!!僕にその風船ちょうだい!」


 キジは、カルガモのガスタが嘴にくわえている赤い風船に、目を輝かせて見とれていた。


 「あ、僕、カプリって言うんだ!!キジのカプリ!!で、き、君達は?で、風船ちょーだい!

 僕!!風船で『赤』の風船が好きなんだ!!

 『赤』の風船は、雄の心を揺さぶるんだっ!!」


 キジのカプリは興奮して、何度も何度もカルガモのガスタのくわえている風船の紐に取りつこうと、短い翼で羽ばたいて飛び交った。


 「ダメッ!!」「ちょーだい!」「ダメッ!!」「ちょーだい!」「ダメッ!!」「ちょーだい!」「ダメッ!!」


 「だから、ちょーだいよぉ!」


 「だ、ダメッ!!この風船は大切な『証拠』なんだから!あ、あげられないよ!!」


 「な、何で?」


 「この風船には、俺達が探しているマガモのマガークっていう奴の羽毛が・・・」


 「マガモ?マガーク?!!」


 突然、キジのカプリの顔色が悪くなった。


 「こ、ここは危険だよ!!今、悪い時に来たよ・・・!!

 だ、だって、今、に、人間の『猟期』だぜ!

 人間どもが銃をぶっ放して、僕達キジやヤマドリ達や、そして水辺のカモも・・・!!」


 「か、カモも?!」


 カルガモのガスタは想わず、嘴から風船を放してしまった。


 ふうわり・・・


 ガスタの離した赤い風船が、空に舞い上がったとたん・・・




 ばぁーーーーん!!




 「?!!!」




 「やばい!こっちまで銃弾が飛んできた!!」


 キジのカプリは慌てて叫んだ。


 「え?単に風船が割れただけじゃ?」


 コクチョウのプラッキィが言うと、


 「いや!銃弾が風船に命中したんだ!」


 と、カプリが反論したとたん、




 ダーーン!!


 ダーーン!!


 ダーーン!!



 と、辺りに銃声が鳴り響いた。


 「ひえええええええーーーーーー!!怖いよおおお!!早く!早く!逃げようよ!!こんなとこは!!ねえ!ねえ!早く!」


 カルガモのガスタは慌てふためいた。


 「でも、やたらと草やぶに出たら銃弾が当たっちゃうし。」

 

  カナダガンのポピンは、震え声で翼をばたつかせて騒ぐカルガモのガスタに言った瞬間・・・


 


 しゅん!!



 

 散弾の一部が、カナダガンのポピンの頬すれすれにかすった。


 「ひいいいっ!か、間一髪だった・・・し、し、死にたくない・・・!!こ、こ、怖い!!わたし怖い!!早く!早く!た、た、立ち去りましょ!」


 恐怖の余り脱糞したカナダガンのポピンは、激しく取り乱した。


 「み、みんな落ち着け!!

 俺が合図したら、一緒にこの藪を脱出するぞ!!」


 コクチョウのプラッキィは、大きく深呼吸すると、恐怖を無理矢理抑え込み気合いを高めた。


 「そおれ、3、2、1、飛べぇーーー!!」




 バサバサバサバサバサバサバサバサ!!




 鳥達は一斉に藪から飛びだした。


 「あれ?女王様は?」


 「いない・・・?」


 鳥達が群れの中に、ハクチョウの女王様がいないのに気付き、辺りを見回した。


 「おーーい!ごめーん!あたい、空の飛び方忘れちゃったーー!!」


 「ええーーーーーっ!」

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