「誰かの役に立ったときかな。」

 心が軽くなった分、大切なものを失ったような気がして、ぼくは複雑な気分になった。

 一人分のからだ。一人分のこころ。空っぽで満たされる自分。

 とてつもなくさびしくて、嗚咽がした。

 ナツミとは一週間しか一緒にいなかったのに、ぼくの中ではかけがえのない存在になっていたのかもしれない。

 ナツミから呆れられたぼくは、ともすれば自分で自分を否定するようなことが多くなった。

 そういう気持ちを振り払うように、ナツミがいなくなった跡を埋め合わせるかのように、ぼくはタケルくんと仲良くなっていった。

 はじめは屋上でしか出会わなかったぼくとタケルくんは、次第に学校の帰り道も一緒に行動するようになった。ぼくたちはゲーセンに行ったり、映画を見たり、カフェに行ったりするようになった。

 彼はいつもあらゆることに対して真剣に考えていた。考えすぎて、実際の生活なんてどうでもいいと思えるほど、彼はいつもなにかに集中していた。

 そういうときの彼の瞳は美しかった。

 彼は些細なことにでも、そこに意味を求める人間だった。

 彼の家でゲームをしながら、タケルくんはふとこうつぶやいた。

「勉強することに、意味なんてあるのか。これからそこそこの大学行って、そこそこの企業に就職する。可もなく不可もなくそんな当たり前の人生を歩んで、そこに意味なんてあるのか?」

「意味なんてわからないよ。でも意味のない人生でも、幸せになることはできる。」

「俺一人の幸せなんて、どうでもいいんだよ…。どうせ死ぬんだ。みんな死ぬんだよ。すべて消えてなくなるのに、どうして何かを得ようとするんだろう?」

「結果が悲惨なものになろうとも、そこに行き着く過程の中に意味を見出すことはできる。生きる意味を、生きていく中で見出すことはできる。」

「俺はお前みたいに割り切って考えることはできないよ。俺にはすべてがどうでもいいもののように思える。もし俺自身に意味をもたせることができるとすれば…」

彼はゲームをする手を止めて、僕の目を見た。

「誰かの役に立ったときかな。」

そう話すとき、彼の瞳がまたたいて、顔がみるみる赤くなっていくのをぼくは見ていた。

 タケルくんは、変わったな…。会ったときよりもずいぶんと優しくなった。もともとそういうひとで、だんだんぼくに心を開いてきただけの話なのかもしれないけど、ぼくにはそう見えた。

 そういう彼自身の変化の中に、ぼくは自分自身の変化を鏡のように覗き込んでいた。

 タケルくんはいま一つの使命の中に生きている。直感的にそう感じて、ぼくははっとした。

 優しすぎて、傷つきやすい彼の本性が、ぼくにもやもやとした曖昧な不安を感じさせる。

 あなたには、タケルくんを本当に救うことはできないわ。

 ナツミの言葉が頭の奥で何度も響いている。繰り返し、繰り返し僕を責め立てる可愛らしい声。

 ぼくはタケルくんとともに闇に引きずり込まれる恐怖を覚えた。

 

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