51限目 LoSで遊んでみよう⑤

 チュートリアルということもあって、試合は悠珠のワンサイドゲームだ。


 相手のデッキはこちらとほぼ同じ構成だが、アイテムカードが少なめになっており、さらにCPUはそれを使用しない。連戦となっており、アイテムが枯渇している状況でなければ、デュエルで負けるほうが難しい状況だ。


 そんな時だ。


「あ、やばいかも」


 そこは前の周でNPCから奪い取った土地だ。青の土地のレベル二に設置されているのは、青カードのスライム。攻撃力不足のカードだが、アイテムカード「ロングソード」を使用して攻撃力を伸ばし、そこにいるゴブリンをたたっ斬ったあとだった。この戦闘によって悠珠の手持ちアイテムカードはゼロになっていた。


 そんなマス目に、NPCが止まる。相手はそこから再びゴブリンを使用した。


「ここを奪われるのは痛手ですね」


 ゴブリンの戦闘力は攻撃力・HPがそれぞれ20/20となっている。コストが安いのが売りの平凡なカードだが、対してスライムは10/10。デュエルでは基本的に侵略した側が先手となるから、ゴブリンの攻撃によってスライムは打ち砕かれる――。


 ――悠珠はそう考えただろう。


「どうかな」


 俺の言葉に、悠珠は少々困惑している様子だった。


 モニターはデュエル画面に切り替わっている。最初に相手の手札が表示され、続いて悠珠の手札が表示されるが、それらは全てグレーアウトされている。アイテムカードが一枚もないのだ。悠珠の操作を待たず、手札が画面下部に消えていく。


 そして、デスボイスが試合開始を告げた時だった。


『土地効果を適用』


 そのポップアップが表示されると同時に、スライムのカードに青いエフェクトが付与され、HPが30に上昇した。


「えっ!?」


 ゴブリンがカードより実体化する。生理的な嫌悪感を抱く表情とボイスの小鬼は、お手製の手斧を振り上げ、スライムのカードに襲いかかる。その斧はガラスを突き破るようにして画面奥へと消えていく。同時にスライムのHPバーが20削られ、そして10残った。


「うそ……。え、また!?」


 展開に驚く悠珠に、またしてもデスボイスが驚きを提供する。


『支援効果を適用』


 今度は悠珠のスライムが実体化し、自身の形状を斧のように変化させた。そして振りかぶる直前、スライムが白いオーラに包まれ、攻撃力を示すバーが20に上昇した。スライムはそれを振りかざし、ゴブリンのカードに叩きつけた。斧は見事にカード全体を斜めに引き裂き、ゴブリンカードは朽ちるようにして消滅した。



『The game was decided』



 画面が暗転し、マップの画面へと切り替わる。見事領土を守り抜いた悠珠に、通行料が支払われる。NPCは手持ちのCPを使い果たし、最後に所持していた土地を手放している。


「……またしても想定外のことが起きました」


 呆然とする悠珠はこちらに振り返り、両手で俺のシャツを掴み、こちらを見上げている。保護欲にかられる上目遣いに、必要以上にニヤけてしまう。やっぱりかわいいは正義だ。


「順を追って説明するよ」


 俺はそう言って画面を指差し、悠珠の注意をそちらに向ける。指し示したのは今しがた戦闘が起きていた青い領土だ。



「最初、モンスターカードは土地の属性に対応している、と説明したが、この土地効果ってやつがまさにそれだ。具体的には、×10HPんだ。今回は領土のレベルが2だったので、20ぶんのHPがスライムに加算されたという訳なんだ」



 スライムは青属性の最も基本のモンスターカードだ。コストが安いから片っ端から置きやすい分、攻められると弱い。その弱点の補う方法が、この土地補正だ。


「それは無視できないですね。土地レベルは5が上限だから、最大50も補正がかかるってことになりますよね」


「そうだ。高レベルの土地はそれだけ狙われやすい。そこで、守護するモンスターと土地属性を揃えて防御力を高めることができるって訳だ」


 領土に対する戦闘は、基本的に侵略側が先手攻撃になる。その防御側の不利条件を、土地補正によってカバーする。


 そして侵略側は当然それを見越して、より攻撃力を高めるアイテムカードを使用する。


 さらに。


「そして支援効果だが、デュエル時に隣接するマスに自分の領土があれば、一マスにつき+10の攻撃力加算が受けられるんだ。今回の場合、隣に悠珠の領土が一つあったので、反撃時に攻撃力が上昇した訳だ。これは侵略側も利用できる」


 特に侵略される時は、相手の領地の関係を覚えておかないと、相手の攻撃力が読みにくくなる。そしてそこへ、アイテムカードの攻撃力が加算されるのだ。


 だから、攻撃側が何を使うのか、防御側も読みが必要になる。落としに来るのか、アイテムを無駄に使わせに来るのか。この読み合いがアツいのだ。


「もちろん置いてあるモンスターが強ければ強いほど、そこは難攻不落の城となる。いかに高い通行料でも、侵略されて落とされたんじゃ意味がないからな」


 要塞と化した土地に、いかに相手を立ち止まらせ、侵略を弾き飛ばして交通費を支払わせ、他の領土を手放させる。そうして相手のMPを下げさせ、自分はそれを高めていく。


 そうやって高度な頭脳戦の上に発生した「奪い合い」を征したものが、勝者となるのだ。


「こうなると、どの色のカードを使うか迷いますね」


「ああ。まんべんなく複数入れてもいいし、特化してもいい。そこを考えるのが、このゲームの一番楽しいところかもしれないな」


 先の打撃で、悠珠のMPはステージクリア条件を達した。悠珠のアバターは湧き上がる魔力のエフェクトで満たされている。


「勉強になりました」


 悠珠がサイコロをふると、表示されたのは最大値である六だ。そのまま悠珠は神殿まで滑り込んだ。


『We have a champion』


 デスボイスとともに、マップのあちこちから花火が打ち上がる。

 それは、記念すべき、悠珠の初勝利のエフェクトだった。


「どうだった? 神埼。このゲームは」


 悠珠はその花火を黒い瞳に映し出しながら、口を両手で塞いでいる。瞳に煌めく輝きが、とても美しい。


「はい。……ルールは少々複雑ですが、それを理解したら、きっと物凄く楽しいのだと想います。駆け引きとか、読み合いとか、だってそれは、すでにこんなに楽しいんですもの!」


 少女の屈託のない笑顔が、俺に向けられる。それは、今までに俺が目にしたことのない、とても澄んだものだった。飾り気のない、素直な笑顔だった。

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