「きわめて古典的で、伝統的なストーカー」
しかし彼女がぼくのもとから離れることはなかった。
そればかりか、よりしつこくぼくが彼女の存在を気づいているのかどうかを確かめようとしているようだった。
その少女はぼくの隣で手を握ろうとあくせくしていたのかと思えば、次の瞬間自分の腕を精一杯に広げ始めた。すると、風も吹いていないのに彼女の体は上へ上へと持ち上がり、ぼくの目線の高さほどでぷかぷかと空中に浮かんでいた。まったく、信じられない光景だ!
それから彼女はぼくの顔にできるだけ近づいて、目の前でじっとにらみつけたり、アカンベーをしたり、変な顔をしたりして、ぼくの反応を見ていた。
正直、うっとうしいこと限りない。
なにより、前が見えないので単純に危ない。
試しに立ち止まり、キョロキョロとあたりを見渡してみたが、ぼくの視線の方向には必ず彼女の変顔があった。
やれやれ、困ったものである。
仕方がないので、追っ払うことにした。
「なんなんだよ、お前。」
こういうとき、もっとも効果的な方法は威圧である。圧倒的な恐怖を植え付けて、相手が自分からいなくなるのを待つ。たとえ相手がこどもでも、容赦はなしだ。
幸いぼくの顔は父親ゆずりで、もとから少し怖い。そこにちょっとでも眉毛を寄せたりすると、そこら辺のヤンキーくらいの顔にはなれる。十分に相手を怖がらせることは可能だ。
そのはずだったのに。
ぼくの声を聴いたとき彼女の瞳は先ほど以上にぱっと光り輝いていた。あまりにもまぶしくて、直視できないくらいに。思わず目をつぶると、頭の中に歓喜の声が次から次へと現れては消える。
「ジンくん、わたしのこと見えるのね。やった!やっぱりそうだと思ったの!ママに頼んで正解だった。これで、ずっと一緒ね。わたしだけが悲しい思いをしなくてすむのね。本当に今日はなんてすばらしい日なの!ジンくんがわたしの存在に気づいてくれるなんて。ああ、もう、大好き!」
彼女はぼくの体に抱きついてキスをしようとしていたが、彼女の手は空を切り、彼女の唇は僕の唇に触れずに、彼女の顔全体がぼくの顔の中に埋まっていった。それは本当に気持ちの悪い気分だった。彼女の体がぼくの体の中に入っていくような感じだった。
びっくりして、後ずさりすると彼女は悲しげな視線でこちらを見つめていた。
「お、お前は、お前は誰なんだ?いきなり俺のあとを追いかけてきて、電柱の陰に隠れているかと思えば、今度はいきなり抱き着いてくるし。
そうか、新手のストーカーか!最近のストーカーは気持ち悪いおっさんじゃなくてお前みたいな女子小学生も手を出すものなのか!
それに、さっきは空中に浮かんでいた!絶対に、人間じゃない。それとも、俺の頭がおかしくなって変な幻覚でも見ているのか!」
ぼくの声は得体のしれないものに対する恐怖で震えていた。その様子を、彼女は得意げに満面の笑みで見ていた。ぼくは女子小学生に生まれて初めて恐れを感じていた。
彼女はまるで塾の人気講師が生徒に大事なことをいうときにするように、右手の人差し指を一本突き出して言った。
「ジンくん!今日は特別大サービスにあなたの質問にすべて答えてあげる!
まず、わたしはストーカーではないわ!あなたのファンであり、追っかけよ!ただ、あなたを見ているだけ。あなたの近くにいるだけ。それ以外のことは、ひとつもした覚えはないわ。ジンくんのほっぺにちゅっちゅしたり、ジンくんの体を触ったり、ジンくんのきれいなご尊顔をペロペロしたり、そんなことは一つもした思い出はない。だって、できないんだもの!しようと思っても、あなたの体には物理的に触れることができないのだから!
それに、もし仮に、仮にね?わたしがストーカーだったとしても、『新手のストーカー』とか、そういう言い草はいかがなものかと思うわ。気持ち悪いおじさまだけがストーカーをやっていいなんて誰が決めたの?変質者になる権利はもちろん女子小学生だってもっていいと思うわ。
わたしはあなたのファンであり、その領分からは一歩も出ていないと自負してる。でも、『ストーカー』という響きは主観的であって、なかなか客観的にはならないものよ。もしジンくんがわたしのことを悪質なストーカーだというのであれば、わたしは甘んじてその称号を受け取るつもりよ!でも、『新手のストーカー』だけはちょっと…。せめて『きわめて古典的で、伝統的なストーカーさん』と呼んでほしいわ。
それから、最後の質問。わたしはもちろん人間ではない。でも、人間だった。わたしは死んだときから、あなたを想うあまり守護霊となってあなたのそばに付き従うことを選んだの。だから、あなたの気が狂ったのでないことは、自信をもってわたしが保証するわ。」
つばを吐きながら、早口言葉を延々と繰り返すようにまくしたてる一人の少女にぼくは少々あきれてしまった。また、よくしゃべる女だこと。こんなやつが自分の守護霊だなんて、本当に先が思いやられるものだ。
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