「ずっと見てきた」
とはいうものの、あまりにもわからないことが多すぎる。不本意だが、この気持ちの悪い悪質なストーカーに聞いてみるほかはあるまい。
「ええと、『きわめて古典的で、伝統的なストーカーさん』。いろいろ聞きたいのだが。お前が俺の守護霊だということは、一応認めるとしてだな。それじゃあ、ずっとお前は俺の近くにいたということだな?」
「そうよ。」
「どうして今になってお前の姿が見えるようになったんだ?俺はいきなり霊能力者として開眼したとでもいうのか?」
「ふふん、ジンくんにしてはいい質問ね。教えてあげる。わたしね、ママと交渉したの。ママっていうのは、霊界でのわたしの保護者でもあり、仕事請負人でもある人ね。その人に、あなたがわたしの姿を見ることができるようにしてもらったの。今までのわたしの幸せポイントと交換してね。だから、守護霊であるわたしが見えるのはあなたの実力じゃなくて、わたしの実力よ。」
…。正直、なにを言っているのか全然わからない。霊界のママ?幸せポイント?いったいなんのこっちゃ。
「ええと、整理してもいいか。とりあえず、わかることから。もとから、お前は俺の近くにいた。俺の守護霊として。今までずっと、俺のそばに。だけど、その幸せポイントとやらで交渉して、俺にもお前の姿が見えるようになった。」
そのとき、何かが引っ掛かった。
「ん?ずっと俺のそばに。どんなときでも?どんなことをしてても?」
「うん。そうよ。どんなときも、どんなことをしててもね。」
「俺がトイレにいるときも、着替えているときも、お風呂に入っているときも?」
「そうよ。あなたが用を足しているときも、その美しい裸体を見せているときも、体を洗っているときも、全部全部全部見てきたわ。それから、あなたが中学校の体育祭でジャージを裏表にして着たり、あなたが修学旅行にかこつけて、話したこともない気になるクラスメートの子に告白して振られたり、エッチな雑誌を読んで興奮してたり、家で✕✕したり、〇〇したり、△△したり、、、。」
「え、じゃあ、▲▲も、□□も、◇◇も?」
「そうよ、全部全部ぜーんぶ!!!」
最悪だ。この女、最悪だ。俺の消したい過去の記憶も、恥ずかしい性癖も、悪い癖も、俺のやってきたあくどい事も、すべて知っている。怖い。怒るとか許すとかじゃなくて、単純にものすごく怖い。
しかも、そのことをすべて知っている上で、改めて俺のことが好きだなんて狂っているとしか言いようがない。
しかし、ひとつだけどうしても知りたいことがあった。
「お前さ、俺がはじめて彼女ができたときのこと覚えてるよな?」
「ええ、覚えてるわ。忘れるわけないでしょ、あのゲス女。」
「ゲス…。お前な、やきもち焼くなよ。こどもだからしょうがないかもしれないがな、自分が好きな男がいいと思った女を悪く言うな。性格悪いぞ。」
「性格悪い!?このわたしが?それだったら、あの女の方が性格悪かったわよ!藤本美咲。ジンくんと同じ軟式テニス部に所属する二つ下の後輩女子。よりにもよってジンくんが受験生になる中学三年生の四月に不運にも入部してきて、ことあるごとにジンくんに猛アプローチ。ゴールデンウィークにデートをする約束を取りつける。
ボウリングをし、カラオケで歌い、カフェでまったり過ごし、そして5月5日午後5時47分37秒、帰り際になんの脈絡もなく告白。なんでOKしちゃったのよ!!あんなの地雷女に決まってるじゃない!!」
「別に、デートに誘ったり、あっちから告白したりするのは悪いことじゃないだろ。好きだったんだから。俺だって、ちょっといいと思ってたし。」
「そういうことを言っているんじゃないの、優しすぎバカジンくん!!なんで日頃の彼女の仕草とか行動とかから、性根が悪いことを見破れなかったの?そこを責めているのよ、わたしは!
