「だって、あなたはわたしを受け入れてくれたもの」
「ジンくん、なんで一人でお弁当食べてるの?」
眠たい午前の授業からようやく開放された昼休みに、ナツミは言った。ぼくはやっと一人きりの時間を過ごせると思い、安心して孤独のグルメをしようと弁当箱を広げたところだった。そうだった、すっかり忘れていた。ぼくは全然ひとりじゃない。こいつがいるんだった。
ぼくは弁当箱をしまってそれを包みに入れ、右手でつかんだまま席を立って廊下に出た。
「どうしたの?ジンくん。」
どうもこうもない。教室の中でナツミと話せるわけがない。だからだれもいないところに行こうと思っていたのだ。
「…。だれもいないところだよ。」
廊下のだれにも聞こえないように小さく言う。
「やだっ。ジンくんってば、だ・い・た・ん♡」
廊下の中をふわふわ浮いているナツミがぼくの耳元でくすぐったい声を出す。
「そういう意味じゃねえよ!教室では話ができないから、どこかよそへ行こうっていう意味だよ!」
思わず、全力で突っ込んでしまった。目の前を歩く先生がびっくりした表情でこちらを見てきた。あー、あー、もう。やってしまったよ。ぼくはすみませんと頭を下げてそそくさとその場をあとにした。
教室以外でぼっち飯をしたことがないのでどこに行けばよいのかわからなかった。かと言って、廊下で食べるのもなんだか気が進まない。久しぶりに屋上でも行くか。あそこならまだ春の風も冷たいし人がいないだろう。
階段をのぼり、屋上に通じるドアを開けると意外にも暖かな風がぼくの肌を触った。辺りを見回しても人影は見当たらなかった。ここならナツミと話していても大丈夫だろう。
ぼくは屋上の片隅にあるベンチに座ってあらためて弁当箱を広げる。ナツミは隣に座ってその弁当箱を見つめている。
「すごくおいしそうだね。みんなで食べればもっとおいしくなると思うよ。」
他の人なら皮肉に聞こえるようなセリフも、ナツミは気にせずに言う。彼女は純粋に、心の底からそう思っているのだろう。はあ。ぼくはため息をついた。澄み切った目をしたこの少女に負け犬の遠吠えのような言い訳をしなければならない自分が悔しかった。
「あのな、人間の中には金をもっている人もいれば金をもっていない人もいるだろう?異性にモテる人もいればモテない人もいる。性格がよい人もいれば悪い人もいる。同じように、友達がいる人間もいればいない人間もいるんだよ。」
「うん。」
「わかるか?俺もずいぶん考えた。なぜこれほど違う人間がいるのか?なぜあのような人間になりたいと思ってもなれないのか?」
ぼくはゴクリとつばを飲み込んだ。なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。
「個性なんだよ。変えられない、かけがえのない個性なんだよ。生まれもった環境が、受け継いだ思想や価値観が、身体の隅から隅まで、心の奥深くまで染み通っているんだ。だからこれだけ多種多様の人間がいる。人はなんにでもなれるわけじゃない。そこには制限がある。自分ではどうしようもできない、抗うことのできない性質がある。自分を形作っている『核』があるんだ。
俺はもともと人付き合いがいい方じゃないし、自分から他人の輪の中に入っていきたいとも思わない。むしろ、一人で何かをする方が好きなタイプだ。その性格に対していいとか悪いとか判断するのはおかしいだろ?だって一つの個性なのだから。
なあ、もう納得してくれよ。俺は暗くて、いつも一人ぼっちで、陰気でひねくれたヤツなんだよ。そしてそのことを別に悪いとも思っていない。そういう性格なんだ。それを他人がかわいそうと思おうが不幸だと思おうが知ったことじゃない。だって俺はそれで幸せなのだから。」
ぼくはできるだけやさしく、語り掛けるようにナツミに言った。事実、ありのままの自分を伝えたつもりだった。ところが彼女はむっとしたような顔をしてぼくに言った。
「それはちがうよ、ジンくん。全然ちがうよ。なんでそんなに自分を卑下するの?ジンくんはすごい人間だよ。やさしい人間だよ。だれかのために努力することができる人間だよ。
うそをつかないで。ジンくんはひとりでいることを愛しているわけでもなければ、幸せだと思っているわけでもない。ただ、怖いだけなの。臆病なだけなの。人と関わって、自分が傷ついたり他人を傷つけるのが怖いだけ。
でも、人とのつながりってそういうものだとわたしは思うの。全力でぶつかって、全力で痛い思いをして。そうやって分かり合っていくんだわ、きっと。だからこそ、だれかとご飯を食べたほうがいいと思うわ。」
ぼくはあっけにとられてしまった。小学生に説教される高校生なんて、世界中探してもぼくくらいだろう。どうして彼女はこんなにもぼくを信じているのだろう?不思議でしかたがなかった。
「いいよいいよ、ひとりで。」
「でも、さびしいと思うわ。本当は友達がほしいって、昨日も言ってたじゃない?」
「あれは妹をごまかすためだろう?方便だよ、方便。」
「方便じゃないわ。心の底では、そう思っているわ。」
「しつこいな。なんでそこまで言い切れるんだよ?」
「だって、あなたはわたしを受け入れてくれたもの。」
そう言って悲しそうに、寂しそうに笑う少女に一瞬見とれてしまった。どうやらぼくはこいつの笑顔に弱いらしい。
「たとえばあの人に声をかけてみたらどうかしら?」
突然ナツミは向かい側のベンチの方に指をさした。見ると、男子高校生が一人、前かがみに座ってゲームをしていた。
あれは一番声をかけちゃいけないタイプだろう…。ぼくはため息をついた。
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