35限目 ゲーム部の夜

 冷静に考えてもらいたい。


「わー、灯里センパイのうなじキレイ!」


「ちょっと美月ちゃん! 引っ張ったら……わっ」


「肩出しエロい!」


「……美月さん。風紀が乱れていますよ」



 眼の前には、薄手の浴衣に身を包んだ女子高生達がじゃれ合っている。しかも、先程まで俺がうたた寝していた、敷布団の上で、だ。容易にはだける浴衣によって、それはもう際どいカットが目白押しである。

 こんな状態で、「ア・ソ・ボ♡」なんて言われて、理性が無事でいられる訳が無い。眠気は一瞬でどこかへ吹き飛んでいった。


「お前たち、何くつろいでいるんだ。明日に備えて早く寝ろ」


 しかしここは疲れた大人を演出する。ずるい大人の回避術である。


「太センセのケチ」


「ケチとはなんだ美月。唇を尖らせても無駄だ。明日もばっちり体を動かすんだからな」


 美月はうつ伏せで頬杖を付きながら、足をバタバタとしている。めくれあがった裾からはピッチピチのふとももが丸見えだ。危ないカットである。


「でも先生、実際、明日は何時集合なのですか?」


 そんな危ない裾を、悠珠は引っ張って直してあげながら俺に聞いた。ゲーム部に残存する貴重な風紀の良心である。


「そもそも、私達は明日何をするかも聞いていないのですが」


 そう言えばそうだった。

 合宿一日目にして、校長から言い渡されているメニューはこなしてしまった。本来であればそこからが合宿の本番である。が、顧問である肝心の俺はノープランだった。


「そりゃあ、えーっと、早起きして筋トレとかランニングとかして……」


「センセ、それ今考えたでしょ」


「うるせ」


「まぁ部活動なので、そうなるんだろうとは思いましたけど。しかし困りましたね」


 悠珠が顎を触りながら考え込んでいる。その目線の先には琢磨だ。


「困る? なにかあるのか?」


「それが、明日は雨みたいなんですよ」


 琢磨が続き、こちらにスマホの画面を突き出してくる。


「それも、相当荒れるとか」


 表示されているお天気アイコンは横殴りの雨に加えて、かわいい雷マーク付きだ。見るからに、お天道さまの不機嫌を表している。ついでに、丸一日の様子だ。


「まじか」


「この感じだと、外での運動は厳しいと思いますよ」


 琢磨はスマホを布団に転がしたあと、両肩をストレッチしている。


「あ、でもさ、プールだったらどうせ濡れるんだし、関係なくない?」


「それは美月さんだけでどうぞ」


「えー! 灯里センパイは?」


「うちもいいかなー、はは」


 一瞬美月のアイディアに共感した俺だったが、周囲からの反応は良くないことが瞬時にしれたので、何も言わなかった。


「ね、こうなったら、遊ばなくちゃ損じゃない? だってせっかくの合宿だよ?」


 しかし、合宿二日目にして早くもプールを封じられるとは、ついてない。室内でも体作りはできるが、早起きの理由を一つ失った。こうなれば、合宿の夜更かしというお決まりイベントにまっしぐらだ。それは彼らの目を見ればわかる。


「健全な学生生活というもの、たとえ合宿中であっても早寝早起きという習慣を維持することこそが……」


「あ、目が泳いどる」


「先生、指導ならもう少し気持ちを入れていただかないと……」


「はいはい、じゃあー始めるよー」


 俺の会心の指導むなしく、手際の良い美月によって手元にトランプが配られていく。


 こういう時の美月の腰の軽さは一級品だ。手先が器用なようで、鮮やかな手並みであっという間にトランプを配布し終わった。


「あーもう、しょうがないな。少しだけだぞ」


 俺が頭をかきながらそう言うと、美月の顔がぱぁっと明るくなった。嬉しさ百パーセントの表情に、一瞬、ドキッとする。


「んで、何やるんだ?」



「大富豪!」


 美月はキメ顔でそう言った。




 大富豪とは、トランプの代表的なゲームの一つである。参加人数にある程度自由度があり、駆け引きが奥深い競技である。


 シャッフルしたトランプを極力枚数が均等になるように全部配布する。配布されたものは手札となり、参加したプレイヤーはそれを他のプレイヤーに見せないように気をつけて持つ。それらを特定のルールに従って順に捨てて行き、最初に手札をすべて捨てられたものが大富豪、最後になってしまったものが大貧民として負けになる。

 カードには強さがあり、三が一番弱く、数字が上がるごとに強さを増し、二が最強となっている。ジョーカーはそれを超える存在として扱うことができるほか、他のカードと組み合わせることでダミーとして使用できる。ゲーム開始時、大富豪は大貧民と強いカードをトレードする権利があり、このゲーム名の所以となっている。

 カードを捨てる際は、前の順番の人が捨てたものよりも強い数を、それも同じ枚数で出さなくてはならない。例えば三が一枚でていれば、四より強い数を一枚、例えば七が二枚でていれば、八以上を二枚セットで出すのだ。


 こうして順番で捨てていき、最強のカードが出るか、それ以上誰も出せない(出さないという選択もあり)時、最後に捨てた人が、新たにカードを捨て直すことができる。こうやって、弱いカードを処理していく訳だ。


 そしてその読み合いを面白くするのが、このゲームの醍醐味、「革命」だ。


 革命は、「四枚」のカードが出された時に成立する。革命が成立すると、次の革命が発生するまで、カードの強さの順位が逆になってしまうのだ。大富豪システムによって弱いカードが手元に集まりやすい大貧民の奥の手となる。

 これらのルールが読み合いを生み、白熱した試合展開を生む。このゲームで勝ち続けるには、読み合いの強さと、頭の回転の良さが重要になる。

 大富豪には多くのローカルルールがある。採用するとキリがないということで今回は不採用になった。




「まぁ、確かに、うちはゲーム部だからなぁ。ゲームの一環といえばそうか」


「んじゃ、じゃんけんで最初の人決めるね! じゃーんけーん……」



 こうして、ゲーム部最初の頭脳合戦が開始されたのだった。

 そして、それは静かに、しかし確かに、産声を上げていたのだ。

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