49限目 LoSで遊んでみよう③

 続いて悠珠の番になった。引いてきたカードには、魔法的にグロテスクに「2」と描かれている。


「よし、ナイスな引きだ、神崎。そのスペルカードを使ってみるんだ」


「え、あ、わかりました」


 悠珠はダイスに触れないようにマウスカーソルを移動させ、たった今ひいてきたそのカードをクリックした。

 すると、デスボイスで「カースド・トゥー」と響き渡った。


「なんか矢印でてます」


「それを相手のアバターに使うんだ」


 指示通りNPCを対象に使用すると、心臓のようなイラストが表示され、そこに「2」という文字が光り、まるで焼印のように刻まれた。


 その演出のあと、サイコロが回転し始める。悠珠が決定を押すと五になり、悠珠は青の土地に停止した。


「置けるモンスターがいませんね」


「仕方ない。カードの引きによっては、特に序盤、何もできないこともある。……が、今注目したいのは次だ」


 悠珠がターン終了すると、NPCのターンがやってきた。

 一枚カードをドローし、特に使用せずダイスを回すと……


「あっ!」


 通常なら数字が回転するエフェクトが発生するのに、そうならない。

 代わりに、「2」という数字(血が滴り落ちている!)が浮き彫りになった。


「次のダイスを指定できるんですね!」


「そうだ。こういうのをダイスコントロール系スペルって呼ぶんだ」


 そしてNPCはそのまま二マス進み、止まったのは悠珠のケットシーが置いてある領土だ。


「これはどうなるのでしょう」


 NPCは、手札にあるモンスターカードを一枚選んだ。


 すると、「デュエル」とデスボイスが流れるとともに、画面が切り替わった。


「えっ!? えっ!?」


 画面には二枚のモンスターカードが大きく映し出されている。

 右手側には悠珠の設置したケットシーが、左手側にはNPCが使用した「スライム」が描かれている。


「ふふ。これがLoSの真骨頂、モンスター・デュエルよ」


 画面下にはNPCの手札が横一列に並んでいて、数秒の後、今度は悠珠の手札に切り替わった。各カードにはそれぞれキーボードに対応したボタンのマークが割り振られている。


「よし、初めてで混乱しているだろうから、とりあえずは『Q』を押すんだ」


「わ、わかりました!」


 悠珠が手元をよく見ながら「Q」を押すと、手札が画面下へ消えた。



 そして次の瞬間。

 モンスターが具現化した。



「わっ」



 それはまるで、絵画から半身だけ飛び出してくるそれのようだ。

 奥からせり出してくるように現れたスライムは、自身の形を斧のような形状に切り替え、それをケットシーのカードめがけて振り下ろした。


「ああっ!?」


 刹那、激しい閃光とともに甲高い効果音が鳴り響く。見れば、ケットシーのイラストの上に、重厚なシールドが現れ、その攻撃を弾き返している。スライムは自身の形状を変えて再びカードに吸い込まれていく。


 そして今度はケットシーのほうが具現化した。まるで影から生まれたかのように実体化していき、ドクロの仮面の奥で眼光を鋭く光らせたかと思えば、掲げた右手の爪が巨大化、一本一本がメスのように鋭利なそれを、スライムのカードに振りかざした。


 ズシャァ、と肉質感ある効果音とともに、スライムのカードが引き裂かれる。そう、それはまるで、絵画にナイフをつきたてたように。


 すると、画面下部に表示されていたバーが減少し、それはあっという間にゼロになった。同時に、まるで水に溶け出してしまったかのように、スライムのカードは溶けて消えていった――。




『The game was decided』




 画面に表示されたのは、血塗られた文字。


 それを、先程のデスボイスが読み上げたかと思えば、再び画面は切り替わり、マップ画面になった。



「今のは一体……」


「まぁ見てろ」



 NPCの頭上には、ポップアップが表示されていた。中央には「通行料一○○TP」と書かれ、その下左側にはNPCの現在のCPが、そしてその右側には矢印のあとに差し引き後のCPが示されていた。


 続いて、NPCにブラックホールのような模様とドクロマークが描かれ、薄紫の光球が飛んでいった。それはカーブを描いて悠珠のアバターに着弾、同時に「+一○○TP」と緑色の文字が浮かび上がった。



「はい、おつかれさん。初戦勝利、おめでとう」


 俺がそう言っても、悠珠は画面に向けて口をあんぐりと開けたまま動かない。俺が肩に手をおいてようやく、こちらをゆっくりと振り返った。


「なにがなんだか……」


「順を追って説明するよ」


 それは、このゲームの真髄である、領土をかけたモンスターデュエルだ。


「まず基本的なこととして、止まったマスが誰かの領地だった場合は、その持ち主に対して通行料を支払わないといけないんだ。支払いはCPで、支払う額はTPと同じ。今回相手は、神埼が使用した『カースド2』によって、神埼の領土へんだ」


 俺はそこらへんにあった鉛筆と消しゴムを机の上に並べ、先程のアバターの移動を再現している。


「まるでカツアゲじゃないですか」


「はは、そのとおりだ。当然相手も『はいそうですか』と支払うはずがない。そっちがその気ならとモンスターを召喚して、お前の領土を奪ってやろうときた訳だ」


「相手も相手ですね」


「その結果、領土をかけたモンスター同士の戦いが起こったわけだ。――あれが、モンスター・デュエルだ」


 領地に対してモンスターを召喚すると、その場でデュエルが開始される。プレイヤー達魔術師は、自身が召喚したモンスター同士を対戦させることで、領土の奪い合いをさせるのだ。


「では、さっきの盾のようなものは?」


「あれはアイテムカードの効果なんだ」


「アイテム?」


「そうだ。デュエル中のみ使えるカードが、アイテムカード。言ってしまえば、その場限りのモンスター専用装備品だな」


 俺は続けて説明する。


「さっきのは、神崎の手持ちにある『リアクトシールド』を使った。あれによって本来なら一撃で撃破されていたはずのケットシーは、スライムの攻撃を受け流すことができた。結果、領土は守られた、という訳だな」


 モンスター同士の領土抗争に、魔術師はアイテムを供給することで干渉する。双方のプレイヤーのカードは戦闘時に明示されるが、どちらが何のアイテムを使ったのかは、戦闘が始まってみないとわからない。


 それはまるでじゃんけんのようだ。手段を見せつつ何を出すかを読み合うという、この単純な仕掛けが、デュエルに麻薬的な楽しさを生み出しているのだ。それは、先程の独創的な戦闘エフェクトによって昇華されている。



「……ふふふ。いいですね。いいですよ……」


 悠珠の肩が小刻みに震えている。


 その腿に額をつけたかと思えば、両手をばーっと広げて、言った。



「面白いです!」



 その声は、視聴覚室に響き渡った。


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