ジンくんと付き合ったあとの彼女の振る舞いはそれはそれはひどかったわ。まず、デートは遅刻してくる。自分の宿題をすべてジンくんに丸投げ。甘えるようにキスをねだるかと思いきや、いきなり不機嫌になったりする。あの情緒不安定めんどくさすぎ女!
それにね、あの女、自分に彼氏がいるのにほかの男と毎晩毎晩ラインしてたのよ、まったく信じられる?
わたしだってね、最初は二人の恋愛を応援しようと思っていたわ。でもね、だんだん、だんだん、腹が立ってきたわ。なにより、こんなひどい女に騙されているジンくんがかわいそうでかわいそうでしようがなかったの。それで、彼女が本当にジンくんの生涯のパートナーにふさわしいかどうかを確かめることにしたのよ。」
一息にそこまで話し通して、彼女は自分の気持ちを落ち着かせるように下を向いて深呼吸していた。顔を上げると、さっきまでのかわいらしい表情とはうってかわって、闇のオーラを放つ鬼のような形相をしていた。眉間にしわを寄せ、目は吊り上がり、口元はひきつっていた。人差し指を一本突き出して、こういった。
「わたしの一つの能力。人間の夢に潜入することができる。覚えておいて。
夜な夜な彼女の枕元に忍び寄って、夢の中に潜り込んだの。そして彼女がジンくんのことだけを見て、ジンくんのことだけを愛せるように特別なレッスンを受けてもらうことにしたの。眠ると彼女は教室の中にいて、黒板の前にいるわたしから愛の手ほどきを教えてもらうのよ。とっても素敵でしょ?
まずは、言葉づかいから直させてもらったわ。ジンくんにはいつも尊敬と愛情をもち、決して逆らうことがないようにつねに敬語で話させる訓練をさせたわ。それから、一日三回は『ジン様、わたしはあなたを愛するために生まれてきました。今日もあなたのために尽くします。』と心をこめて言うこと。気持ちから言葉が生まれるように、言葉からも気持ちが生まれるわ。当然の話でしょ?
それから、食事の作法、日ごろのおしとやかなふるまい、おいしい料理の作り方、ジンくんへの正しい甘え方、デートでの正しい行動、すべてみっちり叩き込んだの。でもね、教えても、教えても、彼女てんでなにもできないのよ。最後には灰色の目になって、動かなくなってしまったわ。」
「やっぱり、あれはお前の仕業だったのか…」
ミサキはぼくと付き合った当初とても元気がよい女の子だったが、次第に精神をわずらって、暗く憂鬱な表情を見せるようになった。しまいには体調を悪くし、学校にも来れないことが何度もあった。そんなとき見舞いに行くと彼女はベッドの中から顔をのぞかせ、弱弱しい声で、眠ると小さな女の子が見えるの…。と繰り返し繰り返し訴えていた。いまようやくあの出来事の謎が解けたわけだ。しかしまさか自分の守護霊が嫉妬から悪さをはたらいていたなんて!そんなことだれが想像できるだろう?
「まあでも、その程度の女だったっていうことよ。別れて正解だったわ。だけどちょっと別れるのが遅すぎたかもね。付き合ってから別れるまで半年もかかったんだもの。すぐ別れれば、受験勉強にもっと専念できたはずだわ。もっとも、あのとき告白されて振っていれば、一番よかったんだけど。」
そう言ってほほえむ彼女は、なにかを再確認するようにうんうんとうなずいていた。いつも大切に心の中で温めている、狂気と言われても仕方ないような一つの確かな「なにか」を。
「やっぱり、ジンくんにはわたししかいないの。だって、いつもジンくんのことを想い、ジンくんのために行動し、ジンくんを守り続けているのは、このわたしなんだから。わたしはジンくんと結婚したい。いやちがうわ、わたしたちは結ばれる運命にあるんだわ。」
彼女はぼくの手のひらを、なにも触れることができない寂しげな小さな手で包み込んだ。そして、とてもやさしげな女の子の表情をしてぼくの顔を見つめていた。ぼくはドキドキした。こんな表情をしている女の子をみたのは、生まれてはじめてだったから。
「だからね、ジンくん。わたしに協力して。一生のおねがい。
人を助けてほしいの。救ってほしいの。」
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