55限目 どうしてこんなところに〇〇が!?

 なるほど、ならばこの人だかりも納得できる。筐体の感じから言って、同作の最新シリーズが設置されているのだろう。そうだとしたら、僕だってプレイしてみたい。


 そんなときだ。周囲が一瞬ざわつき、同時に「ケーイオー!」と心地のよいボイスが鳴り響いた。僕はとっさに画面を見た。筋骨隆々の金髪オールバックの男が拳を掲げ、相手の熟練の甘さを指摘するかっこいいセリフを放っている。その下に、示されている連勝数が、八に変わった。


「ねぇ、たっくん。見えないよ」


 振り返れば、灯里が埋もれていた。ただでさえ細い体が、さらにスリムに押しつぶされそうになっている。


「ごめん、灯里。こっち、えーっと、すいません」


 僕はつないだ左手を引っ張って、なんとか人の隙間に右手を差し入れる。だけれど、そこから右手は思うように力が入ってくれない。腕ごと広げようとすれば、刺すような痛みが腕に走った。


「痛っ」


 その痛みに思わず怯んでしまったときだ。


「たっくん大丈夫!? 無理しない……わっわっ!」


 何かの拍子に、急に灯里の上半身がこちらに滑り込んできた。下半身はだれかの足にひっかかかったままだ。そのまま灯里はバランスを崩して、僕になだれ込んできた。


「った!」


 その勢いで、僕たちは固まりの中からはみ出して、ゲームプレイ席のすぐ横に倒れこんでしまった。僕はしりもち、灯里は僕の胸板に鼻をぶつけたみたいで、梅干しみたいな顔をしている。


「大丈夫? 灯里」


「んー! 大丈夫。ごめんね、たっくん」


 灯里の無事を確認したものの、周囲の状況としては全然無事ではなかった。これだけの人口密度の空間で男女がもつれながら転倒すれば、嫌でも注目される。僕に覆いかぶさっている灯里の後頭部には、本人が見れば緊張で息が止まってしまうのではないかというほどの視線が向けられている。注目されるのが苦手な灯里には、とてもつらい現実がすぐ迫っている。僕は一瞬のうちにいろいろな手段を考えたものの、打開する方法はとても思いつきそうにない。


「なんだ、井出じゃないか」


 その僕の後頭部から、聞きなれた声がする。まさかと思って振り向けば、そこには見慣れた顔があった。



「先生!?」



 その声の主は、僕の学校の先生、斉藤太、その人だった。



「お前ら、何してんだ? ほら、立て」


 斉藤太。それは、僕が今所属しているゲーム部の、顧問。

 その人が、手を差し伸べてくれていた。


「すみません、先生」


「岩切も、ほら、立て。目立ってるぞ」


 先生のセリフに、灯里はまるで雷にでも打たれたように飛び上がった。周囲から向けられる視線から逃げるように、僕の背中に顔をうずめている。その様子を、筐体の椅子に腰かけた先生が何かを悟ったように見上げている構図だった。


「……デートか?」


「はは。まぁ、そんなところです」


「そうか」


 僕が笑ってごまかすと、先生はとたんに興味を無くしたように、ゲーム画面に振り返った。その時、背中から小さく「否定しないんだ」と聞こえた気がした。


「先生は、ここで何をしているんですか?」


「ああ、これな」


 先生の画面には連勝数の八という数字がでかでかと表示されている。それを引き裂くように稲妻のようなエフェクトが走り、「Here Comes A New Challenger」とかっこよく流れた。


 どうやら、ここを沸かせているプレイヤーはずばり斉藤先生で、相手を片っ端からやっつけているようだった。今対面に座った男はこれから先生に挑もうというところなのだろう。


「――まぁ、ちょっとした研究だよ」



 画面は荒野に移り変わった。と同時に、筋骨隆々のオールバック金髪キャラが拳を突き上げ、相手に振り下げる。「命知らず。俺に挑んでくる奴の共通点だ」というセリフが自信の表れなんだろうな。キャラクターネームは「HEKITOヘキト」、斉藤先生が使っているキャラみたいだ。


 続いて、やたらと丈が短いチャイナ服を着た長髪の女性が、バク転をしながら入場、体のしなやかさを見せたかと思えば、中国拳法さながらの鋭いケリを突き出している。「料理のコツはたった一つ。アツアツね!」と微妙によくわからないことを言っているけれど、笑顔がかわいらしい。キャラクターネームは「LEIRINレイリン」、これは対戦相手のキャラクターだろう。



 キャラクターが左右に相対している、よくある格闘ゲームの構図だった。キャラクターは最新の3Dで作られていて、リアルともアニメとも、ちょうどいい塩梅のかっこいい感じだ。


「Round1, Let`s Groove!」


 ノリノリの英語アナウンスが叫ばれると、バトルが開始された。


 相手のキャラクターはガンガン攻めてくる。軽量級のキャラクターなのか手数が多く、先生はガードを崩され、簡単にHPを持っていかれてしまっている。


「敵さん、うまいですね」


 やりこむとまでは行かないまでも、僕も男としてそれなりにゲームはやってきた。中でも格闘ゲームは友達と遊んだほうだ。決して強い方ではなかったけれども、基本は理解していると思っている。

 そんな僕から見ても、敵はうまい。先生の反撃をしっかりガード、ジャンプでうまく躱したり、攻めの展開を維持している。


 そんな第一ラウンドは敵のペースのまま進行し、先生のキャラクターのHPはあっという間にゼロになった。

 この展開に、おお、という声が沸いた。連勝記録を作っている先生をいとも簡単に倒して見せたわけだから、当然だろう。これは期待ができる、だれしもがそう思ったのだ。


「ふむふむ。なるほどなー」


 だけれど、先生は特に悔しそうにしている様子はなかった。筐体の隙間に描かれたコマンド表を確認しながら、レバーを逆手持ちでガチャガチャと動かしている。そして次のラウンドの開始を促す画面に切り替える直前、先生はつぶやくように言った。



「オッケー、もうわかった」



 その言葉の意味を僕が理解するのに、時間はそれほどかからなかった。

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