「お兄ちゃん、友達いないものね。」

「あー!!ユキちゃん、今日もかわいいねえ。」

ナツミはそう叫ぶと、いきなり妹の方まで飛んでいき、抱き着いてキスをした。お前、他人に見えないのをいいことに、いつもそんなことをしているのか?

「お兄ちゃん、いま絶対だれかと話してたよね?」

そんなナツミが見えるはずもなく、妹は青ざめた顔で心配そうにこちらを見ていた。それからもう一度確かめるようにしてぼくの部屋をぐるりと見まわした。当然だが、人影など見えるはずもない。

「だれか、お友達でもきているの?」

「お前さ、部屋入るときはノックくらいしろよな?勝手に入ってくるなよ。」

「ノックは何度もしたもん!!でも、全然反応がないから心配になって思い切ってドアを開けてみたの。そしたらお兄ちゃん、ベッドにだれかいる感じでお話してるんだもの。でも、ベッドにはだれもいないし。ちょっと変だなと思って。」

「あ、あれだよ?今度、学校で文化祭があってさ、そのときにクラスで演劇をやるって話で、その練習をしてたんだよ。そうそう、俺魔王の役でさ、クライマックスに勇者と握手を交わして、もう悪さはしないって改心するシーンがあるんだよ。いまはそのシーンの練習。脚本だけ読んだけど、けっこう感動するんだぜ。」

冷や汗をかきながら、言葉を重ねるぼくの顔を妹はじっと見ていた。

「まじめに答えて。文化祭なんてこの時期やってないでしょ?」

まずいな。非常にまずい。妹は妙に感が鋭いところがある。ぼくと違って、頭もいい。この十数年間生きてきて、妹がぼくのウソを見破らなかったことはない。しかも極度の心配性で、世話焼きときたもんだ。人間にはだれしも突っ込んでほしくないところがあるものだが、そこに善意で果敢に突っ込んでいくのが妹という厄介者なのだ。

 妹はぐんぐんぼくの方に接近し、目の前で冷たい目をしながらにらみつけてくる。

「いやさあ、由紀ちゃん。俺ね、見てのとおり友達いないでしょ?それで、寂しくなっちゃってさ。恥ずかしい話なんだけどね、イマジナリーフレンドっていうものを考え出したわけよ。由紀ちゃん、イマジナリーフレンドって知ってる?」

妹は首を横に振った。

「そうだよね。由紀ちゃんみたいに友達がいっぱいいる人はわからないかもしれないけどね。俺みたいに全然いないやつはさ、友達つくりたくても出来ないわけじゃん。そうするとね、自分の妄想の中で友達をこしらえちゃおうと思うわけ。それがイマジナリーフレンドね。だれもいないプライベートな空間ではさ、たまにその空想の友達とおしゃべりしてるんだよね。設定もけっこうしっかりしてんのよ?名前はジョニー・フランシス・デーモン。イギリスから来た留学生で、武術の達人よ。柔道で強くなりたくて、本場の日本にやってきたんだ。」

妹はふーんと言って、それきり黙ってしまった。どうだろう?うまくごまかせたのだろうか?

「まあね、お兄ちゃん、友達いないものね。ちょっと気持ち悪いと思ったけど、それはしょうがないわね。昔から少し変わっているところがあったし。でも、友達がほしいと思っているのは安心したわ。昔は『友達なんていらないよ。信用できないから。』って言って、いつも孤独に本ばかり読んでいたのに、最近は考えが変わったのね。わたしとしては、多くはなくてもいいけど、何人かは友達がいてほしい。自分の中にばかりひきこもってばかりいないで、少しは他の人と話してほしい。本当にそう思うわ。」

妹はそう言って深いため息をついた。そして自分で焼いたクッキーが置いてある皿をぼくにくれて、部屋からとぼとぼと出ていった。なんとかやり過ごせたのはよかったが、自分の中にどことなく残念な気持ちが広がっていくのを感じた。

 妹はときどき、母親のようなことを言う。ぼくのことを心配していっているのはよくわかるのだが、正直放っておいてほしい。

 ぼくは他人を信用したことがない。でも一番信用できないのは、自分自身なのだ。他人じゃない。たぶんそこらへんが妹に伝わっていない気もする。友達をつくると、いつかその人を裏切ってしまうのではないかという不安が生まれる。ずっと、その関係が続かないのではないかという強迫観念が生まれる。それは自分に自信がないからだ。それもわかっている。しかしその気持ちを受け入れたうえで、あらためて前に進もうとも思えないのだ。

 どうしてこんな情けない人間になってしまったのだろう?いつも不安を感じるように生きているのは、どうしてなのだろう?

「ぷぷっ。ジョニーってだれのことよ!あれでよくユキちゃんをだませると思えたわね。」

「いやいや、もとはといえばお前のせいであの危険な状況が生まれたんだろうが!少しは俺の努力を認めてくれてもいいだろう?」

隣で無邪気に笑う片桐に突っ込みを入れながら、ぼくはなんとなくモヤモヤした感情を募らせていた。妹がくれた焼き立てのクッキーは、ほろ苦かった。

 

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