52限目 その名の由来

「Get your loots」


 迫力あるデスボイスと共に、画面は暗転から光を取り戻していく。浮かび上がったのは、禍々しさ全開の小さな泉だ。その形状もそうだが、何よりそれを満たしている水の色が形容し難い。魔法使いが何やら棒なりを突っ込んで掻き回していたのなら、間違いなくそれは「ヤバイやつ」と言い切れる代物だ。


「これは一体なんなのですか? 暗黒ジュースですかね」


 その暗黒ジュースとやらが一体なんなのか、俺には全く見当がつかないが、特に触れずに説明する。


「これはカードの泉だ」


「カードの泉?」


「そうだ。戦闘が終わると、その報酬としてカードをゲットできるんだ。まぁ、イメージとしてはあれだ、魔力の泉から具現化したなんたらだ。ほら、マウスを使って掻き回してみな」


 泉には杖のようなものが刺さっており、そこには簡易化した手のひらのアイコンが乗っている。マウスカーソルを合わせてドラッグすれば、ぐるぐるとその内容物をかき混ぜられるという仕掛けになっている。ガチャポンで言う所のレバーを回す行為という訳だ。


「こうですか?」


 悠珠はマウスを使って、性格が反映されたような綺麗で正確な円を描いている。杖の軌跡はキラキラと光を帯びている。


 続いて、その泉が沸騰しはじめ、終いには吹き上がった。画面上部からはカードが舞い降り、順番に表向きになっていく。


「LoSはトレーディングカードの要素もあって、こうして試合終了後に得られるカードでデッキに組み込めるカードのバリエーションを増やせるんだ。ちなみに勝った時の方が増やせる枚数は多い」


 こうして戦闘を繰り返すことで新たなカードを増やし、戦略を広げる。コレクション要素が射倖心しゃこうしんあおり、プレイヤーを再び戦地へと送り出す。この循環が本作はとてもうまく機能しており、麻薬的なリピート性を生んでいるのだ。


「あ、なんか新しいカードみたいです」


 因みにカードの種類が少ない序盤は補正がかかり、既存カードとの重複が少なくなるようになっている。そんな手前、今回追加された七枚は全てNEWカードだ。


「先生、これは何ですか?」


 悠珠が指し示したのは、一際ひときわ目立つ一枚だ。禍々しく派手なエフェクトが施されたそれは、一目でレアリティが高いことがわかる。


「おお、それはレジェンダリーカードだな。って、そいつは――」


 カードにはレアリティがある。下からコモン、アンコモン、レア、スーパーレア、レジェンダリーと五段階になっており、レアリティが高いものの方がコストも使用インパクトも大きいものになる傾向にある。勝利時にはスーパーレア以上一枚が約束されているのだが――



「『デビルズ・エッグ』?」



 それは、カードの縁は赤く彩られた、赤のモンスターカードだった。漆黒の背景に、黒の濃淡だけで一つの卵が描かれている。表面は台風のような渦巻き模様と、ヌメヌメとした液体のようなものに包まれた質感。


 明らかにヤバイものが詰まっている。そんなタマゴが一つ、鎮座しているのだ。


「なんだか気色悪いですね。ステータスは……0/10? 弱っ。って、これでコスト666CPって、高すぎませんか!?」


 そこに表示されている戦闘ステータスとコストの乖離かいりに、悠珠は驚きを隠せない。何よりそうじゃなくても、そもそものコストがあまりにも高く、それは大抵のカードの十倍近いのだ。


「ええ〜、せっかく勝ったのに……」


 初勝利の報酬がこんな残念カードなんて。

 そんなテンションの悠珠の肩に手を乗せて、俺は画面を指差した。


「まぁ初レアがこんなカード、という気持ちはわかる。が、何もこのカードは使い道が無いゴミという訳ではないんだ。カードにカーソルを合わせて右クリックしてみろ」


 その言葉通りに操作すると、カードに表示されていたステータス表示エリアが横にスライドされ、新たな内容が表示された。


「カードには固有の能力を持っている事がある。これはそんなカードの典型なんだ」


「なるほど……。特性①・壁、ってなっていますが……」


「壁は能力制限の一つだ。具体的には侵略に使えず、さらに移動させられない」


「ますますゴミじゃないですか!」


 年頃のおしとやかな女性からゴミと罵られるとたまったもんじゃない。悠珠の口から放たれると、その攻撃力も割増だ。


「まぁまて、その次」


「えっと、特性②・進化、モンスターカードを破壊。……これは?」


「進化は次に示された条件を達成すると、別のカードに変化する特性で、こいつの場合は、他のモンスターカードを戦闘で破壊することがその条件だな」


 その説明を受け、悠珠は画面に向かってため息をつき、そして頬杖をついた。


「と言っても、自分から戦闘を仕掛けられないし、その上この貧弱さ。無理難題を押し付けられていますが、一体何があるっていうんですか? 労力に見合うんですかねぇ」


 自分から戦闘を仕掛けられず、HPも最低クラス。その上コストも高い。初見でその価値を見出す方が難しい、レジェンダリーカード。


 しかし、どんなカードにも意味がある。

 それがLoSだ。



「……生まれるんだ」


「……一体、何がです?」



 それは、LoSにおいて最凶・最悪の悪魔――



「――デビル・エンペラー。通称・破壊神。手のつけられない、厄災級のモンスターだ」



 LoSのにおいてトップクラスの戦闘力を持つのが、このデビル・エンペラーだ。全モンスター中最高のHPと攻撃力を持ち、あらゆる侵略を弾き返す強力な特性を持っている、反則級カード。


 が、それをお目にかかる機会は極端に少ない。


「……とはいえ、お察しの通り、進化の難易度が桁違いでな。博打といって差し支えないし、仮に進化できたからと言って、対策が無い訳じゃない。と言ってもそれは十分困難だけど、まぁ、勝つために入れるカードかって言われたら……」


 ここまで説明して、俺はその視線にようやく気がついた。


「……神埼?」


 その黒目が、部屋の照明を乱反射して煌めいている。いつもの謎のキラキラが、ついにおめめからも放たれてしまっている。


 そんな、何かの魅力に取り憑かれてしまっている少女が、俺を見上げていた。


「先生」


「は、はい?」


「私は、とても良いカードを引いたような気がしています!」


 その胸の前で握られた手が、まるで神様に感謝するかのようだった。





「自宅に戻ったら、さっそくインストールしてみたいと思います」

 

 学校近くの駅。今朝方待ち合わせたその場所に、再び俺たちはいた。


「おう。何かわからないことがあったら、連絡してくれ」


「そうします」


 その後、悠珠は数試合を部室で楽しんだ。ストーリーモードを進めながら連戦連勝、レアカード数種類も手にして、すっかりご満悦だ。LoSは悠珠のおメガネにかなったらしい。


「でも良かった。これでお盆に退屈しないで済みます」


 少女は交通IDカードケースを口元に当て、はにかんでいる。その格好がお嬢様風だから、それはとても絵になった。まるで、遠く旅立つ彼女を見送る、みたいな。


「……ほどほどにな」


「安心してください。それで勉強を疎かにしたりしませんから」


「ならいいのだが」


 俺が胸を撫で下ろすと、悠珠はますますご機嫌なご様子だ。


「では先生、また部活で」


 満足したのか、それとも早くゲームがやりたいのか。彼女はおしとやかに手を振り、改札へ消えていく。その背中が見えなくなるまで、俺は立ち尽くしていた。


「……まったく。とんでもないお嬢様がいたものだぜ」


 俺はその感傷を払拭しようと、特に意味も無い言葉を吐き捨て、その場を後にした。




 しばらくして、LoSのスレッドでとあるプレイヤーが話題になる。



 ピンク色の髪をした女性アバターを操るその人は、超難易度と言われるデビル・エッグの進化を幾度となく成功させ、対戦相手を翻弄していると言う。

 


 ――デビル・サマナー。



 それは、ロマンと言われていたカードを扱いこなすその手腕とこだわりを賞して、スレッドの住民が呼んだ名だった。

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