10#飛ぶハクチョウを見たアヒル

 『悪魔』はどこから来るか分からない。


 それは、憎悪を持ってやって来る。




 「私、ハクチョウさんに凄く悪いことしたな。

 『飛ばない』理由があったとはねえ・・・

 やっぱり私は我が儘なアヒルかもね・・・

 謝ろう。あの湖に行って。

 許して貰えるかなあ・・・?」


 アヒルのピッピは、とぼとぼと鬱蒼とした森を項垂れて歩いていた。


 「ふぅ・・・何処まで歩いたかなあ?」


 アヒルのピッピは、緑の葉が生い茂る木の枝に差し込む日の光を見上げた。


 


 ばさばさばさばさばさばさ・・・




 「今日はやけに鳥が飛んでいくなあ・・・

 私も飛ぶことが出来たらいいのに・・・

 そしたら、私はハクチョウさんに我が儘を言ったりすることは無かったのに・・・」


 アヒルのピッピは、とてもやりきれなくなった。




 ばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさ・・・




 ピッピが歩いていくうちに、鳥の羽音は更に増えていった。


 「いったいなんだろうな?渡り鳥の大群かなあ?

 憧れるなあ・・・遥か遠くに連れてって欲しいわ・・・」


 そう独り言を呟きながら、アヒルのピッピはハクチョウのメグのいる筈の湖へ鰭脚を進めた。


 


 やがて、鬱蒼とした森を抜け、一面の鉛色の空が見えたとたん・・・


 「なにこれ・・・」


 空には、沢山のいろんな種類の鳥達があの湖に向かって飛んでいたのだ。


 皆、何処からか傷ついていた。


 翼が破損して、ヨロヨロと飛んでいく者。


 首や嘴、脚に何か糸が垂れている者。


 それら鳥達の各々は、嘴や脚で割れたり萎んだり膨らんだ風船をしっかりと持っていた。


 「何なんだ?この群れは・・・!?何で風船?!」


 そして・・・


 「あっ!あの鳥は!」


 あの時、湖で出逢った鳥。


 あのオオワシやマガモが、嘴や脚の鉤爪で飛べなくなった鳥を掴んでとんでいったのだ。


 「湖はもうすぐだ!お前らは俺達が助ける!!羽ばたける者は羽ばたけ!!助かりたい者は羽ばたけ!!湖まで頑張って飛べ!!

 皆、本当に死ぬなよ!!」


 オオワシのリックの必死な呼び掛けは、アヒルのピッピの耳孔まで聞こえてきた。


 「こうしちゃいられない!」


 アヒルのピッピは、大急ぎで鳥の大群を追いかけた。




 「ん?」




 ばさばさばさばさばさばさ・・・




 「!?」




 ばさばさばさばさばさばさ・・・


 


 「ハクチョウ・・・女王様が飛んでいる・・・!!」




 アヒルのピッピが見上げている上空に、あのハクチョウのメグ女王様が嘴に一羽の風船の紐が絡まってぐるぐる巻きになったカルガモをくわえて、必死に飛んでいたのだ。


 メグ女王様の目から、止めどなく涙を流しているはらしく、




 ぽたっ、




 ぽたっ、




 と、水滴が落ちてきて、下のアヒルのピッピの体についた。




 ぽたっ、




 ぽたっ、




 ばさばさばさばさばさばさ・・・




 「ハクチョウの女王様ぁーーー!!」




 ばさばさばさばさばさばさ・・・




 ぎゃーぎゃー!


 かーかー!


 じゃーじゃー!


 がーがー!


 ぴゅー!ぴゅー!


 「痛いよおー!!」


 「もうだめだぁー!死なせてくれー!!」


 湖は、まるで野戦病棟のように血生臭くなっていた。



 「ちくしょう・・・人間の奴ら・・・何で酷いことをしやがるんだ!!」


 オオワシのリックは、怒りに体を震わせて言った。


 「人間が・・・風船飛ばした数の世界記録挑戦とか言って・・・1億個の風船を飛ばしたらしいんだ・・・!!」


 「な・・・何だって・・・?!」


 ハクチョウの女王様は絶句した。


 「風船を飛ばすとどうなるのか、人間は分かってるのか・・・!!

 飛んでいる鳥は拍子で紐が絡まってバランスを失って墜落し、地を歩き、湖や川を泳ぐ鳥は、魚と間違えて誤飲することを分からないのか!!

 そうだよ・・・人間はわしら『鳥』の事なんてどうでもいいんだ!!」

 

 「そうさ・・・人間はてめえさえ良ければそれでいいと思っているんだ!!

 『害鳥』扱いして、排除される奴らもいることだし・・・

 俺達は、生きる権利も無いのか・・・!!人間は身勝手だ・・・!!」


 嘴を血で滲ませた、マガモのマガークも悲しげな声で言った。


 「それにしても、どうするんだよ・・・この患者達は。」


 「このまま放置したら・・・」


 「おふたり!無駄話する暇があったら、被害鳥達の手当てをするんだよ!!」


 湖に不時着してびしょ濡れの、ハクチョウのメグは、マガモとオオワシに怒鳴りこんできた。


 マガモのマガークやオオワシのリックは、ここまで激しい怒りの形相のハクチョウの女王様は見たことがなかった。


 ハクチョウのメグ女王様は嘴が怒りで震え、キッ!!と2羽を睨み付けた。


 「ハイッ!!わかりました!女王様ぁ!!」




 とぼ・・・とぼ・・・



 「ハクチョウさん。ハクチョウさん。」




 メグ女王様の後ろで、誰かが声をかけた。


 キッ!!


 ハクチョウの女王様は、声の主に振り向いて睨み付けた。


 「御免なさい!御免なさい!私の我が儘で、『魔力』を無くしたことを!!

 御免なさい!御免なさい!」


 声の主は何度も何度も土下座して謝った。


 「あ、あんたは・・・」


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