「ナツミと僕は心の中でつながっている」
人間というものは、本当に面倒くさい。
離れていると寂しいし、近すぎるとわずらわしい。
好きな人を嫌いになったり、嫌いな人を好きになったりする。
人間なんて、全然論理的じゃない。いつも矛盾のかたまりだ。
「それでもわたしは人間が好きなの。もう一度、人間になってみたいの。」
ナツミはぼくにそう言った。ぼくには全然理解できない感情をナツミはもっている。
「そうか?俺はお前みたいに幽霊にでもなって、他人に惑わされずに、自由自適に空をプカプカ浮けたらいいのにと思うぞ?」
「ジンくんにはわからないよ。わたしの気持ちなんて。さびしくて、つらくて、誰もいない暗闇の中を歩んできたんだわ、ずっと。やっとジンくんと会話できたと思ったら、無視されるし。」
「誰だっていきなり幽霊に会ったら、怖くて話そうと思わないだろ。」
「そうかもね。」
ナツミはくすくす笑っている。
「あの子も、ずっとさびしくて、つらくて、いまも苦しんでいる。だから、ジンくんが友達になってほしいの。あの子の心の殻を壊してほしいの。」
ナツミも、僕と同じようにあの少年を自分と重ね合わせてみていた。助けるとか、救うとかそういう気持ちではなかった。ナツミがどう思っているかわからないが、少なくとも僕は自分自身を救う思いで、あの子と友達になろうと決意した。そうじゃないと、あの子も、僕も、いつか壊れてしまうという予感があった。
僕の心の中に、きゅっと胸を引き締めるような切ない痛みが走った。その痛みは、十数年の間暗いトンネルの中で一人あてどもなくさまよい続けた女の子の思いのようだった。そのときはじめて、僕はナツミとどういう関係にあるかわかった。
ナツミと僕は心の中でつながっている。
確かにナツミは僕と一心同体だと言っていた。あれは出まかせではなく、本当のことなのかもしれない。
おそらく、体を持たず心だけで存在しているナツミは、体を持つ僕たち人間よりも他人の感情とか、気持ちに対してとても反応しやすいのかもしれない。そしてナツミの気持ちは、それが強くなればなるほど、他人の体を飛び越え、直接人の心に届く。パートナーの僕ならなおさら。
そんなことを考えていると、ふと何かの小説で読んだ一節を思い出した。それは確か、登場人物の二人がこんな会話をしているシーンだった。
「ねえ君、どうして人はそれぞれ違う存在だと思うのかい?つまり、どうして君と僕はまったく異なる人間であるといえるのかな?」
「なぜって、そんなの当たり前のことじゃないか。僕たちは思考を共有しているわけでもなければ、肉体を共有しているわけでもない。僕が考えていることと全然異なることを、君が思っていることだってよくある。それに、髪型も、目の形も、声色も、耳たぶの大きさだって、全然ちがうじゃないか。」
「それは、君が感じたままの世界での話だろう?どうして君が感じた通りの世界が真実だなんていえるんだい?」
「僕が感じたもの以外で、物事をどのように判断すればいいというんだ?それに、感じたままの世界が真実じゃないからと言って、感じることのできない世界が真実だというわけでもないだろう?」
「確かにそのとおりだ。
だがね、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ。つまりね、僕たちは物事の表面ばかりを観察してよくわかっている気になって、その奥底にある何かがあることさえ思いつかなくなっているのではないか、と僕は思うんだよ。
君は与えられた価値観で満足していないかい?もっと想像力を働かせるんだ。どう考えたっていい。どう思考してもいい。可能性は無限に存在するのだから。
ところで、ここで少し問題を書き直してみよう。すなわち、なぜ僕らは違っているのに、わかり合うことができるのか?」
「互いに思考や価値観が違っているようで、実は同じ部分があるから?」
「いい線いってるね。それは結局、共感という言葉で表される心だ。
でも、僕らは思考や価値観が違う部分でも共感することはできる。これはとても不思議なことだと思わないかい?
そこでね、ある考えがひらめいたんだ。もしかしたら、思想や宗教や、価値観や倫理なんてものは人それぞれ異なっているように見えて、根本的には全く同じなんじゃないかな、とね。つまり、同じ原理の中で成り立っている話なんじゃないか。僕らはそれを違うものだと錯覚しているだけなんじゃないか。」
「思考は違っているようにみえて、つながっている…。」
「そうなんだ。世界は一つの大地だ。意思をもってる。僕らはその意思の一部分にすぎない。いわば、人間一人一人が大地の中で隆起している山のような存在だ。大地には雨が降り、川ができ、海ができる。そうすると、どうだろう!山と山との間に海ができて、僕らは孤独で寂しい島一つ一つになってしまう!海底でつながっているのに、完全に別れたようにみえてしまう!僕は思う。この海が意識というやつなんじゃないか。」
ぼくは考えていた。もしかしたらナツミは意識の海を自由自在に泳ぎ回って、たくさんの孤島にたどり着き、その島の思いを抱きしめることができるんじゃないか。
「あの子のやってたゲーム、買いに行こうか。」
昼休みが終わるチャイムの音が聞こえると、ぼくはベンチから立ってそう言った。
「そうだね!」
ナツミは明るい声色でぼくに笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます