36限目 違和感

「やったー! んじゃあたしから!」


 じゃんけんからガッツポーズ、カード切りまで一連の動作を鮮やかにこなした美月が切り出したのは、4の一枚。

 先ずは小手調べという事らしい。


「順番は時計周りね」

「えっ、んじゃあ次はウチかぁ。えっと……」


 灯里は一瞬躊躇ってから、7を一枚切り出す。


「では私はこれで」


 続く悠珠は8を置いた。


「あ、そういえばハチギリは無いんだよね。じゃあ僕はこれで」


 琢磨はそう言って9を切り出した。


 ハチギリとは、ローカルルールの一つだ。8を捨てた人は即座に捨て山を仕切り直す事ができるという特殊役で、他にも数多あるが、今回は無し。競技を意識したゲーム部らしいシンプルなルールで行なっている。


 とは言えe-Sportsとはかけ離れてはいるが。


「んじゃ、ほい」


 俺は手札を眺めた後、Aを一枚放り投げた。


「はやっ! センセ、早くない? もうイっちゃうの!?」


 俺の切り出したカードに美月のテンションが謎の上昇を見せる。

 どうでもいいが、美月は言葉の選び方をもう少し気をつけた方が良い気がする。エロゲ脳には危険なフレーズだ。


「別にいいだろ? なんでも。ほら、他に出す人は?」


 周囲を見渡すが、誰もが遠慮している。最初から飛ばすのは危険だと思っているらしい。

 誰も出さなかったため、捨て山は一度リセット、最初に捨てるカードを選ぶ権利を俺は得た。


 ふう。全く。まったくなってない。甘いんだよ。


「じゃあ次はこれな」


 俺は手札からK二枚を滑らせた。


「げっ!」


 美月があからさまに悔しそうな顔をしている。手札で泳ぐ視線をみる限り、美月の手札にAの二枚は無いのだろう。あるんだとすれば2の二枚を出すか悩むと言ったところか?


「先生、飛ばしますね」


 琢磨は手を上げて、パスを示している。相変わらず動作一つ一つがイケメンヤローである。


「ほかの二人はどうする?」


 灯里はうげーという顔をしている。持ってないが確定だ。灯里は顔に出すぎるのが弱点だな。


 でも、灯里のようなタイプはe-Sportsに向いているとも言える。モニター越しで競技を行うe-Sportsは、基本的に相手の表情を窺い知れない。まぁ実際には動揺すればプレイに影響が出てそこからバレることもあるが、少なくとも表情から抜かれることは無い訳だ。


 一方の悠珠は手をアゴに当てながら手札を眺めたあと––


 ––一瞬、俺を見た。


 俺はその視線に、背すじが強張るのを感じた。咄嗟に、自分の手札に伸びていた右手を背中に回した。


 ––悟られたか?


 しかし悠珠は何も見なかったように、いつもの笑顔を見せたあと、自分の手札を自分の太ももへ伏せた。


「ここはパスですわ」


 悠珠の一言に美月は「悠珠も持ってないのかー」と感情の薄いセリフを吐きながら、山札を避けた。


「はい、センセ、どうぞ」


 美月はそう言いながら、こちらを生意気な視線を向けている。次こそは好き勝手にさせない、そんな意思を感じる。


 だが、そう上手くいかないのが、この大富豪なのだ。


「ふふ。お前たちに教師の威厳というものを教えてやろう。震え上がるがいい!」


 俺は中二病も真っ青な恥ずかしいセリフとともに、カードを叩きつけた。


 それは、J三枚とジョーカーを組み合わせた、四枚組。そう。これはこのゲームの醍醐味である––


「革命ー!?」


 その通りである。この瞬間より、カードの強弱が逆になるのだ。


「えっ! えっ! そんな、最初から!?」

「先生、盛り上げ上手ですね」


 大富豪において、序盤から革命が出る事は稀である。これには流石の灯里や琢磨も驚きを隠せないようだ。


「ほら、他に出せる奴はいないか? 革命返しをするなら今しかないぞー」


 と言いながら、俺はその革命返しがほぼ起こらない事を予想していた。実際、その通りになった。


 そこからは完全に俺のペースだった。


「よっしゃ、俺の勝ちー」


 強さの逆転したカードでキリ番をコントロールした俺は、あっという間に手札を使い切った。

 二番手は灯里、三番は美月、四番が琢磨で、ラストが悠珠だった。


「センセ、つよ」

「ふふ。教師の威厳をしれ」


 実の所、俺は2を持っていなかった。先に出したKの二枚組を除いて、強い数はAが一枚だ。

 となると、Aの残り三枚と2の4枚は他の手の内にある。


 さて、捨て山にはK二枚がある。

 こんな時、Aの二枚組を切れるやつはどんなやつか。

 

 それは、手持ちに2を二枚組で持っている奴だ。


 2を持っていない奴からすれば、手持ちのA二枚を捨てて2二枚で捲られる展開は最悪だ。自分の手札の最強カード二枚を捨てたのに主導権を取ることが出来ず、後のレースで不利になる。しかも捨て主はKの二枚出しという強気。ジョーカーも見えてない状況だし、A二枚を潰す手段を持っていると考えるだろう。そんな状況でA二枚を切り捨てるにはまだ展開が早すぎる。


 だが自分の手札に2が二枚以上あれば、話は別だ。

 他の四人が2を二枚組で持っている可能性はグッと低くり、仮に2+ジョーカーを使われても仕切り直されても、ジョーカーを使わせた事で、手元に最強の2の二枚が残る事が確定する。これはつまり、ペアで出された時はいつでもイニシアチブが取れると言う事になる。それは後半で有利になる。


 では、2を二枚以上持っているがAは持っていない、そんなヤツはどうするか。


 答えはパスだ。


 最強のカードを放出してしまうと後が無くなる。確実に仕切り直し出来るが、それにしてはまだまだ弱いカードを処理しきれていない前半。後半に一気に仕掛けられた時に対応できない。第1ゲームの序盤にそんな勇敢な事はしない。仮に三枚組で所有しているなら尚のことだ。


 結果として、誰もきらなかった。

 

 その時点で、俺はだいたいのカードの位置を予想できたのだ。恐らく2の内二枚は美月の手にあるだろうことも。


 だから俺はジョーカーを使って革命を起こしたのだ。


 気になるのはその直前の悠珠のリアクションだ。あの時、一体何を考えていたのだろうか? 感の鋭い悠珠だから、俺の作戦に気がついたのかと思ったのだが。

 

 結果としては順位も最下位だったし、俺の思い違いだろうか?


「よぉし、もう一回!」


 美月が浴衣の袖をまくり、勢いよくカードをシャッフルし始めた。

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