クラスで一番イヤなヤツ
「彼女はぼくに少しだけ似ている」
憂鬱だ、とても憂鬱な気分だ。
なにが憂鬱かって、つねに隣に人がいるというこの状況が苦痛なのだ。ぼくはあまり他人に好かれる方じゃないし、好かれたいとも思わない。だから今まで人とは一定の距離を取ってきた。それなのにこの守護霊ときたら、朝からぼくにべったりくっついて全然離れようとしない。そしてずっとしゃべりつづけている。
「ジンくん、昨日は全然ツレなかった…。トイレもお風呂も一緒に入ろうって言ったのに、入らせてくれなかった…。壁をすり抜けて驚かせようとしたら、すっごく怒るんだもの。そんなにつんけんすることないのに…。」
「誰だって怒るだろ!俺にはプライベートというものがないのか!」
「だって、わたしたちは一心同体だもの。しようがないじゃない。わたし、あなたのなにもかもが気になるの。だってパートナーなんだから。当然でしょ?
それに、いままでだっていつも一緒にいて、ジンくんの生活の一部始終をわたしはじっくり見守ってきたんだから、いまさら恥ずかしがることもないじゃない?」
「恥ずかしいよ!たとえ夫婦だったとしてもめちゃくちゃ恥ずかしいわ!いままで恥ずかしくなかったのは、お前の姿が見えていなかったからだよ!俺にも自分しかいない空間が必要なんだよ!パートナーならそれくらいの配慮もしてくれよ!」
「もう♡ツンデレなんだから♡」
そうやってからかって笑う彼女を見て、ぼくはイライラしてしようがなかった。はあ…。なんでここまで神経をすり減らさないといけないのだろう…。ただ生きているだけでも疲れるというのに…。
とんでもない守護霊だ!こいつ自体が実は悪霊なのではないか?そうでなければ疫病神だ。朝目が覚めて、制服に着替えたり学校へ行く準備をしたりするだけでも一苦労だった。ナツミの声が頭にがんがん響いてうっとうしかったからだ。やめろと言っても、こいつは話し出したら止まらないからだ。
一番困ったのは、家族と一緒に食べる朝食のときだ。母さんとか妹の声に重ねるようにしてナツミはひたすらしゃべっているから、家族の声が断片的にしか聞こえない。なんとか話を合わせたつもりだが、少し妹が怪訝そうな顔をしていた気もする…。
いろいろとごまかしながら、やっと家から出られたという感じだ。
外に出ても、ナツミはさっきのような調子でずっとぼくをからかい続けている。もう辛抱ならなかった。幸い、家の近くは閑静な住宅地なので、だれかに声が聞かれる心配もない。ぼくはナツミの方を見て、真剣な顔で言った。
「いいか、近くに人がいたら絶対に話しかけるなよ。そういうとき話しかけられても応えてあげられないからな。それから、いきなり顔を近づけたりとか抱き着いたりとかして、驚かすのもやめろ。もしびっくりして声を出しでもしたら、俺が変な人間に思われるからな。」
「はいはーい!わかってるよ♪」
ぼくの守護霊は注意を受けても、楽しそうに笑っている。ほんとうにわかっているのだろうか…。ぼくは心配だった。
家から学校までは遠い。バスに乗って駅まで向かい、駅から電車に乗って最寄り駅まで行く。学校は最寄り駅から近く、徒歩で十分程度だ。合わせて小一時間程度である。
案の定、彼女がぼくの忠告を守るはずもなく、その間ずっと声を出し続けていた。ナツミは電車に乗るだけでも歓声の声を上げた。電車の窓から見下ろす街の景色がすばらしいと彼女は言った。ぼくもつられて景色を見ると、確かに朝の淡い光に包まれてあちこちが美しく照り輝いていた。ぼくが大したこともないと思うそうした出来事の一つ一つが、ナツミには感動の対象に生まれ変わるのだった。ナツミは死んでいるはずなのに、皮肉にも生きているぼくよりはるかに生き生きしていた。
「あのなあ。」
電車から降りて学校に向かう途中、ぼくは小声で言った。
「俺が応えてあげられないとわかっているのに、どうしてずっと話してかけてくるんだよ。こっちだって無視しているみたいで心苦しいじゃないか。」
「大丈夫。いいの、わたし。ジンくんが聞いてくれている。それだけでうれしいから。うんうんってうなずいてくれるだけでいいの。」
そう言ってはにかむ彼女がまぶしくて、ぼくは思わず目をそらした。うっとうしいはずなのに、心が温かくなった。ぼくも彼女の方を見て、少しだけはにかんで見せた。
いつだったか、ぼくもだれかといるだけで幸せだと思えた時期があったような気がする。ふいにそう思ったとき、なぜぼくが彼女をこんなに嫌っているのかわかった気がした。
彼女はぼくに少しだけ似ている。ひとりで生きていけるようにみえて、実は繊細で寂しがりやなところが。
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