54限目 琢磨と灯里の昔話
灯里とは幼稚園からの付き合いで、いわゆる、幼馴染だった。気のおけない間柄、でもあるのだけれど、時たま、なんとも言えない空気が二人の間に流れることがある。それは別に重大な問題という訳ではないのだけれど、居心地の悪さを感じるには、十分な理由だった。
そのきっかけがあるのだとすれば、僕は空白の三年間がそうさせたんだ、と答える。
空白の三年間というのは、まるっと中学生の間のことだ。どうして空白だなんて感傷的な表現をするのかといえば、その期間、僕と灯里の時間は文字通り存在しなかったからで、具体的には、二人が会うことがなかったからだ。
灯里は親の都合で小学校の卒業と同時に大分へ引っ越した。小学生の僕にとって東京と九州という距離は絶望的で、それは二人の間を引き裂くという意味において決定的だった。僕はもう二度と彼女に会えないのだと、その時はそう思ったのだ。だから僕は見送りにも行かなかったし、約束していた手紙も書かなかった。そういう、二人の関係を印象づけるような行いは、僕にとっても彼女にとっても、良くないことと考えていたのだ。だって、二人は二度と会うことはないのだから。
ところが、彼女はたった三年で戻ってきた。それも、同じ高校にである。二度と会うことはないと思っていた人物と毎日顔を合わせることになったのだ。
たった三年とは言いはするけれど、最も多感な時期を別々の環境で過ごせば、それはもう知らない世界の住人だ。灯里は九州の訛りが出るようになったし、眼鏡をかけるようになったし、おとなしくなったし、引っ込み思案になった。
でも確かに僕の知っている灯里で、当時の思い出はちゃんと共有できる。あんなことあったよね、とか、そういう話題をふるのは決まって灯里だったけれど。
そういう、微妙な違和が、この空気を生み出すのだと思う。よく知っているけれど、知らない関係。そんな言葉が、僕たちには合っている。
「ごめんね、付き合わせてしまって」
ショッピングモールに到着して、その広大な回廊を歩き始めたときに、灯里が言った。
「すぐ謝る」
僕が意地悪そうにいうと、彼女は笑った。
「ごめんね、あっ」
そうして二人で吹き出す。
「そういうときは、ありがとう、でいいんだよ」
「そうでした」
「それに、僕も助かっているんだから、おあいこだよ」
回廊沿いにはおしゃれな洋服店が立ち並んでいる。流行を抑えた若者向けのブランドから、マダムご用達のハイブランドまで。僕一人なら絶対に歩かないような、そういう眩しい場所だ。
僕たちの町にある最大級のショッピングモールは、この町の需要をほとんど満たしてしまうのではないかというほどの規模がある。どちらかといえば町のはずれにあったこの場所は、広大な土地を有効活用した成功例の一つだ。延長された回遊道からも、大通りから車でもこられる。中に入ればなんでもそろう。そんな便利な場所だった。
灯里とは月一くらいの頻度でここに来る。特に約束事があるわけじゃないのだけれど、彼女がこの町に戻ってきてから、自然とそうなった。
「灯里に選んでもらう服は、みんなにも好評なんだよ」
最初は彼女に付き合う形だったけれど、今ではどちらかといえば、僕のために彼女が付き合ってくれていると言ったほうが正しいかもしれない。あまりおしゃれに関心のない僕は、彼女がおすすめしてくれた服をここで買っているのだ。
「灯里はおしゃれさんだから」
僕は素直にそう思っている。今日もワンピースが決まっているし、眼鏡をはずして髪をアップにしていて、それが凄く似合っている。きれいだと思うし、それは学校の誰かと比較したって、全然負けてない。いつもそうしていたらいいのにと思うのだけれど。
「えー、そうなん? リップサービスだよ」
でもどういうわけか、灯里は学校ではそうしない。
「そんなことないよ。僕なんかいつも選んでもらってるからさ、友達と遊んだときとかいつもどこで買ってるのって聞かれるんだけど、答えられなくて」
「それでまた謎が深まっちゃうんだ」
僕はあまり自分のことを他人に話す方じゃないらしい。別に秘密しようとか隠し事をしようとか、恥ずかしがり屋とか。そういうわけではないのだけれど、確かに、同世代の男子に比べれば、俺はこれがすごいとか、こんなことやったとか、そういう、自分の功績を話したりはしないかもしれない。
だからなのか、謎が多いとかよく言われる。掴みどころがない、とも。まぁ、それもあまり気にしていないのだけれど。
「あれ、ここって」
いつものルートで回る中、映画館の近くについたとき、灯里が急に立ち止まった。
「先月は工事中じゃなかったっけ」
灯里はその場所を指さしている。確かに言われてみれば、先月までは白い壁のようなものが立ち並んでいて、いかにも改装中の体裁だったはずだ。
それが今では、キレイなガラス張りが施された、都会的な雰囲気に生まれ変わっている。
「いってみよっか」
眩しいライトの反射によってわからなかった店内は、近づくにつれてその全容が明らかになっていく。
「ゲームセンターだ」
僕たちは吸い込まれるようにして、ガラスの自動ドアをくぐっていく。それと同時に、けたたましい音たちが僕たちを飲み込んでいく。
「今時珍しい」
僕が育ったこの町は、比較的新しい街だった。唯一のゲームセンターも、ずいぶん昔につぶれてしまったのを思い出す。
店内のアミューズメントはどれも最新の新品のようで、とにかくキレイで派手で、この騒がしい感じ、わくわくさせる感じが、とても懐かしかった。
「ねぇ、たっくん。あれ、すごい並んでるよ。なにかな」
灯里が指さしたあたりには、人だかりができていた。それも、よく見ればかなりの量だ。みんなその体を押し込みあって、それを囲んで、食い入るようにしてみている。
「なんだろ」
もはや人がひしめき合っていて、なんのコーナーなのかはわからない。背の低い筐体がいくつか並んでいて、それを人が囲うようにしているのだ。
灯里の手を引いて、人込みをかき分けていく。近づいてみれば、人込みの頭越しに、その筐体上に設置されたロゴが目に飛び込んできた。
「
それは幼少のころより聞きなれた、格闘ゲームの名シリーズの名前だった。
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