37限目 確信に変わる時

 試合は白熱した。ゲームはすでに五回目に突入している。


 順位は、一度目の試合で俺が大富豪を取った後、基本的に俺が上位をキープしている。全体的に安定した順位なのは琢磨、続いて美月。反対に灯里は順位が低迷しており、序盤はともかく、大貧民の地獄にはまり続けている。


 気になるのは悠珠の順位だ。一度目で大貧民になったが、二度目には二位まで浮上。続いて、四位となった後、そのまた次が二位、最後が四位だ。最初の試合を除いて、二位と四位を繰り返している。


 大富豪は運の要素も否定できないゲームだ。配られたカードの良し悪しによって強さは変わってしまう。ただそれを読み合いや頭の回転でカバーできるから面白いのだ。

 そういう意味では、試合ごとに順位が安定しないことは不自然でないし、首位独走者が革命によって、大富豪から大貧民まで叩き落とされることだって当然ある。


 ――ただ、違和感がある。


 その違和感の正体に気がついたのは、八回目の試合だった。


 試合展開は中盤。カードの残量もちょうど半分といったところ。

 手札としては俺と悠珠、そして灯里の数枚が少なく、単数レースになればどちらかが首位だろうと言ったシーンだ。現在の捨て山は二枚組レース。最後に出されたのは7の二枚だ。


 ここで、灯里がKの二枚組を勢いよく捨てたのだ。


 その行為に一瞬沸き立つ。

 これは間違いなく、灯里の勝負手だからだ。


 捨て山にはすでにジョーカーが切られており、現状の最強カードは2だ。K二枚を捨てたことで、灯里の手札は残り二枚。うち一枚が2なら、このK二枚で捨て山をリセットできれば、そのまま大富豪として上がりきることができる。


 これは大富豪の常套手段だ。勘の良い者なら、その手はすぐに分かる。

 そして回避策はシンプルだ。Aか2の二枚組で灯里の手を止めてやれば良い。捨て山にはまだいずれのカードもほとんど出ていない。誰かが二枚組で持っている可能性は十分ある。


 しかし俺の手札にはAと2が一枚ずつしか無いので手は出せない。琢磨や美月も「やられた」といった表情をしている。


 残すは悠珠の手札だ。


 そう思い、俺が悠珠の方を振り返った時だ。俺はその違和感の正体に気づかされたのだ。



 悠珠は自分の手札と灯里の表情を見比べていた。


 それは秒にも満たないごく一瞬のこと。

 まるで、なにかを天秤にかけて品定めしているかのような。


「悠珠ちゃんはどう? ある?」


 そこに、灯里の視線が刺さる。早く次のカードを切りたい、そんな欲求が丸見えの前のめり仕草だ。灯里はここのところずっと負け越している。ここで捨て山をリセットすれば勝利が待っていることを確信して、すでに喜びが溢れ出てしまっているのだ。


 そして。



「私もパスです」



 悠珠はいつもの笑顔で、そう言ったのだ。




 結局、その読みどおりの展開になり、灯里が大富豪になった。次が美月、俺、琢磨と続き、悠珠が大貧民。


「ああ。負けてしまいました」


 悠珠はそう言って、残念そうに肩を落とし、残りの手札を伏せた。


「悠珠、大貧民~!」


「む、美月さん。次は負けませんよ。あ、その前に、お手洗いに」


 部員達はゲームによってハイになっており、いつもより口数が多かった。悠珠がトイレにたった後も、思い思いの言葉を口にしながら、手先は早くも次のゲームの準備をしようとし始めている。


 俺はそれに混じり、捨て山をかき集めた。そして誰にもわからないように、そのカードを確認した。



 ――やはり。



 俺の勘は間違っていなかった。



「なぁ、みんな、喉乾かないか?」


 俺は悠珠がお手洗いから戻るのを見計らって、提案した。わかりやすく財布を見せびらかし、いかにも奢ってやるぞ感を演出している。


「乾いた!」


 それに一番に飛びついたのは美月だ。身を乗り出し、胸元は素晴らしい感じに、お目々はお星様になっている。


「言われてみれば、からっからだ」


「やっぱりゲームに熱中すると喉乾くんやね」


 続いて琢磨と灯里が頷く。


「だよな。実は俺も、シュワシュワ~っとしたやつが飲みたくてな」


「えー、センセ、お酒飲むのー? いけないんだー」


「俺は大人だしな、ついでに業務時間外だ。とやかく言われる筋合いは無い。ということで、近くのコンビニまで行ってくるから」


 俺はそう言って立ち上がった。それに続く生徒は一人もいないあたり、どいつもこいつも買ってきてもらう気満々の様子だ。美月に至っては、お菓子買ってきてねー、と追い打ちする始末だ。



 まぁそれも俺の予想どおりなのだが。


「そういう訳で、神埼」


 お手洗いから戻ってきたばかりで立ち尽くしている悠珠に、俺は声をかけた。


「ついて来てくれないか。部費からいろいろ買うしな。」


 俺は部屋から一歩でて、悠珠にしか聞こえない声で、言った。



「お前に話したいことがある」

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