3#さまようアヒルと追うガチョウ

 ガサガサ・・・


 ガサガサ・・・


 よたっよたっよたっよたっ。


 湖を追われたアヒルのピッピは、釣り針が刺さって出来た傷を庇い、半ばびっこを引きながら夕闇に暮れた深い森をさまよい歩いた。


 「あたしは・・・あたしは・・・やっぱり・・・こんな薄幸な生き方しかできないんだ・・・!!

 満たされない・・・満たされない・・・何をやっても、満たされない・・」




 「ごめん・・・ごめんよ・・・アヒルよ、僕が全部悪いんだ・・・!!」


 ガチョウのブンは、自問自答した。


 「僕がちゃんとしかいから、湖のみんなまで怒らせてしまったんだ!!

 一番我が儘なのは、あのアヒルじゃなくて、狡猾なその僕のせいだ!」


 ブンは涙目で暗がりの鬱蒼とした叢を掻き分け、アヒルのピッピの後を追った。




 ガサガサガサガサ・・・




 びゅうううううう・・・




 突然、突風が吹き荒れてきた。


 


 アヒルのピッピの




 ガチョウのブンの




 羽毛をパタパタと靡かせた。




 「ううう・・・寒い!!」


 ガチョウのブンは体の羽毛に顔を突っ込んで、


 ふぅーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーっ!!


 ふぅーーーーーーっ!!


 と息を吹き込んで、羽毛の間に空気を送り込み暖かくフカフカにしようとしたとたん・・・




 パァーーーーーン!!




 「ぎゃああああああっ!!羽毛がパンクしたああああああああ!!」


 「ん?えっ!ガチョウさん・・・!!一緒に来てたの?」


 突然のガチョウの悲鳴にビックリしたアヒルのピッピは、ノコノコとガチョウのブンの側にやって来た。


 「ま、まさか、わ、私を追いかけて????」


 「な、なんだぁ?羽毛なんかパンクはしないよな・・・風船じゃあるまいし・・・

 あっ!アヒルさん!あ、ああ。し、心配さあ。心配。み、湖のことは気にしなくていいよ。

 あんたを我が儘だなんて、僕は考えてないからさあ。」


 ひしっ!


 ガチョウのブンはそう言うと、翼を拡げてアヒルのピッピを優しく抱き締めた。


 「う、うん・・・」


 アヒルのピッピの目からも、ガチョウのブンの目からも、一筋の涙が溢れた。




 「あれ?」




 「風が収まったようだね?」




 「ん?」




 「辺りで不気味な物音が・・・」


 

 ふー・・・ふー・・・




 「な、何だか怖いわ。何か出てきそう。」




 「辺りは暗くなったな・・・『鳥目』だから分からないや。」




 「私も『鳥目』。早くこの気味悪いとこ出ましょうよ。」




 びゅうううううううーーー!!




 「うわぁっー!また突風が出てきやがったっ!!」




 ガチョウのブンは鰭脚を踏みしめ、翼で風を避け、突風に逆らってヨタヨタと進んでいった。


 


 びゅううううううううう!!




 ヨタヨタヨタヨタヨタヨタヨタヨタ・・・




 「おーーい!アヒルやーい!大丈夫かぁーーーーー!!」


 ガチョウのブンは叫んだ。




 ばうっ!ばうっ!ばうっ!ばうっ!




 「ええっ?嘘?!野良犬??いるのかよ!野良犬!!」




 ばうっ!ばうっ!ばうっ!ばうっ!




 また、森の鬱蒼とした繁みの中から、野良犬の吼える声が聞こえてきた。




 「やばいな・・・アヒルの奴、野良犬に襲われたら・・・!!」


 ガチョウのブンは、焦った。


 「おーーい!アヒルやーい!大丈夫かぁーーーーー!!近くに野良犬が要るぞぉー!気を付けろよぉーー!」


 ガチョウのブンは、声を張り上げて叫んだ。




 ・・・いない・・・


 ・・・アヒルがいない・・・!!


 ・・・そんなぁ・・・!!


 ・・・あいつ、まだ傷が癒えてないから、遠くに行けない筈なのに・・・


 ・・・はっ・・・!!


 ・・・まさか・・・!!




 ・・・




 わぉーーーーーん!




 「ひいいいいっ!」


 野良犬の遠吠えを聞いたとたん、ガチョウのブンな、怖じけづいて身震いしした。


 



 わぉーーーーーん!


 わぉーーーーーん!




 「アヒルさーーん!

 アヒルさーーーん!!

 どこおおおーー?」




 しーーーん・・・




 「い・・・いない・・・」


 ガチョウのブンは焦った。


 「アヒルさん!アヒルさん!どこに行ったんだよお!アヒルさん!アヒルさん!返事して!!アヒルさん!アヒルさん!」




 ・・・もしかしたら・・・ 


 ・・・野良犬に食われたのか・・・



 ・・・そんな馬鹿な・・・?!


 ・・・ま、まさかな・・・


 ・・・いや・・・!!


 「いやあああああ!!」


 ガチョウのブンは、取り乱した。


 恐怖と心配で頭が混乱した。


 「うわあああ!襲われたぁ!本当に襲われたぁー!アヒルさぁーん!ごめんよぉー!!」




 がー・・・がー・・・がー・・・




 全てがブラックアウトした真夜中の森子の中から、微かにアヒルの鳴き声がしてきた。


 


 「だ・・・




 大丈夫よ・・・




 ガチョウさん・・・




 ここよ・・・私はここよ・・・」




 ・・・えっ・・・!!




 ガチョウのブンは、跳び跳ねた。




 「来て・・・




 苦しいの・・・




 私・・・



 

 苦しいの・・・」



 

 「ええっ!大丈夫なの!?」


 ばたばたばたばた!!


 ブンは慌ててアヒルの声がする場所に、猛ダッシュで駆け寄った。




 「はあ・・・はあ・・・」




 「?!」


 ガチョウのブンは絶句した。


 半ば月明かりに照されて、見栄隠れするアヒルのピッピは、荒い息を絶え絶えに、ぐったりと寝そべっていた。




 「ごめんね・・・ガチョウさん・・・




 あたし・・・もう間に合わないわ・・・」




 「な、なんでぇ・・・?!」




 「私・・・実は・・・げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!げほっ!」




 アヒルのピッピは、激しく咳き込んだ。


 「ど、どうしたんだアヒルさん!」


 ガチョウのブンは、アヒルのピッピの頭を翼に触れた。


 「あちっ・・・!酷い熱!!」


 


 「アヒルさん・・・今まで隠してたけど・・・




 実は・・・私・・・」




 「大丈夫だよ。アヒルさん。あなたがどうであろうとも、僕は何も・・・」




 「鳥インフルエンザなの・・・!!」




 「何ぃ?!」




 ガチョウのブンは絶句した。




 ブンは言いたかった。


 『激おこ』して言いたかった。


 「何で今まで黙ってたんだ!」と。




 ・・・ど、どうしよう・・・


 ・・・『鳥インフルエンザ』は、女王様が一番神経質にしていたことだ・・・


 ・・・それを、アヒルが未然に言っていれば・・・!!


 ・・・『鳥インフルエンザ』があの『楽園』の湖に蔓延したら、俺や女王様やマガークやリック、そして集まったいっぱいの『釣り針風船』で傷ついた鳥達が感染して・・・


 ・・・そしたら・・・


 ・・・そしたら・・・




 ・・・『楽園』は・・・




 ・・・崩壊する・・・!!




 ・・・アヒルが初めから言っていれば、こんなことが未然に防げたのに・・・!!


 


 ガチョウのブンは、キッ!とアヒルのピッピを睨み付けた。





 「はあ・・・はあ・・・」


 



 アヒルのピッピは、荒い息をして茂みにうずくまっていた。




 「・・・」




 ガチョウのブンは、ひょこっ、ひょこっとゆっくりとアヒルのピッピ方へ歩き出した。


 ひしっ!




 「なあに・・・ガチョウさん・・・」




 ガチョウのブンは、翼でアヒルのピッピを抱き締めた。


 「気にしてないよ、アヒルさん。君が鳥インフルエンザでも。

 分かるよ。君の苦しみが。

 

 僕は君のそばにいるぜ・・・!!


 どんな時も、君を守る・・・!!」




 ・・・な、なにいってるんだ?俺・・・


 ・・・アヒルだよ、アヒル・・・!!


 ・・・ガチョウの俺が、アヒルに『恋』するなんて・・・?!




 ・・・でも、なんだろう・・・




 ・・・胸がきゅん!と締め付けられるこの感じは・・・




 ・・・今まで感じたことのない感触・・・




 ・・・風船で例えるなら、パンパンにヘリウムガスで満たされたゴム風船が、大空高く舞い上がっていくような・・・




 ガチョウのブンは、コブのある黄色い嘴に開けられた鼻の孔をパンパンに膨らませ、ふう・・・ふう・・・と、興奮して、ぐったりと寝そべるアヒルのピッピを優しく見詰めた。




 ガサッ!!



 

 「えっ!」


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